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第201話 対バン

 部室に入ると、すでに喜屋武と桃太郎が来ていた。

 窓から差し込む夕陽が楽器に反射して、どこか舞台裏めいた雰囲気を漂わせている。


「おそーい、アフロン! さっさとチューニング済ませるさー」


 喜屋武はベースを抱えながら、いつものように元気よく声を上げた。


「ごめんごめん。ちょっとカナタ君と話し込んじゃって」

「漫画の打ち合わせもあるし、しゃーないさー」


 そう言って笑う彼女の隣で、桃太郎は静かにドラムスティックを回転させていた。明るく振る舞う喜屋武とは対照的に、彼女の表情はどこか硬い。


「よし、じゃあアフロン、合わせよっか」


 喜屋武が声をかけると、アミ――中身がAMUREになった彼女は、どこかぎこちない笑顔でギターを構えた。


「う、うん。やろっか」


 その瞬間、AMUREの表情が変わった。


「スゥー……!」


 アミはギターを持ったり、歌っているときは雰囲気が変わる。

 だが、彼女の未来の一つの可能性でもあるAMUREのそれはアミの比ではない。

 彼女がギターをかき鳴らした瞬間、部室の空気が変わる。


 アミのときとはまるで違う荒々しい。

 うまいはうまいのだが、なんというか……。


「ストップ、ストーップ! アフロディーテ、ギター走りすぎ!」

「どうしたんさ、アフロン。なんか息が合わないさー」

「やっべ」


 そうなのだ。ギターがやけに走りがちというか、暴走気味なのだ。


「てか、なんか変じゃない? 違和感があるというか……」

「おっ、しゃべり方、敬語じゃなくてタメ口になってるや」

「それは、そのぉ……」


 まずいボロが出始めた。


「えっ、そう、です? 寝不足でさ、昨日夜ふかししちゃってまして……」


 慌てて言い訳を口にするAMURE。言葉選びが絶妙にアミっぽくない。

 二周目に入って忘れていたが、俺の推しってかなりのポンコツなんだよな……。

 仕方ないので割って入ることにした。


「まあ、文化祭が近づいてきて気合い入りすぎて空回ってんだろ」

「なるほどねー! 確かに、ここんとこ練習続きだーね」


 喜屋武は納得したように笑って、またベースを構える。

 こうして逐一フォローを入れてやらないと、ボロが出かねない。いや、既にボロボロだけど。


 さすが中身がプロということもあり、これ以降は割とAMUREはうまくやっていた。

 そうして数曲合わせたあとだった。唐突に、桃太郎が切り出した。


「……あの、みんなに話がある」


 真剣な声に、俺たちは自然と姿勢を正す。

 桃太郎は深呼吸してから続ける。


「今日、遊に呼び出されて……文化祭で、対バンしないかって言われたんだ」

「「対バン?」」


 俺と喜屋武の声が重なる。

 桃太郎は唇を噛んで頷いた。


「うん。条件は……勝ったほうが、負けたほうに〝何でも言うことを聞かせられる〟って」

「はぁ!?」


 真っ先に声を上げたのは喜屋武だ。


「何その無茶苦茶な勝負ね!? あんのクズベーシストめー!」

「わかってる。でも……遊は本気だった」


 桃太郎の声は震えていた。


「桃太郎ちゃんはどうしたい……んですか?」


 取ってつけたようにアミの口調を真似てAMUREが尋ねる。その表情は真剣そのものだった。


「我儘だけど、私は決着をつけたい。それに……勝てたら前みたいな関係に戻れるかもしれないから」

「でもさー、負けたら絶対引き抜かれるんじゃないね……」


 喜屋武の心配も最もだ。

 多田野はドラムとしての桃太郎を欲している。対バンを仕掛けるからには、代理は立てているのだろうが、あいつは桃太郎に執着していた。


 俺の言葉で吹っ切れたように見えたが、俺は知っている。

 長い時間を共に過ごし、隣にいるのが当たり前の幼馴染をそう簡単に諦めることなどできないのだ。

 多田野遊。あいつはどこか俺と似ている気がする。


「いいね、やろうじゃん」


 重苦しい空気の中、軽やかな声が響いた。

 全員の視線が一斉にAMUREに向く。

 彼女はギターを肩にかけたまま、ニヤリと口元を歪めていた。


「えっ……ちょ、ちょっと待ってアフロン!? 本気で言ってるや!?」


 喜屋武が慌てふためく。


「だって燃えるじゃん、そういうの。文化祭で対バンなんて最高じゃない?」


 どこか挑発的な声音。完全にAMUREのノリだった。

 桃太郎は目を見開き、動揺を隠せない。


「でも、負けたら……」

「勝ちゃいいんでしょ? 私らの音で、叩き潰してやりゃいいだけの話じゃん」


 AMUREは軽くピックを弾き、乾いたコード音を響かせる。

 その自信満々な態度に、喜屋武はぽかんと口を開け、それから大笑いした。


「アフロン、やっぱキャラ変してるや? でもさー……いいかもね! やるなら全力で勝つしかないさー!」


 拳を突き上げて賛同する喜屋武。

 桃太郎はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。


「ありがとう。アフロディーテ、喜屋武」


 その目には、かつてない決意の光が宿っていた。

 図らずも推しのおかげでいいシーンが見れた。やはり俺の推しは最高である。


「このセトリをお前に預ける」

「麦わら帽子かよ。返せませんよ。たぶん、今日中に未来へ帰っちゃうんですから」


 練習後、俺はAMUREに当初の予定から変更したセトリを渡された。


「返却先はこっちの私ってことで」

「ほぼ別人でしょうが」


 未来のヨシノリと違って、こっちはAMUREを形成する事件を解決したこともあって、人格形成に大きな差が出ているんだよな。


「だって、ほら。私も佐藤愛美麗だからさ」

「ま、推しの頼みは断れないですね」


 そんな笑顔を見せられたらこっちもより本気になるってもんだ。


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