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第47話 ようやく気づいた気持ちと後悔

 俺が死ぬ気で執筆活動を始めてから四年の月日が経っていた。

 もはや最終選考常連組となった俺は、あと一歩が足りないことを自覚し始めていた。

 キリのいいところまで執筆したので、タバコを咥えてライターで火を着ける。


「はぁ……もうちょっとだ」


 俺は夢のスタートラインが見え始めたことに高揚していた。

 風邪を引いていたせいか、味がしない。それでもニコチンを吸い込み肺に満たしていく。

 タバコは健康に悪いが、こういう時間に一番アイディアを閃くのだ。


「けほっ……返ってきた講評を見るに、キャラが弱いんだろうな」


 全体的にストーリーや世界観、文章力、同時代性の項目はかなりの高評価が取れるようになってきた。

 しかし、物語において一番肝心なキャラの評価は、今まで投稿した作品の中でも高評価を取っているのはそこまで多くなかった。


「一番評価が良かったキャラは……幼馴染」


 その単語を見たとき、脳裏に成人式で出会った一人の女性の顔が思い浮かぶ。


「……ヨシノリ」


 その存在はずっと俺の心に引っかかっていた。

 成人式で俺の不用意な一言で傷つけてしまったことは今でも覚えている。


「そうだ。愛夏なら……」


 俺はRINEを開いて、妹である愛夏へ通話をかける。


『もしもし、お義兄さんですか?』

「ああ、旦那さんね」


 通話に出たのは、愛夏の旦那だった。結婚式で見たからイケメンだったことは覚えているが、もう二年も経っているし顔も思い出せないが、苗字が同じで変わった名前だったことは覚えている。


『すみません、緊急かと思って出ちゃいました。愛夏は風呂に入っているので……』

「ああ、緊急じゃないよ。ちょっと昔のことで聞きたいことがあっただけだから」


 そう言って通話を切る。わざわざ愛夏が風呂から上がるまで待つのは時間がもったいない。


「愛夏に聞いてもしょうがない、か」


 思えば、俺がヨシノリと疎遠になったときから愛夏も疎遠になったのだ。


「まあ、書いてる内に思い出すだろ」


 今回は手癖と勢いに任せて書いてみることにした。そのほうがいいものになる予感があったからだ。


 ヒロインは、高校で再会した幼馴染。

 中学時代に疎遠になった二人が、同じ高校に進学し、再び関係を築いていく。

 それぞれの過去の後悔を乗り越えながら、少しずつ互いを意識し始める。


 気がつけば、手が勝手に動いていた。最初のシーンを書き出すと、思いのほかスラスラと筆が進んでいく。


「けほっ、げほっ……やっぱり、ヨシノリのこと、ずっと気にしてたんだな」


 咳込みながらも、俺は無意識に呟いた。

 小説のヒロインを形作るほどに、俺の脳裏に蘇るのは、ヨシノリとの日々だった。


 幼い頃の笑顔。

 強気で行動的な彼女に振り回され、ふざけ合ったりした時間。

 そのすべてが、まるで昨日のことのように鮮明に蘇る。

 強面でガキ大将気質なヨシノリが苦手だと感じていた時期はあった。でも、それは俺の本心じゃなかった。書いている内にそう感じ始めていた。


「本当は、やり直したかったのか」


 気がつけば、小説とは到底呼べないものが書き上がっていた。

 言ってみれば、それは自分自身の後悔からくる浅ましい欲望を形にしたもの。


「ははっ、登場人物みんな本名じゃねぇか……」


 乾いた笑いが零れ落ちる。

 気づくのが遅すぎた。俺は、ヨシノリと過ごした日々を取り戻したかった。

 彼女が隣にいる日常を、もう一度やり直したかった。

 そして、そこで初めて自覚する。


「俺は、ずっとヨシノリのことが好きだったのか」


 灰皿の上で消し損ねたタバコの火がゆっくりと燃え尽きる。


「俺、バカだなぁ……」


 どんなに後悔したところでもう遅い――過ぎ去った時間は戻ってはくれないのだから。


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