第35話 一次選考通過
放課後。今日も今日とて部室で執筆だ。
絶賛執筆中の小説〝ペンが剣になるので強し!〟の物語もいよいよ佳境。妖怪黒死猫の力を抑えきれなくなった幼馴染猫山葵との戦闘シーンだ。
せめて今日中にラストまで書き切って、梗概の作成までしてしまいたいところである。
キーボードを叩く音が部室に響く。周囲では漫研の面々が各々好きなことをしていた。トト先はいつものように原稿に没頭し、東海林先輩は新しく入荷した漫画をチェックしている。
「田中君、執筆の調子はどう?」
漫画の新刊を手に取った東海林先輩が、パソコンの画面を覗き込みながら話しかけてきた。
「順調です。もうすぐクライマックスですね」
「楽しみだねー。田中君の小説って長い台詞少なくて読みやすいから漫画みたいに読めちゃうんだよね」
「昔はそうでもなかったんですけど、ライトノベルらしく調整していった結果そうなった感じです」
「やっぱり意識して工夫してたんだ。すごいなぁ」
軽く会話を交わしつつも、俺は画面に集中する。
東海林先輩は少し考え込むように言葉を続けた。
「田中君の作品読んでて思ったんだけど、なんか……実際にタイムリープした人が書いたみたいなリアリティあるんだよね」
一瞬ドキリとしたが、平静を装って答える。
「執筆描写は自分の経験をもとに書きましたからね。リアリティがある描写ができると、自然と他の箇所もそう見えるんですよ」
「なるほどねぇ。でも、もし本当にタイムリープしたら、カナタ君はやっぱり執筆するの?」
「もちろん、執筆します」
というか、絶賛タイムリープからの執筆中である。
「田中君はどんな状況でも執筆してそうだもんね」
さらっと核心を突かれ、俺は苦笑する。
「でも、健康面は疎かにしちゃダメだよ。ポニテ馴染の主人公みたいな状態ってマジで終わってる人の生活だったし……まさか、同じようなことになってはいないよね?」
東海林先輩の言葉で、自分の一周目のことを思い返してみた。
死ぬ気で執筆してた五年間は健康面に関しては末期も末期だった。
一日二回は吐いていたし、血尿は出るし、頭痛を痛み止めで無理矢理無視していたくらいである。
「ハハハ、そんなマサカ……」
「ちょ、その反応はマジであったやつじゃない!」
現在はあっても頭痛くらいである。
「いやいや、俺がそんなやばい生活を送るように見えますか?」
「むしろ、それ以外の何者にも見えないよ」
失礼な。これでも二周目は健康に気を遣っているほうだというのに。
「田中君、人生賭けるのはいいけど、健康も大事にしようね……?」
「もちろんですよ」
「ほんとかなぁ……」
東海林先輩は疑わしそうに俺を見つめるが、俺はとりあえず適当に頷いておいた。
「まあ、わかったならいいけど……そうだ。みんなはもしもタイムリープしたらどうする?」
すると、不意に東海林先輩が他の部員に面白そうな話題を投げかけてきた。
俺はすでに経験済みの話題だが、周囲の面々は興味津々といった様子で話に乗ってきた。
ふと手を止めて会話に耳を傾けてみる。俺以外の人はタイムリープしたとき、どうするのか興味があったのだ。
「そりゃあ、宝くじ一択でしょ」
「株で一儲けとか?」
「未来の災害を予知した風を装って新興宗教を起こすのとかどう?」
おい、一人やばいのがいたぞ。
最後のはともかく宝くじや株は順当な回答だろう。実際はいつの宝くじが何番とか、株価とか興味がなさ過ぎてわからないから意味ないんだけど。
「ここは漫研らしく未来の名作を元に売れっ子漫画家として無双するっしょ」
「まず漫画を描いてから言えよ」
ようやく漫研らしい回答が出てきた。とはいえ、タイムリープしたところでそれを実行できるのはトト先くらいだろう。
「未来の名作漫画か……」
「おっ、田中君もそっち路線?」
俺はそれができる状況にある。だが、やる意味はない。
「自分の作品より面白くないものをパクってどうするんですか?」
「自己肯定感がすごい……」
そんな大層なものじゃない。そもそも人気作品の上辺をなぞっただけの熱も芯もない作品なんて、設定が面白かったところで人気など出るわけがないのだ。
「それに名作はいつの時代も名作というわけではないですよ。どんなものにもタイミングというものがあるんです」
十年後にミリオンヒットを飛ばした作品を連載される前の今からパクって出したところで、鳴かず飛ばずの結果になるのは目に見えている。
逆に言えば、十年後は鳴かず飛ばずだった作品も今このタイミングで出せば大ヒットする可能性だってある。
だったら情熱を込めて書いた自分の作品を出し続けるほうが効率がいい。
「結局はカナぴみたいにコンスタントに書き続けるのが一番」
「トト先も同じタイプですもんね」
トト先の〝結局はズルするよりも努力したほうが早い〟という結論に、漫研の先輩たちはガックリと肩を落とすのであった。
それから、ペン剣を書き終えた俺は早速部室のコピー機で冊子印刷をする。
俺が現在ポニテ馴染を応募しているシンフォニア文庫の次の応募は八月末だし、それまでに最低四作品は書き上げなければ。
「ペン剣書き終わった?」
