第202話 未来からの手紙
気がついたとき、私は自分の部屋にいた。
カーテンの隙間からは街灯の光がぼんやりと差し込み、見慣れたはずの空間なのにどこか現実感が薄い。
机の上の時計に目をやると、針はすでに零時を大きく回っていた。
「一体、何が……」
言葉がかすれる。どうにも身体が怠く、鉛のように重たい。ふらつく足取りで机へと近づき、視線を巡らせたとき、開かれたままのノートが目に飛び込んできた。
「これって……!」
胸の奥が跳ねる。そこに並んでいた文字は、私自身の字だった。だが、書かれているのは明らかに今の私ではない言葉。未来の私からのメッセージだった。
『青春真っ盛りな私へ。
この手紙を読んでいるということは、意識が元に戻ったということだろうね。
まず、あなたの貴重な青春の一日を奪ったことを謝る。ごめんなさい。
信じられないかもしれないけど、私はあなたのもう一つの未来の姿。
音楽はやっているけど、友人に恵まれず、恋もしなかった佐藤愛美麗――それが私。
他のみんなと違って私だけがまたあなたの中に宿ったのは、きっと彼と同じで自分の人生に後悔があるからだと思う』
目を走らせながら、息を飲む。未来の自分なんて信じられない。最初はそう思った。
けれど、私は何度も夢でその姿を見ていた。暗い部屋に一人、パソコンの前でギターを弾き続ける孤独な私。
その光景は胸を締めつけ、そして今、この手紙の主が確かに未来の私であると納得せざるを得なかった。
『今のあなたはまだ、自分の音に自信を持てていないと思う。
けれど、仲間と鳴らす音は本物だった。
私はそれを、この一日で改めて思い知った。
桃太郎ちゃんも、キャンちゃんも、そしてあなたが好きなカナタ君も。
みんな、あなたが奏でる音を信じてくれる。
だから、怖がらなくていい。
あなたがギターを抱えて、声を出せば、必ず届く』
読み進めるうちに、ノートを持つ手が震え、指先が白くなった。
未来の私は、私の弱さをすべて見抜いている。だけど、それを責めるのではなく、むしろ包み込むように肯定してくれていた。
涙腺がじわりと熱くなる。もし未来の自分が本当にこうして手を伸ばしてくれているのだとしたら……その想いに応えたいと思った。
『最後に。
未来の私は、ずっと後悔していた。
自分の名前が嫌いで、人と関わることができなくなった。
だからこそ、今のあなたには後悔してほしくない。
文化祭を、仲間と全力でやりきって。
それが、未来を変える一歩になるから』
そこまで読み終えたとき、最後の一行が視界に飛び込んでくる。
『追伸:カナタ君はクソボケなので、恋も後悔のないように全力でぶつかること』
「……未来の私って、やっぱりポンコツですね」
思わず苦笑がこぼれた。けれど、その瞬間にはもう決意が固まっていた。
窓の外では夜風が街路樹を揺らし、静かな音を立てている。私は深呼吸し、胸に手を当てた。
未来の私が残した願いを裏切らないために。
文化祭で、最高のライブをやってみせる。
そして、カナタ君にこの想いを、ちゃんと伝えるんだ。




