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第46話 幼馴染というキャラ

 こういうことは考えるより、本人に聞いたほうが早いだろう。


「なあ、ヨシノリ。どうして俺がアミをキャラとして見ていると嬉しいんだ?」


 亀戸から大島へと向かう道すがら、改めて問いかける。


「別に嬉しくなんてないけど」


 いや、そんな口元緩々で言われても。ただ本人が言いたくないのならば無理に聞き出すのもよくないだろう。

 結局、ヨシノリの心理状態は把握することはできず、亀戸駅に到着した。


「亀戸のほうから帰るの久しぶりかも」

「この辺は治安悪いからあんまり来ないもんな」


 亀戸から大島方面へ歩きながら俺たちは自然と過去に思いを馳せる。


「この辺もいろいろ変わっちゃうのかな」

「さすがに十年くらい経てば変わるだろうな」


 確かこの辺に巨大商業施設ができるのはちょうど十年後だったはずだ。

 あとドンキも閉店するんだったか。


 俺とヨシノリの関係が疎遠になったままだったり、愛夏が結婚したり、アミはVtuberになっていたり、現在とは違うことだらけだ。


「……なんか、寂しいね」

「変わるのが普通じゃないか」


 そう言いながらも、俺の胸にもわずかに寂しさがよぎる。


「まあ、こうしてまたヨシノリと過ごせる日々が戻ってきたんだし、いいだろ」

「ふふっ、それもそうね」


 ヨシノリは少し微笑んで頷いた。その表情はどこか安心しているようにも見えた。


「今はあんたに振り回されっぱなしだけど、昔はあたしがカナタを引っ張り回して遊びに付き合ってもらってたっけ」

「覚えてる? 団地でエレベーターアクションやってママにこっぴどく叱られたでしょ」

「エレベーターアクションとか懐っ!」


 エレベーターアクションとは、団地のエレベーターを使い、階段や踊り場を舞台に駆け回るおにごっこのことである。小学校のときは、ヨシノリを中心として定番の遊びだった。


「今思えば団地であれやるのは迷惑以外の何ものでもないよね」

「祭りの日に団地内でエアガン乱射してサバゲーするよりはマシだろ」

「あ、あれは、祭りで手に入ってテンション上がっちゃっただけだから!」


 あの頃のヨシノリは団地を無料で遊べるアスレチックと思っていた節がある。何なら現在もちょっと怪しい。


「近所のビワの木からビワをパクる片棒も担がされたし」

「あれって自由に採っていいんじゃないの?」

「んなわけあるか」


 小学生じゃなかったら絶対アウトなレベルのエピソードがバンバン出てくる。

 というか、普通に犯罪では?


「ホント、懐かしいな……」

「貴重な経験させてもらったと思ってるよ」


 俺たちは笑い合いながら思い出話に花を咲かせる。


「おかげでいい作品ができた」

「えっ」


 二度と手に入らない切なさ。思い出を鮮明に語れば語るほど、ノスタルジーの描写は強化される。

 幼馴染が出てくるラブコメにおいて、その描写ができるのは武器になる。


「ホント、ヨシノリに再会できた俺は幸せ者だな」

「…………」

「ヨシノリ?」


 先ほどまで隣で笑っていたヨシノリが、暗い表情を浮かべて立ち止まっていた。


「……結局、あたしもただのキャラなんだね」

「は?」


 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 ヨシノリは今、何の話をしている?

 さっきまで楽しく思い出話をしていたのに、どうしてそんな顔をするんだ。


「今、あたしと思い出話をしているとき、あんたの頭にあったのは何?」

「それは……」

「あたしは、ただ懐かしさに浸ってたんだよ」


 ヨシノリの声は静かだったが、その奥には悲しみが滲んでいた。


「子どもの頃のバカみたいな遊びも、カナタと一緒にいられたから楽しかった。そういう思い出があるから、あたしは今でも……」


 俯くとヨシノリはそこで一度、言葉を切る。


「でも、カナタにとっては違ったんだよね」


 俺は言葉に詰まる。確かに、ヨシノリとの思い出話をしていたはずなのに、頭の片隅では小説のネタとしての整理していた自分がいたことも否めない。


「昔の思い出も、あんたにとっては小説のネタでしかないんじゃないの」

「そんなこと――」

「あるでしょ!」


 俺の言葉を遮ってヨシノリは声を荒げた。


「他の子たちはしょうがないよ。だって、最近出会ったばかりだもん。でも、それでもあたしは違うでしょ……!」

「ヨシノリが、キャラ……そんな、はずは」


 言葉を口にしてから、自分でも違和感を覚えた。俺は彼女のことをどう見ていた?

 俺にとってヨシノリは、いつもそばにいる存在で――頼れる〝幼馴染〟だ。


「昔からあんたが物語のことばかり考えてるのは知ってた。でも、あたしはずっと……あたしだけはカナタにとっては一人の人間でいられてると思ってたの」


 その言葉に胸の奥がズキリと痛む。ヨシノリはずっと、俺にとって特別な存在であり、かけがえのない幼馴染だった。けれど、それは俺の中で〝幼馴染〟という属性として整理されてしまっていたのかもしれない。


「春休みにカナタに声をかけたとき、あれすごく勇気出したんだよ」

「どういう、ことだ」


 唐突に告げられた事実に、思わず聞き返す。


「普通に家を出たカナタに偶然出会うなんてことあるわけないでしょ。家の近くでずっとどうやってまた話そうか考えてたんだ」


 ヨシノリの握り込んだ拳が小さく震えている。彼女の目には、今にもこぼれそうな涙が溜まっていた。こんな顔をさせるつもりはなかったのに。


「だって、あんた、中学で疎遠になってからずっと部屋にこもってたじゃん。もう話しかけても意味ないのかなって、ずっと思ってた。でも、それでも……」


 嗚咽が混じり、ヨシノリの声が途切れる。


「それでも、またカナタと昔みたいに話せたらいいなって、そう思ったから」


 春休み、ヨシノリが俺に声をかけたのは偶然じゃなかった。

 ふと、未来において成人式で再会したときのヨシノリの姿が脳裏を過ぎる。あのときの彼女も、もしかて勇気を出して俺に話しかけてくれたのではないだろうか。


「あたしは、カナタの物語にとって都合のいいお助けキャラじゃない」


 声を震わせながら告げられた言葉に、俺の胸が軋む。


「あたしはただ〝田中奏太にとっての佐藤由紀〟でいたかったの……!」


 俺にとってヨシノリは確かに特別な存在だった。なのに、その〝特別〟の形は、彼女が望むものではなかった。


「あたしを〝佐藤由紀〟として見てくれなきゃ……もう、カナタの隣にはいられない」


 言葉を置くように、はっきりとした口調だった。

 そのまま、俺を振り返ることなく走り去るヨシノリ。


 亀戸の街灯が、彼女の背中を淡く照らしていた。


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