第200話 推し活
二周目で共に過ごしてきたアミは、柔らかい雰囲気を纏った育ちの良い美少女だった。
ユーチューバーになってからは、段々と崩れがちではあるものの、たまにイカレるだけのおっとり系美少女ではあったのだ。
しかし、目の前にいるアミはその雰囲気をかき消すほどのダウナーな雰囲気を纏っていた。
「えっ、マジでAMUREになってるんですか?」
「……そういうこと。まあ、あの頃の私って言ったほうが正しいかも」
アミは片手で前髪を払い、気だるげに笑う。その表情は、画面に映るアバター越しとはいえ、間違いなく推しであるAMUREだった。
「でも、なんで今?」
「理由はわかんない。気づいたらこうなってた。昨日までは普通だったのにね」
「体調は?」
「別に悪くないよ。ただ……感覚が違うっていうか、身体が若い?」
あっけらかんと言いながらも、アミは自分の手首を軽く握り込む。
「あれかな。昨日、泡盛で深酒しすぎたせいかね」
「マジでなにやってるんですか」
まあ、酒飲み雑談配信で酔っ払って配信切り忘れた人だ。
そのくらいならやっていたとしても違和感はない。
問題はそこじゃない。
「あの、未来で亡くなったわけじゃないんですよね?」
俺がこの二周目にいるのは、過労で死んだからだ。
夏の海で一周目のヨシノリたちと出会ったのは、ある種の奇跡だと思っている。
だからこそ、このタイミングでAMUREが二周目のこの瞬間に来ているのは、一周目でなくなった可能性がある。
「んー、記憶飛んでるからわかんね」
「えぇ……」
こっちとしては気が気じゃないというのに、AMUREは困ったようにガシガシと頭を掻くだけだった。
「てかさぁ、なんで私がAMUREって知ってんの。夏の海のときも気づいてたっしょ」
「俺もあなたと同じところからきたからですよ」
「そっか……やっぱり、そうなんだ」
何故かAMUREは嬉しそうに口元を吊り上げた。
「もしかして、リスナーさん?」
「ええ、北大路魚瀧って名前でよくスパチャしてました」
懐かしい一周目でのペンネームを口にすると、AMUREは目を見開いて口を手で覆った。
「嘘……マジ? 定期的に赤スパ送ってくれてたあの古参リスナーの?」
「えっ、認知してたんですね」
「そりゃ登録者数二桁時代から追ってくれてる人だし、定期的にファンレター送ってくれてたじゃん」
「まあ、推しなので」
とはいえ、死ぬ気の執筆期間の間は歌ってみた動画を作業用BGMにするだけで碌に配信は追えなくなってしまったのだが。
「そっかぁ、カナタ君の正体は北大路さんだったんだねぇ」
感慨深そうにそう呟くと、AMUREは憑き物が落ちたような表情を浮かべて告げる。
「ありがとうございます。あなたの応援にずっと支えられていました」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。支えられていたのは俺のほうです。そんな頭を下げられるようなことはしてないですって!」
深々と頭を下げるAMUREに、俺は慌てて声をかける。
「してるよ。私、あの頃ほんとに何度も折れそうになったの。だけど、コメント欄でずっとあなたが応援してくれていたから『まだ頑張ってみようかな』って思えたんだよ」
AMUREはそう言って顔を上げる。どこか泣きそうで、けれどその顔は心から笑っていた。
「正直、こんなところで再会するとは思わなかったけど……嬉しいな」
「俺もです。こうしてまた推しと対面で話せる日が来るなんて、想像もしてなかった」
心臓が痛いほど鳴っていた。推しが目の前で、自分の存在を覚えていてくれるなんて。
この現実離れした状況に頭がついていかない。
自分の二周目が始まったときよりも、信じらない状況である。
「なんか、いい気分だな。せっかくだし、元に戻るまで高校生活エンジョイしてみようかな」
「向こうで目を覚ましたら元に戻るらしいですけど……大丈夫ですか?」
「まあ、なんとかなるでしょ」
未来から来たAMUREは、まるで肩の荷が降りたみたいに軽口を叩いていた。
「いえ、この後バンド練習ですよ?」
「Oh……」
バンド練習と聞いたAMUREは一転、真っ青な顔になった。
「ど、どうしよ。バンドメンバーとか、初対面なんだけど」
「演技力でカバーしてください」
「コミュ障陰キャ女にそんなものがあるとでも?」
「そうだ。この人ソロ配信メインのVtuberだった……」
仕方ない。推しが困っているのだ。
ここはファンとして、全力でフォローせねば。




