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第43話 その歌声を知っている

「その……せっかく二人で来たんだから、少しくらい歌ってくれませんか?」


 それからアミは少し頬を赤らめ、上目遣いで俺を見ながらそんなお願いをしてきた。ふむ、却下である。


「俺は歌わないぞ」

「あはは、ですよね」


 そう言って、アミは楽しそうに曲を選び始めた。リモコンを操作する指先はどこか軽やかだった。


「そういえば、カナタ君はサビの高音が出なくて嫌だって言ってましたよね」

「ああ、好きなアーティストの曲がそんなばっかでな。聞くのは好きだが、自分のクソみたいな歌声で推し――好きな人の楽曲を汚してる気分になって嫌なんだ」


 それに俺の推し曲はこの時代にほとんど存在していない。

 ミセスとかヒゲダンとかまだメジャーデビューしてないし。AMURE(アミュレ)に至ってはVtuberという概念すら誕生していない。


「だったら、私が高音の出るコツを教えてあげます! この前の勉強会のお返しです!」


 こいつさては、最初から相談を出汁にして流れで歌わせる気だったな? そんな気配を感じ取り、俺はついじっとアミの顔を見つめてしまう。


「どうして俺にそこまでしようとするんだよ」


 アミは一瞬、目を丸くした。そして、恥ずかしそうに目を逸らしながら、少し頬を染める。


「えっと、それは……」


 小さく息をつくと、アミはまっすぐ俺を見つめて微笑んだ。


「阿比留さんから助けてもらったとき、世界が変わって見えたんです」


 その言葉に、俺は思わず聞き返しそうになったが、アミの表情が真剣だったので黙って続きを待った。


「名前を揶揄われずに済んで、キャンちゃんとも仲良くなれたましたし……それに、嫌いだった名前を少し受け入れることができたんです」


 アミの手が無意識に胸元へと伸びる。彼女にとって、その名前は長年のコンプレックスだったのだろう。


「想いを込めて名付けてくれた両親への罪悪感もなくなりました。自分の名前を気にせずにいられるって、こんなに楽なんだって思ったんです」


 アミは小さく笑いながら続ける。


「実は最近たまに夢を見るんです。暗くて、狭い部屋の中でギターを持ってパソコンに向かって一人で喋り続ける寂しい夢です。きっとあれは私のもう一つの未来だったんじゃないかなって思うんです」


 アミの言葉に、俺は思わず息を呑んだ。

 彼女はいつも明るくて、どこか軽やかで、周囲を照らすような存在だった。けれど今、目の前のアミは違う。


 夢の話をする彼女の横顔には、どこか不安げな影が落ちていた。いつもの元気な笑顔とは違い、少し遠くを見つめるような瞳。

 過去の自分が抱えていた孤独と重なるものを感じて、俺の胸の奥がざわついた。


「だから、カナタ君の世界を少しでも良いほうに変えられたら嬉しいなって」


 俺は息を飲んだ。

 そこには、今まで見てきた元気で明るいアミとは違う、どこか芯のある強さを持った彼女がいた。


「なんか湿っぽくなっちゃいましたね! ささ、歌いましょう」


 それからアミのレクチャーが始まった。


「試しに何か歌ってみてください」


 この時代の曲か……そうだ。俺の推しであるAMUREが懐メロ歌枠配信で歌っていた曲を歌ってみよう。

 古い曲だが、未来ではラブコメのヒロイン役の声優がカバーしがちな王道ラブソングをデンモクに入力する。


「わぁ! モンパチですか! この曲、私も大好きです!」


 嬉しそうに笑うアミを見ながら、俺はマイクを手に取って歌う。

 久しぶりに歌ってみたが、いつの時代も神曲は神曲である。歌っている途中、ずっとアミが目を輝かせてリズムに乗ってくれていたこともあり、久しぶりに楽しく曲を歌うことができた。


