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第5話 残金、四十五円で散髪

 春休みも終盤を迎えた頃、俺は書き上げた小説を新人賞に応募した。

 校正する時間が取れなかったのが惜しいが、今回はお試し投稿みたいなものだと割り切っている。

 たとえ一次選考で落ちたとしても評価シートが返ってくるところに応募してあるし、そのアドバイスを元に次の作品の糧にすればいい。


「で、なんで俺はヨシノリの家に?」

「高校デビューに協力してくれって言っておきながら何もアクション起こさないから心配になって呼んだの」


 俺はヨシノリの部屋に入るなり、室内を見回した。久しぶりに来たな、ヨシノリの部屋。最後に来たのは小学三年生のときか?

 未来の俺と違ってきっちり整理整頓された部屋だ。


「で、具体的に何をするんだ? まさか一緒に服を買いに行くとか、そんな話じゃないよな。俺、金ないぞ」


 小遣いの残りはたったの四十五円。始終ご縁があると考えれば、縁起がいいね。


「まずは髪型を何とかするわ」


 そう言いながら、ヨシノリはどこからかやけに細いハサミを取り出し、器用にカチカチと鳴らしてみせる。


「待って、なんでハサミなんか持ってるんだ」

「そりゃあ、散髪するためでしょ」

「まさかヨシノリが俺の髪を切るのか?」

「そのまさかよ。いい? 人の印象って、まず見た目から入るの。清潔感が大事なのよ。シワだらけの服とか、脂ぎった顔とか、ボサボサの髪とか、全部第一印象を悪くする要素なの」


 ヨシノリの言葉にも一理ある。

 人の第一印象は、出会ってから三秒で決まるって未来の上司も言ってたからな。


「でもさ、千円カットでよくないか? コスパもいいし」


 コスパ云々の前に、残金千円もないんだけどね。推し作家のミステリーの新刊がバンバン出るのが悪い。供給ありがとうございます。


「別にそれでもいいんだけど、あんたまともに店員さんとコミュニケーション取れるの?」

「ツーブロベリショって呪文を唱えるだけだろ」


 陰キャはそうすればいいってネットに書いてあった。


「あたしなら呪文なしでマシな髪型にしてあげられるけど?」

「余程自信があると見た」

「素人レベルではあるんだけどね。こう見えて自分で髪とか切ってるし」


 確かにヨシノリの髪を見る限り仕上がりに不安はない。ここはお任せしてしまおう。金もないし。


「助かるよ。まあ、俺は別におしゃれしたいわけじゃないからささっと頼む」

「その意識がダメね。もう少し自分の見た目に気を使いなさい」


 ヨシノリは大げさに肩を落とし、ため息をついた。


「別に良くないか。どうせ失敗しても最悪坊主にすればいいし」

「へあ?」


 ヨシノリが素っ頓狂な声をあげる。


「いや、だから失敗したら坊主にすれば済むだろ」

「ちょっと待って、それ本気で言ってるの?」


 俺が頷くと、ヨシノリは呆れたように額を押さえた。


「カナタ、ちょっと考え方が極端すぎるっていうか、容姿に無頓着すぎるっていうか……まさか今まで本気でそんなこと思ってたの?」

「髪なんてまた伸びるじゃん。むしろ手入れの手間が省ける分、坊主の方が楽じゃないか? 坊主にするのも面倒だし、印象もあんまりよくないらしいからしなかったけど」

「あんたのそういうところ、マジでどうかと思う……」


 ヨシノリは呆れ顔でハサミをカチカチと鳴らした。何それ、威嚇してるのか? パン屋のトングじゃないんだから。


「とにかく、さっぱりさせるわよ。ベランダに出て」

「ベランダ?」

「そうよ、室内で切ると髪の毛が散らかるでしょ?」

「それもそうか」


 言われるがままにベランダに出ると、ヨシノリは手際よく新聞紙を敷き、俺を座らせた。狭いスペースだが、これなら確かに後片付けも楽そうだ。


「じゃあ、いくわよ」

「頼む」


 ヨシノリは慎重に髪の毛をつまみ、少しずつハサミを入れていく。


「……にしてもさ、ほんとにおしゃれに興味ないんだね」

「まあな。小説書いてる方が楽しいし」

「あんた昔から読書好きだもんね……え、ちょ、待って。今、書いてるっていった?」


 俺の言葉でヨシノリの手が止まった。


「書いてるぞ。なんなら、新人賞にも応募した」

「えっ、マジ?」


 唖然とした様子でヨシノリは俺をまじまじと見つめる。


「本格的に書き始めたのは、中二のときだけど」


 理由は単純で、古くなったノートパソコンを親からもらうことができたからだ。

 ずっと自分で考えたストーリーをアウトプットしてみたかったが、せいぜいノートに書き綴るくらいだった。そんな俺が執筆にハマるのは時間の問題だった。


「そっか、まだ小説書いてるんだ……」


 しみじみとした様子でヨシノリは呟く。

 てっきり愛夏と同じように汚物を見るような目で見られると思っていたんだが。


「ペンネームは決めたの?」


 ヨシノリはもう一度髪の毛をつまんでハサミを入れ直しながら聞いてくる。


「田中カナタにしたよ」


 北大路魚瀧。それが一周目における俺のペンネームだった。


「本名じゃん」

「本名は奏太だっての」


 一周目では回文にしたいのと、平凡な本名が嫌いで大仰な名前にしていた。

 ただ未来では作者の名前も売っていったほうがメリットがある。


 だから、いずれ主流になるスマホのフリック入力で検索しやすい名前にする必要があった。

 そう考えたとき、〝た・な・か・か・な・た〟は入力しやすいと思ったのだ。


「それじゃ、未来のカナタ大先生には高校デビューに協力したお礼に焼肉でも奢ってもらおうかなぁ」


 すっかり上機嫌になったヨシノリは、茶化すように口調でそんなことを言ってきた。


「任せろ。一番高いコース奢ってやるよ」

「ホント!? 約束だよ!」


 ヨシノリは目を輝かせながら、「特上カルビと厚切りタン、あとユッケも……!」と夢見るように呟いた。そんなんだから未来じゃ太るんだぞ。


「……お前、焼肉のことになるとテンション上がるな」

「焼肉でテンション上がらない人類っているの?」

「主語がデカいっての」


 俺はヨシノリの食欲に呆れつつも、つられて笑ってしまった。


「期待してるね」


 普通なら無理だとバカにしてもしょうがない俺の夢。


 それを一切疑うことなくヨシノリは肯定してくれた。思えば、一周目の人生を含めて小説を書いていることを応援されたのは初めてだった。

 不思議と心が温まるのを感じながら、俺の散髪は恙なく進行していったのだった。


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