第28話 内面ブスのサンプル採取
小説の執筆速度はかつてないほどに上がっていた。
こんなに筆が乗っているのは、俺の二周目の学校生活が充実しているからだろう。
前世とも言うべき一周目では、教室の隅でただ本を読み、文芸部の部室で楽しそうに話す部員たちの声を尻目に物語を書いていただけだった。
だが今は違う。
再び出会えた幼馴染との日々をやり直し、見た目も性格もいいキャラの濃い友人に恵まれた。
昨夜も気づけば深夜三時まで書き続けていた。
目が開かないほど眠かったが、それも心地よい疲労感だった。学校では少し居眠りしたが、それでも頭の中では次の展開が膨らみ続けていた。
スキップでもしそうな足取りで部室へ向かっていると、廊下の角から女子たちの声が聞こえてきて、思わず足を止める。
「ほんと、佐藤その二って何であんなに調子に乗ってるんだろ」
佐藤その二――それはおそらくアミのことだ。由紀が基本的に名前で呼ばれているのに対し、わざわざ佐藤、それも〝その二〟を付けて呼ばれることに悪意を感じてしまう。
「どうせ胸でしょ、胸」
「騎志くんに媚び売ってるの、見てて恥ずかしくなるよね」
おっと、これは気まずい場面に遭遇してしまった。
声だけじゃ誰かわからないけど、たぶん同じクラスの女子だろう。
アミと仲の良い俺が聞いていたと知られれば、ややこしいことになりかねない。
とはいえ、女子の醜い陰口を聞く機会は滅多にない。ここは携帯をいじるフリをして録音させてもらおう。
これは小説の糧になる。内面ブスの実態調査とでも銘打っておこう。
「ちょっと可愛いからって調子に乗りすぎ」
「田中その二にも粉かけてるんでしょ? あいつ由紀ちゃんの男なのに、キッショイわー」
「えっと、寝取る気満々ってこと?」
俺とヨシノリは付き合っているわけじゃないが、傍から見たら仲の良い幼馴染はそう見えるらしい。
話の内容は段々とヒートアップしていき、罵詈雑言の数々が飛び交う。
「あいつ、前の学校でも浮いてたらしいよ。だから何度か転校したんだって」
「マジ? どうせ男関係でもめたんじゃない」
「絶対そう。あの胸とか、整形じゃね? 高校生であんなにあるわけないじゃん」
「キモい。見せつけてるよね、あからさますぎ」
「あんなにデカいと、ねぇ」
ここまで酷い内容になるとは思わなかった。完全なデマを交えた中傷だ。
一周目では、こんな陰口を聞く機会はなかった。そもそも周囲に関心を持っていなかったし、誰かと深い関わりもなかった。
人間関係が深まれば深まるほど、こういう醜さも見えてくる。特にアミは目立つ存在だから、嫉妬の対象になりやすいのだろう。
あの容姿と性格だ。男子ウケがエグいことになっており、本人はそのことに無自覚。くだらない嫉妬を向けられるのは仕方のないことだった。
女子のまとめ役みたいなポジションをやっているヨシノリが傍にいるからなんとかなっているというところだろうか。
「あいつに言い寄ってる男子って、みんな頭弱そうだよね。田中その二とか、由紀がいるのに何考えてるの?」
あれ、何かこっちにも飛び火してきた。
「あいつ実は頭良いらしいよ。小説とか書いてるって」
「え、マジ? キッショ、中二病? 絶対つまんないでしょ」
「逆に読んでみたくない? つまんな過ぎて、めっちゃ笑えそう」
「由紀が褒めてるのって、ただの気遣いでしょ」
「ゆ、由紀ちゃんって、ホントに優しいよねー」
うーん、聞いているだけも不快感がすごい。
そもそも俺はアミに言い寄ったことなんてないのだが……いや、そうか。
こいつらはアミの陰口を叩くことで、溜まったストレスを発散しようとしているのだ。
では、何故アミの存在でストレスが溜まるのか。
答えは簡単だ。ただの嫉妬である。
女子として敵わないから相手を下げて安心したい。
そのために、由紀という女子のトップに付随した情報――つまり、俺を使うことでアミの陰口を叩きやすくしているのだ。
自分たちが世話になっている女子と仲の良い男子が誑かされている。そんな在りもしないストーリーが彼女たちの腐った頭の中では展開されているのだろう。
くだらないが、これも一つの人間関係の形なのだろう。そう考えると、なかなか面白く見えてくるのだから不思議なものだ。
さて、貴重な内面ブスのサンプル採取もできた。
録音を切ると、俺は静かにその場から立ち去った。おー、怖い怖い。