第3話 ガキ大将→???→ぽっちゃり
「えっ、冗談……だよね」
まずい。この反応は俺の知り合いだ。
中学時代の知り合いなんてまるで記憶に残ってないぞ。
「マジで、あたしが誰かわからない?」
「い、いや、覚えてるぞ! あれだ、佐藤だろ!」
「うん、確かにあたしは佐藤だね」
ニッコリと笑って俺に近づいてくる佐藤。良かった適当に言ってみたが当たるものだ。
全国の佐藤さん。たくさん存在してくれてありがとう。
だが、なんだろう。嫌な予感がしてたまらない。
「でもね、あんたがあたしのことを忘れてるってことはよくわかった」
キッと俺を睨みつけると、右手をぐっと握る。
「待て、話せばわかる」
「話してわからなかったじゃない!」
そう言って拳を俺の顔に叩き――つけずに力を抜いて頬に軽く当ててきた。
「あんたと幼稚園の頃から一緒だった佐藤由紀。少なくとも、あんたはあたしのことを佐藤なんて呼んだことなかったでしょ」
佐藤由紀。そして、幼稚園から一緒という言葉で思い出した。
「えぇぇぇぇぇ、お前ヨシノリか!?」
「ヨシノリ言うな!」
こいつはヨシノリ――というあだ名で呼ばれていた小学校の頃の同級生だ。
昔は髪も短くてガキ大将のような見た目をしていたことが印象的で、周囲からも由紀を湯桶読みしてヨシノリと男子みたいな名前で呼ばれていたのだ。
そういえば、俺の名前をずっとカナタと呼んできてたんだっけか。意外ときっかけさえあれば思い出せるものだ。
確か、最後に会ったのは成人式のときだっただろうか。
「えっ、うわ! 懐かしいな!」
「同中だったんだけど!?」
申し訳ないが、俺の中でのヨシノリのイメージは、小学校でのガキ大将モードか、成人式で会ったときのぽっちゃりモードしかない。
どうやら、ガキ大将とぽっちゃりの中間進化はムチムチ美少女だったらしい。
こいつにもこんな美少女な時期があったとはなぁ……なんて感傷に浸っている場合じゃない。何とかフォローせねば。
「俺、中学の記憶ほとんどないんだ」
「一体何があったの」
「何もなかったからな」
そう本当に何もなかったから覚えていないのだろう。実際、小説を書き始めたのが中学の頃で、この頃から俺は周囲とのコミュニケーションを廃絶し始めていた。
「……確かにカナタって友達いなかったもんね」
「ヨシノリとも絡みなかったよな?」
「一年のときは結構話しかけたと思うんだけど、そのあとはクラス別れちゃったからね」
「じゃあ、覚えてるわけないじゃん」
「えぇ……」
俺の中学時代は基本的に一人で本を読んでいただけだった。大部分がそれなら記憶に残っていないのも仕方がないと思う。
「それでも、あたしを忘れるのは酷くない?」
「いや、だって別人レベルで可愛くなってるからわからんて」
「かっ、わ……!?」
俺がそう告げると、ヨシノリは顔を真っ赤に染めて口をパクパクしていた。
え、何その反応。まさか、俺のことが好き――なわけないか。
俺なんて人気出ないけど中身は面白い小説を書けること以外なん価値もない生粗大ゴミだ。三十二歳になっても彼女どころか友人すらいなかったし、仕事も大してできない給料泥棒だったからな。
こんな人間を好きになる人間なんてゴミ屋敷の住人くらいだ。
きっと、男扱いばっかりされてきたからこういう褒められ方に慣れていないのだろう。
「悪い、変なこと言ったな」
「いや、いいんだけど、さ……」
ヨシノリは照れくさそうに指でポニーテールの先をいじっていた。
「ふむ……」
しかし、よくよく考えてみると、ヨシノリはかなり小説のヒロインのようなスペックをしている。
小学校のときはガキ大将のような容姿と性格で、現在はムチムチかつスポーティな美少女。
幼稚園から今まで学校が同じ、所謂幼馴染に分類できる。
可愛いと褒められることに慣れていない、か……。
何だこのパーフェクト幼馴染ヒロイン!?
