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第215話 出世魚

 文化祭当日。

 校門を抜けると、既に喧騒が耳に飛び込んできた。

 校舎の外壁には色とりどりの看板が掲げられ、正門前では吹奏楽部がリハーサルをしている。


 校内に入ってすぐのロビーでは演劇部がチケットを配り、教室からは準備中の声が漏れ聞こえてくる。

 屋台の香ばしい匂いが漂い、カラフルな風船を持った子どもたちが走り回る様子は、非日常感に包まれている。


 俺たちのクラスのコスプレ喫茶も朝から準備でバタバタしていた。教室にはすでにコスプレ衣装に身を包んだクラスメイトたちが集まり、各々の持ち場で最終チェックを行っている。

 女子はメイド服やナース服など、王道の衣装が人気だ。男子は探偵や忍者などの衣装を着ており、特にナイトの執事服は人目を惹いている。


「俺までなんで執事服……」


 俺は自分の衣装姿を見ながら呟いた。


「いや、マジでそれな……」


 俺の隣で執事服に身を包んだゴワスが同様にため息をついていた。

 俺と違って体格が良くて筋肉質なゴワスの執事服は見栄えがいい。


「ゴワスはまだカッコいいからいいだろ」


 俺も同じものを着ているはずなのに何故こうも違うのか。

 いくら顔を美容院とメイクで誤魔化しても貧弱な俺に執事服は似合わない。

 一体誰がこの衣装を持ってきたのやら。


「はいはい。文句言わずに働け」


 腕組みをして俺とゴワスを見上げていた女子生徒の一人がぴしゃりと言った。

 彼女の名前は月見里美月(やまなしみづき)。黒髪と凛とした雰囲気を持つ彼女は、俺が指示を出さなくても積極的に働いてくれていた一人だ。

 現在は、ナースのコスプレをしている。


「なあ、月見里。どうして俺まで執事服なんだよ。衣装任せるとは言ったけどさぁ」

「あんたら三人は衣装統一した方がいいからね」


「いや、馬子にも衣裳とは言うけど、雑魚には衣装じゃ誤魔化しがきかないだろ」

「出世魚がよく言うよ」

「出世魚ってどの辺? モジャコ?」

「余裕でブリだよ」


 月見里は呆れた様子で俺を見る。


「出世魚? モジャコ? ……マグロはどの辺なんだ?」


 俺たちの会話の横でゴワスは混乱していた。……また勉強会開いた方が良さそうだな。


「ナイト君はいつも通りのカッコ良さで、ゴワスはワイルドなカッコ良さ。カナタ君は普段とのギャップがエグイから三人並んだ方が絵面がいいんだよ」


 はて、ギャップとは。

 陰キャオタクが無理してコスプレしてる感じがウケるということだろうか。


「ちょっと、ゴワス。カナタ君がこうなったの絶対あんたが当たり強かったせいでしょ」

「俺もそう思ってたんだけど、割と元からっぽい。いや、あんときのことは反省してっけどよ」

「まあ、なんでもいいよ。仕事だからな」


 接客は初めてだが、やるしかない。

 意を決して顔を上げると、女子陣がぞろぞろと更衣室から出てきた。


「お、おお……」


 思わず声が漏れる。

 メイド服にナース服、巫女装束。普段の制服姿からは想像もつかない華やかさに、教室の空気が一気にカラフルになった気がした。普段おとなしい子までフリルやリボンに包まれていて、男子どもの視線が自然と吸い寄せられるのも無理はない。


「どうですか、カナタ君!?」

「カナタン! どうね? 似合っちょーやろ!」


 アミと喜屋武は、バンド用の衣装に着替えていた。

 上半身は艶やかな和服の着物風で、裾はスカート状にアレンジされている。腰には帯の代わりに黒いベルト、足元はブーツ。和と洋が絶妙に融合したデザインで、文化祭のコスプレ喫茶の中でも異彩を放っていた。


「どうですか?」


 アミは袖口を軽く広げてこちらを覗き込んでくる。


「めっちゃ似合ってる」

「ステージ映えもばっちりさ!」


 喜屋武はスカートの裾をひらりとさせながらと笑う。


「喜屋武もよく似合ってるぞ」

「はへ!?  にふぇーどー……」


 流れで褒めたのだが、喜屋武は予想外の反応だったのか顔を真っ赤にして俯いた。


「あーあ、刺されないようにね」

「何、何なの? 怖いんだけど」


 月見里にジト目で睨まれて何故だか背中に寒気がした。


「よっすー、カナタ。その執事服めっちゃ似合ってるじゃん。超カッコいいよ」


 振り返ると、ヨシノリが胸を張って現れた。

 おうふ……よりによってメイド服だった。


 髪はいつものポニーテールではなく、おろして緩く巻いていた。アイシャドウは変わらずいつものオレンジ色のアイシャドウだ。

 ただでさえ破壊力が高いのに、メイド服に包まれると破壊力が桁違いだ。

 腰のリボンや短めのスカートがやたらと目に毒で、クラスの男子たちが一斉に視線を逸らすのも頷ける。


「お前、それ……」

「えへへ。衣装係に押し切られてさぁ。でも、悪くないでしょ?」


 ヨシノリは無邪気に笑ったが、どう見ても悪くなさすぎる。むしろ完敗だ。


「悪くないどころの話じゃないだろ。最高だよ」


 これはもう、うちのクラスに人が集まらない理由がない。


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