第42話 アミの悩み
結局、カラオケには行かなかった。
ヨシノリたちは試験終了後の開放感に耐え切れず、秋葉原のカラオケ店まで歩いて向かうようだ。
俺はそんな彼らを見送り、少しほっとした気持ちで帰路につこうとする。しかし、その瞬間、後ろから軽やかな足音が近づいてきた。
「カナタ君!」
振り返ると、アミが息を弾ませながら駆け寄ってくる。
「どうした、アミ。カラオケに行ったんじゃなかったのか?」
俺が首を傾げると、アミは少し戸惑ったように視線を泳がせたあと、小さく首を横に振った。
「あの、良かったらカラオケ行きませんか?」
「だから行かないって」
「いえ、そうじゃなくて……私と二人で行きませんか?」
「は?」
思わず聞き返すと、アミは少し恥ずかしそうに俯いた。
「実は相談したいことがあるので、カラオケのほうが都合がいいかなーって……」
普通にどこかのファミレスや喫茶店でもいい気がするが、わざわざカラオケを選んだということは人に聞かれたくないということだろうか。
「そういうことなら、まあ」
「じゃあ、行きましょう!」
俺が了承すると、アミはぱっと顔を明るくし、勢いよく俺の腕を引いた。
受付を済ませてカラオケの個室に入ると、アミはデンモクを手に取りながら小さく息をついた。
壁に備え付けられたスピーカーからは、店内BGMが流れている。適度な防音が施された個室は、確かに周囲を気にせず話すにはうってつけの場所だった。
「えっと……それで、相談なんですけど」
アミが切り出す前に、俺は先に口を開いた。
「軽音部に誘われてるって話だろ?」
「どうして分かったんですか」
アミは驚いたように目を瞬かせた。
「喜屋武は最近よくアミに話しかけてるし、追加のバンドメンバーの勧誘にも熱心だって聞いた」
昼休みのアフロディーテ事件以来、アミと喜屋武は想像以上に仲良くなっていた。それに、アミがギターを弾けることは楽器経験者の喜屋武なら気づいているだろう。
「あと、アミ。お前、ギター弾けるだろ」
「な、何でそれを?」
「想像以上に指が硬かったのと、オシャレな見た目の割にネイルをしてなかったからな」
「あっ……」
アミは気まずそうに笑いながら、スカートをぎゅっと握りしめた。
「なるほど……カナタ君って、そういうところ、よく見てますよね」
呟くと、アミは俺を上目遣いで見つめてきた。
「それで、どうしようかなって……確かに音楽は好きですけど、部活にするほど本格的にやりたいかというと、ちょっと迷ってて」
言葉を選ぶようにゆっくりと話すアミ。その表情には、どこか迷いが滲んでいた。
「なるほどな。まあ、別に無理に入る必要はないだろ」
「そうなんですけど、せっかくキャンちゃんが誘ってくれてるのに断るのも申し訳なくて……」
アミは困ったように眉を寄せる。その様子を見て、俺は少し考え込んだ。
「まあ、部活だとしてもバンドメンバーは重いよな」
バンドというのはチームで成り立つものだ。一度入れば、個人の都合だけで簡単に抜けるわけにはいかない。
「はい……それに、バイトもありますし」
「ま、本気でやるならそれなりに時間も取られるしな。どっちを優先するかって話になる」
アミは唇をきゅっと結び、しばらく考え込んだあと、小さく頷いた。
「……もう少し、考えてみます」
その表情は、少しだけ吹っ切れたようにも見えた。
「それが良いと思うぞ」
俺が頷くと、アミは少し安心したように息をついた。