俺はバカか!? こんな小説の糧になりそうな奴が傍にいたというのに、何で気がつかなかったんだ!?
何たる失敗、何たる損失!
これが生前の俺ならとっくの昔にヒロインのモデルにしてたぞ! というか、そういうの書いた! なんなら、最終選考まで残った!
現実の人間関係などどうでもいいと思っていたが、こんな稀少価値がある人間傍にいたと思うと惜しいことをしたとしか思えない。
「俺ってバカだなぁ……」
作者は経験したことしか書けない。なんてよく言われるが、それはまるっきりバカの戯言というわけではない。
自身の経験を物語に混ぜ込むのは、創作をする上で有効だ。
なんなら最終選考まで残った作品に、リアリティを混ぜ込めていれば更に良い作品になったんじゃないだろうか。
もっとちゃんと人を知ろうとしていれば、いいものが書けたんじゃないだろうか。
反省だ。成人式で会ったときにもっとちゃんとコミュニケーションを取っておけば良かった。
『カナタ!? カナタだよね! 久しぶり!』
『うん、その呼び方は……ヨシノリ、か?』
『ヨシノリ言うな!』
今思えば、二十歳時点で小説以外どうでもいいなんて考えていた俺のことを覚えていた時点で、ヨシノリってかなり優しかったんだなぁ。
『懐かしいなぁ。俺、昔強引にあちこち連れまわされてお前のこと苦手だったんだよな』
『えっ』
もっと言い方とかあったろうに、マジで最悪な言い方をしてしまった。
これはない。ヨシノリ、しばらく凍り付いたように固まっちゃったってたし。
俺は、過去であり未来でもあった出来事を思い出しながら、目の前の彼女をじっと見つめる。
「な、何よ。変な顔して」
「いや、なんかごめんな……本当に」
なんか思い出したら申し訳なくなってきた。
「いいよ。こうして思い出してくれたんだし」
深々と頭を下げていたらヨシノリは軽くため息をついて微笑んだ。
「またよろしくね」
「ああ、よろしくな」
差し出された手をとる。柔らかい感触に女性らしさを感じて、どぎまぎしてしまった。
うーん、幼馴染ヒロイン。なんかこうグッとくるものがある。
人間関係を全部切ってから執筆活動だけに没頭していたと思っていたが、どうやら俺はちゃんと現実の女子に興味を持っていたようだ。
ここでヨシノリと出会ったのも何かの縁だ。
「ヨシノリって高校はどこ行くんだ」
「慶明大学附属高校だけど」
それは一周目の人生において、俺が通っていた高校である。
「同じ高校だったのか……ちなみに、大学は内部推薦予定?」
「まだそこまで考えてないけど、たぶんそうすると思う」
まさかとは思ったけど、俺は幼稚園から大学まで一緒だった幼馴染とほとんど絡みもなく人生を過ごしていたのか。これでは馴染んでいないから幼馴染とは呼べないだろう。
「折り入って頼みがあるんだけど」
「何、どうしたの急に?」
俺は覚悟を決めた。
「俺、高校からはしっかり周りとうまくやりたいと思っているんだ」
前世で叶わなかった夢に、もう一度挑戦できる。しかも、若い身体と時間がある。
だが、ひとつだけ違う点がある。
青春も恋も捨てて小説に賭けた結果、俺は夢のスタートラインにすら立てずに死んだ。
ならば、今度は違う書き方を試すべきだ。
「だから、俺の高校デビューに協力してくれないか」
二周目の人生は青春も恋も経験した上で、それを糧に最高の小説を書いてやる。
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