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第36話 無意識のうちに

 漫研での活動を終えた俺は、鞄を肩にかけて体育館へと向かっていた。

 夕方の校舎はすでに部活終わりの雰囲気が漂っている。窓から差し込むオレンジ色の光が、廊下を長く伸びた影で染めていた。

 人気の少なくなった廊下を歩くと、かすかに部活終わりの掛け声や笑い声が遠くから聞こえてくる。

 体育館へと近づくにつれ、バスケットボールが弾む音やシューズの擦れる音が耳に入ってくる。女子バスケ部の練習はそろそろ終わりの時間だろう。

 体育館の扉をそっと開け、中を覗く。


 目に入ったのは、コートの隅で話し込んでいるヨシノリとゴワスだった。

 二人は汗をタオルで拭いながら、どこか楽し気に会話をしている。ゴワスは腕を組み、何かを語るような口調で話しており、ヨシノリはそれを聞きながら頷いたり、時折微笑んでいた。


 その光景を見た瞬間、俺は無意識のうちに口を開いていた。


「由紀!」


 その瞬間、体育館に俺の声が響き渡る。

 自分でもびっくりするくらい大きな声だった。まるでシュートが決まったときの歓声のように、反響して跳ね返ってくる。

 ヨシノリとゴワスの会話がピタリと止まり、二人ともこちらを振り向いた。ゴワスは怪訝そうに俺を見やり、ヨシノリは一瞬目を丸くしたあと、ため息をついた。


「何よ、そんな大声出して」


 ……いや、俺が聞きたい。


 体育館内が一瞬静まり返った後、ふと周囲を見ると、女バスの先輩たちが何やらニヤニヤとこちらを見ていた。どうやら俺の行動を面白がっているらしい。視線が痛い。


「佐藤、もう上がっていいよ。彼を待たせちゃ悪いからね」


 先輩の一人がそう言って、片付けはやっておくからとヨシノリの肩を軽く叩いた。


「すみません、ありがとうございます!」


 ヨシノリは恐縮しながらも、俺の方へ歩いてきた。

 ゴワスはチラリと俺を見たあと、軽く舌打ちをして再び体育館の奥へと視線を戻した。

 いや、会話邪魔したのはごめんて。


「それじゃ、いこっか」

「……おう」


 ヨシノリと並んで体育館を出ると、どこか気まずい空気が流れる。俺は何か言おうとしたが、言葉が見つからず、結局黙ったまま歩くことになった。


「あぁぁぁ……」


 気まずい空気に耐え切れず、俺はその場でしゃがみ込み、頭をぐしゃぐしゃと掻き乱した。


「マジでごめん……!」


 よりにもよって、俺は何であんな大声で呼んだんだ。

 ヨシノリとゴワスの間に何があったのかはわからないが、それよりも、俺のせいでヨシノリが部活の先輩たちに揶揄われることになってしまったのが申し訳ない。

 高校デビューに協力してくれるからと甘えてばかりだったが、ここ最近のヨシノリはずっと周囲から揶揄われていた。

 普段ならば気にすることなどないのだが、今日はやけに心を乱される出来事が乱立していたせいで不安定になっているのかもしれない。


「何か、意外」

「はえ?」

「ふふっ、くくくっ……カナタもそんなリアクションするんだね!」


 呆れたような笑い声が頭上から降ってくる。


「ほらほら、せっかくセットした髪が崩れちゃってるぞー」


 しゃがみ込む俺の前に、ヨシノリがしゃがみ込んで手を伸ばす。ちょ、スカート気にしろって! いろいろ見えちゃってるから、スパッツ履き忘れているせいで水色の布が見えちゃってるから!

 ふわりと、指が俺の前髪に触れる。手慣れた様子で整えてくれるヨシノリを見上げながら、俺はただ、情けなくため息をついた。


「……悪かったよ、邪魔して」

「気にしないで。そんな大した話してたわけじゃないから」

「でも、お前、部活の先輩たちに揶揄われてただろ」


 ヨシノリは少し目を伏せ、苦笑した。


「ま、そうね。でも、早く帰してくれてラッキー的な? それに……」


 俺の髪を整え終えると、ヨシノリは立ち上がって軽く伸びをした。


「カナタが迎えに来てくれるの、嫌じゃないし」


 その一言に、俺の心臓が妙に跳ねた。


「さ、帰るわよ」

「あ、ああ……」


 気まずさを引きずりながらも、俺はヨシノリと並んで歩き出した。


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