印刷した冊子をホッチキス止めしていると、トト先が声をかけてきた。
「ええ、おかげ様で過去最高速度で書くことができました」
ただし一周目の速度は含まないものとする。あれは文字通り命を削って書いていたから再現しようとすると、本当に死にかねない。
「読ませてほしい」
「トト先、ごめんなさい。先約がいるので」
ヨシノリは構想段階からずっと、この小説を読みたいと言ってくれていた。そんな彼女が最初の読者になるのが筋というやつだろう。
「残念。ちなみに、次は何を書くの?」
「いやいや、都々ちゃん。田中君、たった今書き終わったばかりなのに、次なんて――」
「〝異物を排除すれば幼馴染は絶対に負けない〟って、ラブコメを書こうと思ってます」
「もう考えてあったんだ。というか、田中君の幼馴染に対する執念はなんなの……」
バトルものを書いているとラブコメが書きたくなるし、ラブコメを書いているとバトルものが書きたくなるんだよな。サウナと水風呂みたいなものである。
「そういえば、トト先は漫画の持ち込みとかしないんですか?」
ちょうど学校の近所には、超大手の出版社がある。週刊漫画雑誌の中でもトップクラスに人気のところだし、持ち込むくらいはいいんじゃないだろうか。
「自分の作品の価値は自分が決める」
「あはは……都々ちゃんって、自己完結型だもんね」
なるほど。未来じゃトト先が同人作家として活動を続けているのは、自分の書きたいものを書き続けるためだったのだか。
確かにそれも一つの手か。
俺は承認欲求のバケモノかつ、作品に対するプライドは高い。
それとは対照的にトト先の場合は、承認欲求が見受けられない。
うーん、才能がない上に醜い心を持った俺とは違って、なんて綺麗なクリエイターなのだろうか。
「というか、田中君。今日ってシンフォニア文庫の一次選考の結果発表じゃなかったっけ?」
東海林先輩の言葉で思い出した。一作目を投稿したときから、もうそんなに経っていたのか。
俺の中では、あれはとっくに過去のものとして処理されていた。
「そういえばそうですね」
「そういえばそうですねって、結果気にならないの!?」
東海林先輩が驚いたようにこっちを見てくる。
「だって、最終選考通らなきゃ意味ないじゃないですか」
「やだこの子ストイック過ぎる……」
そもそも、今まで何度も落ち続けてきたのだ。一次選考を通過したからといって、調子に乗れるほど単純ではない。
死ぬ気で執筆していた五年間では、応募した複数作品が同時に一次選考通過とか当たり前だったし。
「やっぱりさすがの田中君も自信がない感じ?」
東海林先輩が少し探るような視線を向けてくる。どうやらビビッて予防線を張っていると思われたようだ。
「どんなに面白くても編集部のそのときの判断一つで簡単に選考落ちするものですからね」
実際、出版業界の流行は移り変わりが激しい。その年ごとの空気感や、編集者の裁量によってウケる作品も変わる。俺の作品がどれだけ面白くても、世間に受け入れられなければ意味がない。
「変に期待せずに、常に最高の作品を生み続ける以上、途中経過なんて気にしても無駄でしょう?」
自分の言葉に、ほんの少しだけ苦笑が混じる。そう、俺にとってこれはただの通過点でしかない。
「ええい、田中君が気になってなくても私たちは気になってるの!」
東海林先輩は俺を押しのけるとパソコンからシンフォニア文庫大賞ページへとアクセスする。
【結果:一次選考通過】
「ああ、通ってたみたいですね」
俺が何気なく口にした瞬間、部室の空気が一変した。
「マジかよ! うちの部員からラノベ作家が爆誕するのか!」
「すごいじゃん! 一次突破とか普通に才能あるよ!」
「お祝いしなきゃじゃん! 何か食べに行く?」
部室は一気にお祭り騒ぎ状態。たかが一次選考を通過した程度で、だ。
俺はみんなのはしゃぐ様子を眺めながら、心のどこかで温度差を感じていた。
でも、せっかく喜んでくれているのに悪いよな。
「ありがとうございます。まだ一次選考ですし、ここからが本番ですよ」
そう言って笑ってみせる。けれど、トト先だけはじっと俺の顔を見つめていた。
「カナぴ、本心では何とも思ってないでしょ」
その言葉に、俺は一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「っ! あはは、そんなことないですよ。強がっていただけで、本当は気にしてましたよー」
言いながらも、自分でも違和感がある。
一次選考突破は通過点でしかない。これを喜んでいては、先に進めない。
でも、そんな俺の考え方を、トト先は見抜いている気がした。
彼女は手元のGペンをくるくると回しながら、口元を吊り上げて笑った。
「カナぴのそういうとこ、嫌いじゃない」
最近、この人はよく笑うな。そんなに俺なんかを見ていて楽しいのだろうか。
結局、祝勝会は最終選考まで取っておいてほしいと丁重にお断りさせていただいた。
こんな気持ちのまま、先輩たちに祝われるのは……何故か心が痛んだからだ。
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