第2話 二周目の始まり
窓から差し込む日光が瞼を照らし、意識が覚醒する。
「は?」
身体を起こすと、俺は床の上に転がっていた。すぐそばには倒れた椅子が転がっている。
状況は簡単だ。意識があるということは、俺はまだ死んでいないということだ。
「シャァァァ、生きてた! これでよりリアルな死の描写ができる!」
朝だというのに、俺は深夜テンションのまま叫んでいた。
とにもかくにも、生きていたのは儲けものだ。このまま執筆作業に戻れる。
なんて幸運だ。心なしか身体も軽い気がする。
まるで、生まれ変わったような気分だ。
「あれ?」
そこで違和感に気がつく。死にかけたはずなのに、異様なまでに身体が軽いのだ。まるで何年も背負っていた重荷が、一気に消え去ったかのような感覚。
混乱しながら辺りを見渡す。
そこは見覚えのない部屋だった。
白を基調とした清潔感のある部屋。本棚に並べれらたおびただしい数のミステリー小説の数々。だが、どこか懐かしさを感じる。
ベッドのすぐ傍にある窓からは、雲一つない青空が広がっている。
いや、正確には見覚えはある。
「俺の部屋だ」
それは今の俺の部屋ではない。昔住んでいた実家の部屋である。
ぼんやりした頭で記憶を探る。
「まさか……!」
自分の身に起こったことが現実なのだと、確認する必要があった。
嫌な予感がして、慌てて手探りで枕元を探る。そこにあったのは、懐かしい感触のガラパゴスケータイだった。
携帯を開いて画面を見ると、そこに表示されている日付は――
「……嘘だろ」
俺が高校に入学する直前の日付だった。
事実は小説より奇なり。
そのことを俺は今突き付けられている。
どうやら俺は一度死んで高校入学前にタイムリープしてしまったらしい。
「……マジかよ」
画面に表示された日付を見て、思わず声が漏れる。
2012年3月15日。
これは俺が高校に入学する前の時期だ。
信じられない。だが、目の前の現実がそれを否定させない。
自分の手を見る。若い。指の節々に痛みもないし、肌もハリがある。ついでに長年悩まされていた肩こりもない。
洗面所に行って鏡を見る。そこに映るのは、十数年ぶりに見る自分の高校入学前の顔だった。
「……本当に戻ってる?」
震える手で自分の頬をつねる。
「痛っ!」
夢じゃない。本当に、俺は時間を遡ったらしい。
この状況がどういう理屈なのかはわからないが、とりあえず周囲の状況は確認しておきたい。
実家の中をくまなく調べた結果、両親は不在だった。共働きだし、いなくて当然である。
妹の愛夏はどうやら出かけているようで不在。
おい、情報が何もないじゃないか。
仕方ない。家での情報収集は後回しだ。
ジャージに着替え、玄関の扉を開ける。
春の空気が頬をなでる。懐かしい町並み。遠くから聞こえてくる自転車のベルの音。すべてが鮮明な記憶の中のままだ。
「……うわ、本当に戻ってるんだな」
呆然としながら歩いていると、背後から突然、大きな声が響いた。
「よっすー! カナタ!」
びくっと肩を跳ねさせ、振り返る。
「久しぶりじゃん! あんた、四月から高校生なんだから、しゃきっとしなさいよ?」
そこに立っていたのは、見覚えのないポニーテールが特徴的なスポーティな雰囲気の少女だった。スポーティーというには太ももなどがやけにムチムチな気もするが、むしろ、そのほうが魅力的である。
切れ長の三白眼に、瞼の上に引かれたオレンジ色のアイシャドウが眩しい。
何というか、クラスの男子に「こいつのこと好きなのは俺くらいだろうなぁ」と思われてそうだ。
見覚えのない美少女は軽く額に汗を浮かべながら、俺に向かって駆け寄ってくる。
「それにしても、カナタが外に出てるなんて珍しいね」
「あの、人違いじゃないですか? 俺の名前は田中奏太なんですけど……」
「は?」
俺の言葉を聞いて、美少女はまるで石化したかのようにピシリと固まった。