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第27話 ラキスケ真拳

 ある日の放課後。漫研の部室には俺とトト先がひたすら己の創作活動に勤しんでいた。

 漫研は基本自由な部活のため兼部している人も多く、たまに俺とトト先だけになる日があるのだ。騒がしい漫研の雰囲気も好きだが、こういう静かな日も悪くはない。


「おーい、いるー?」


 そんな静かな部室のドアが勢いよく開く。そこに立っていたのは、ヨシノリだった。


「どうしたんだ、由紀。部活は?」

「今日、バスケ部が急に休みになったんだよね。暇だから覗きにきた」

「いや、だからって何で漫研?」

「最近のカナタの様子を見ようと思って」


 どうやら本当に暇らしい。それなら女子の友人と寄り道でもすればいいのに。


「うぇるかむ、ゆきぽよ。歓迎する」


 トト先は原稿の手を止め、椅子を引いてヨシノリを歓迎した。人に興味なさそうなトト先がヨシノリの名前を知っているとは驚きだ。


「いや、ゆきぽよって」


 トト先独特の雰囲気に困惑しつつも、ヨシノリはちゃっかり椅子に腰を下した。

 それから俺はひたすらパソコンに向かい、指を走らせる。隣ではトト先も、黙々と原稿作業を進めている。


 カリカリ、カタカタ、シャッシャッ、ターンッ……静かにペンが走る音とタイピングの音が交互に響く。


「ねぇ、カナタ」


 突然、ヨシノリが呆れたように声を上げる。


「高校デビューとか言ってたくせに、入学前とやってること全然変わってなくない?」

「そうか?」


 俺は手を止めて考える。確かに、高校に入る前は眩い青春を送ろうとか考えてたはずなのに、気づけばこうして漫研での執筆作業に没頭していた。


「アミやナイトとも仲良くなれたし、もう大丈夫だろ」

「こいつ、もうゴールした気になってる……」


 何故か俺の言葉に、ヨシノリは深いため息をついた。


「カナぴ。資料集めは大切」


 俺達の会話を聞いていたのか、トト先が俺を窘めるように告げる。


「何事も勉強」

「伊藤先輩、もっと言ってやってください!」


 ヨシノリはトト先の応援に回るように声を上げた。お前、トト先と会うのは二回目だろうが。何で味方面してるんだよ。


「というわけで、ゆきぽよにモデルになってもらおう」

「ひゃえ?」


 まさか矛先が自分に向くとは思っていなかったヨシノリは、素っ頓狂な声を上げた。


「モデルか。確かに資料はちょっと欲しいかもですね」

「せっかくの制服。〝学園ラブコメ〟の資料とかほしい」


 俺とトト先は顔を見合わせ、ヨシノリの方へ目を向ける。すると、ヨシノリは困惑したように目を白黒させた。


「いや、あの、何であたしが?」

「どうせ暇。いつでも、ここの漫画読んでいい」

「やります」


 即答だった。そんなに漫研の本棚は魅力的なのか。そういうば、こいつ俺の部屋でもずっと漫画読んでたな。


「一応、部の物だから入部はして。漫研は兼部も幽霊部員も歓迎」

「いいですよ。バスケ部も兼部オッケーなので」

「さらっと部員数水増ししてる……」


 そういえば、一年生は俺以外に新入部員が入っていなかった。マジで将来的に大丈夫なのだろうか。


「ほら、例えばこう」


 デッサン人形をいじりながら、トト先がポーズを指定する。それはポニーテールを束ねるときに輪ゴムを咥え、両手を頭の後ろにやっているポーズだった。


「どうせ暇ですしいいですよ」


 ヨシノリは指示通りにするため、一度ポニーテールをほどきヘアゴムを口に咥える。


「ラキスケ真拳……スカート捲り!」


 その瞬間、音もなく背後に回り込んだトト先によって、ヨシノリのスカートが捲り上げられた。


「ちょっ、は!?」


 ヨシノリのスカートがふわりと舞い上がる。

 俺の目に、黒いスパッツが飛び込んできた。


「スパッツとは卑怯なり」

「何ですかそのリアクション! あたし被害者ですよね!?」


 無表情のまま不服そうな声を上げたトト先に、ヨシノリが顔を赤くして抗議の声を上げる。


「邪道は滅する」


 そのとき、トト先の目が光った。


「ひゃえ?」


 次の瞬間、トト先は手を伸ばしてヨシノリのスパッツを指で引っかける。


「なっ、ななな、何やってるんですか!?」


 ヨシノリが驚愕する間もなく、スパッツがスルリとずり下げられる。

 つい視線が下へ向いてしまう。

 そこには黒いスパッツと一緒にくしゃっとなったピンク色の布が。どうやら指が引っかかり、スパッツだけでなく下着まで一緒にずり下げてしまったようだ。


「間違えた」


 一体、何をどう間違えたんだ。


「カナタ、見ないで!」


 ヨシノリが反射的に俺の方へと詰め寄ろうとする。


「おい、由紀! 危な――」


 膝で止まっているスパッツと下着のせいで、ガクッとバランスを崩したヨシノリは、そのまま俺の方へ倒れ込んだ。

 咄嗟に腕を伸ばし、ヨシノリの体を受け止める。

 そのまま、俺の腕の中にヨシノリが収まる形になった。


「……っ!」


 ふわりと漂う香り。

 背中にまわした手のひらから伝わる温もり。

 そして、視界の端に映ったのは、うなじ。

 首筋のあたりから鎖骨へと続く、白い肌が妙に艶めかしく見えた。

 汗の雫が一筋流れ落ちるのが、やけにスローモーションのように感じられる。


「~~~~~っ!」


 ヨシノリの顔が一気に真っ赤になる。


「違っ、トト先が勝手に」


 さすがに俺もこの状況で冷静にはなれなかった。目の前の光景が、あまりにも目の毒だったからだ。


「ふむ、ナイスラキスケ」


 トト先は涼しい顔でスケッチブックを開きながら、面白そうに眺めている。本当に何やってんだ、あんたは。


「カナぴ。ゆきぽよとの絡みのときだけ表情がわかりやすい。いい顔してる」

「そう、ですかね」

「いいから離して!」


 俺から離れようとヨシノリがもがき出す。


「由紀。その状態で暴れたら――」


 動揺して暴れたことでバランスを崩したヨシノリが、俺の方へさらに倒れ込む。


「わっ!」


 ヨシノリが暴れたことで、俺たちはバランスを崩して床に倒れ込んでしまった。

 よし、今度はトラックのときと違ってちゃんとヨシノリを庇えたぞ。


「……っ」


 咄嗟の行動に自分の成長を感じていると、俺の目の前には更に目の毒な光景が広がっていた。


 ヨシノリのスカートは捲れ上がり、そこにあったのはムチムチと肉付きのよい尻だった。


「いやぁぁぁぁぁ!」


 ヨシノリの絶叫が部室に響き渡る。

 そんな中、トト先は涼しい顔でスケッチブックを広げ、ペンを走らせていた。


「執筆マシーンの貴重な照れシーン」

「オオグンタマの貴重な産卵シーンみたいに言わないでください!」


 改めて思う。やっぱり天才クリエイターって変人だわ。

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