「カナタ君。歌うまいじゃないですか!」


 拍手をしながらアミは続ける。


「本当に高音出ないんですか?」

「そのはずなんだけど」


 会社の付き合いでカラオケに行ったときは、もっと苦しかった記憶があったのだが……あっ、そうか。高校生時点では酒もタバコもやってないから、声が出やすいのか。

 とはいえ、ここで解決したからお払い箱というのも悪いだろう。


「いけるときはいける。ただ原因とかその辺がわからないから、困ってるんだ」

「私に任せてください!」


 俺の言葉に、アミはまるでボイストレーナーのように懇切丁寧にコツを解説してくれた。

 鼻を摘まみながら歌って練習して感覚を身に着ける。どうやらこれは鼻腔共鳴というテクニックらしい。これを身に着けると、高音を楽に歌うことができ、喉の負担が減って声が枯れにくくなるらしい。


「それじゃ、そろそろアミ先生にお手本を見せてもらいたいところだな」

「ふふん、これでも歌には自信があるんですよ!」


 アミは俺が最初に歌ったものと同じラブソングをデンモクから転送する。


「すぅ……っ」


 マイクを構えて息を吸った瞬間、アミの表情が変わる。

 いつものぽわぽわした雰囲気は霧散し、全身を刺すような威圧感が放たれる。目つきも鋭くなり、表情全体がキリっと引き締まる。

 いきなりスイッチが入ったように雰囲気の変わったアミに、俺は思わず目を見開いてしまう。


 そして、アミの歌声が響いた瞬間、俺は全身に電流が走ったような感覚を味わった。


 脳裏に、未来の記憶がフラッシュバックする。


『あはは……私さ、高校のときいじめられてて不登校になっちゃったんだよね。それからは今まで以上にギター頑張ってここまで来たってわけ』


『北大路……うおたきさんかな? スパチャセンキュー! 最後まで懐メロ歌枠楽しんでってね!』


『というわけで重大発表! この度、メジャーデビューが決定しましたー!』


 この歌声、間違いない。普段話しているときの雰囲気が違い過ぎて気づけなかった。


 小説大賞に応募して何度も落選して、彼女の歌声に励まされた。

 死ぬ気で執筆していた期間は配信は見れなかったが、彼女の歌声を作業用BGMに頑張ることができた。


「嘘だろ……」


 アミは未来における俺の推しのバーチャルシンガー、AMUREだった。

 その事実を理解した衝撃は如何ほどだったか筆舌に尽くしがたい。


「そんなに驚かれると照れますね」


 そんな俺をよそにアミは歌い終わったあと、恥ずかしそうに頬を赤らめていた。


「なあ、アミ。動画投稿してみたらどうだ?」

「えっ?」


 俺の提案に、アミは目を丸くする。


「女子高生でギターが弾けるのは貴重だ。あと見た目も最高に可愛いし、絶対バズる。もちろん顔出しは危ないから映すのは口元までにしよう。ホクロは需要がある。気軽に動画投稿すれば、視聴者の意見も聞けるし、将来音楽の道に進みたいときに、クリエイター系のつながり作れるだろ」

「かわっ!? えっ、あの、えっと……」


 俺の言葉にアミは顔を真っ赤にしていた。やばい、オタク特有の早口が出てしまった。

 当分は聞けないと思っていた推しの歌声が聞けて、つい興奮してしまった。落ち着かなければ。


「別に強制するつもりはない。ただ、軽音部と比べて気軽にできるとは思う」


 この時期はのちのトップユーチューバーが出始めた頃で、今のうちにネット活動をしておくのは悪い選択肢じゃない。

 彼女はいずれメジャーデビューできる才能がある。それを少し早めたところで問題はないはずだ。


「今は無理でも、いつかやりたくなったときのために、選択肢を持っておくのは悪くない。どうせなら、自分の強みを活かした道を考えたほうがいいんじゃないか?」

「カナタ君がそこまで言ってくれるのなら……私、やってみたいです!」


 俺の言葉に、アミは目を輝かせながら頷いた。

 これ関しては、未来のインターネットの知識があるから俺にも手伝える。


 最低でも、承認欲求に憑りつかれて全裸でギターを弾くようにならないように気を付けなければ。

もしよろしければ感想をいただけますと幸いです!


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