第49話 体育の流血沙汰
ボケッと過ごしていたらいつの間にか、四限の体育の時間になっていた。
授業の内容は、女子はバドミントン、男子はバスケだった。
俺はそこまで運動が得意なわけじゃないが、ルールは理解しているし、動けなくもない。ただ致命的なまでにやる気が沸いてこなかった。
チーム分けの結果、俺はナイトと同じチームになり、ゴワスとは対戦相手として向かい合うことになった。
「シャァ! 締まってくぞ!」
「おい、ゴワス。手加減してくれよ!」
「バスケ部に本気出されちゃキツイって!」
バスケ部所属のゴワスはやる気十分といった様子で、周囲は苦笑しつつも楽し気だった。
試合が始まると、ゴワスのプレーに違和感を覚えた。やけに当たりが強い。
バスケは接触が多いスポーツだが、ゴワスの動きは明らかに荒々しかった。
俺がボールを受け取るたびに、必要以上に体をぶつけてくる。シュートを狙おうとすると、強引に腕を伸ばしてブロックに入る。
そんなにマークしなくたってやる気はないっての。
面倒になった俺は、相手チームのゴールしたでのんびりすることにした。
一応、いつでもシュート行けますよ、やる気はありますよ。そんなアピールのためだ。
「カナタ!」
早く終われと願っていると、ナイトからパスが飛んでくる。仕方ない。シュートくらいは撃つか。
「させっかよ!」
受け取ったボールをシュートしようとした瞬間、ゴワスが突っ込んで来る。
「がっ……!」
そして、俺のシュートをブロックしようとしたゴワスの肘が俺の顔面を直撃した。
鈍い衝撃とともに、鼻の奥に広がる鉄の味。体育館の床に鼻血が数滴垂れる。
周囲がざわつく。先生が笛を吹き、試合を中断させた。
「田中奏太、お前すぐに保健室行け!」
ナイトがすぐに駆け寄ってきた。
「先生、僕が連れて行きます」
「奏太、その、すまん」
加害者であるゴワスも慌てて駆け寄ってきて謝ってきた。
その表情はどこかバツが悪そうだった。
俺は何も言わず、ナイトと共に体育館を出た。
保健室に着き、椅子に座る。鼻血はまだ止まらず、ナイトが用意してくれたティッシュを鼻に詰めた。
「ゴワスのやつ、やけに荒かったな」
そう呟くと、ナイトは俺をじっと見つめた。
「カナタはさ、ゴワスのこと、どう思っているんだい」
ナイトの言葉に、俺は眉をひそめる。
「どういうことだよ」
「そのままの意味さ」
そう言われて、俺は素直に思っていることを口にした。
「嫌いっていうか、邪魔。不快だから関わらないで欲しい」
ここ最近のゴワスは俺に対して妙に絡んでくることが増えていた。皮肉っぽい態度も増えたし、何かと言えば俺を煽るような言動をすることが多かった。
「どうしてそんな態度を取るか、考えたことはあるかい?」
「運動できれば偉いって考えてる脳みそ空っぽの人間だからじゃないのか?」
そう言うと、ナイトは軽くため息をついた。
「それは表面的な情報だよ、カナタ。ゴワスはさ、君に嫉妬してるんだよ」
「俺なんかに?」
「そうだ。自分がバカにしていたオタク趣味で結果を出したことも、勉強会で正論を突き付けられたことも、さ。全部、面白くないんだよ。あと、この前の中間試験で学年一位だったことも影響しているだろうね」
ナイトは淡々と語る。
「それに、君はクラスでも中心人物になってる。そして何よりも、ゴワスが好意を持っている由紀ちゃんと、いつも仲良くしているだろ?」
その言葉に、俺は固まった。
「ゴワスが、由紀を?」
言われてみれば、心当たりがないわけじゃない。部活終わりに仲良く話している姿を見かけた。最近、ゴワスが俺たちのグループに混ざるようになったのもヨシノリ目当てだと考えれば説明はつく。
「好きな人が一番仲の良い相手は、自分が下に見ていた人間。でも、知れば知るほど自分が勝てる要素がない。そんな苛立ちが出ていたんだろうね」
「嫉妬なんてバカじゃないのか」
自然と口を突いてそんな言葉が出てきた。
「勝てないなんて諦めてないで、超えようと努力すればいいんだ。嫉妬を相手にぶつけてるなんて時間の無駄だ」
嫉妬は負け犬の遠吠えだ。そんな感情に振り回されるなんて時間の無駄でしかない。
「それはカナタが目標に向かってひたすら邁進できる強い人間だからだよ」
ナイトは目を伏せると、どこか悲し気な目をして呟いた。
「僕だって、君に嫉妬しているくらいなんだからさ」
「は?」
予想外の言葉に、俺は言葉を失う。イケメンで陽キャのナイトが俺なんかに、嫉妬?
「君の物語に登場するモブキャラの戯言さ。忘れてくれ」
ナイトは自嘲気味に笑うと椅子から立ち上がった。
俺はそんなナイトにかける言葉が見つからなかった。