第19話 前向きに検討することを善処された
俺が漫研の書類関係をデータ化し終える頃にはすっかり日が暮れており、最終下校時刻になっていた。
データ化されていく書類を前に盛り上がっていた先輩たちも下校し、俺はトト先に連れられて職員室へ部室の鍵を返却に向かっていた。
最終下校時刻ということもあり、校内は人気がなく静かだ。
「カナぴ。小説読み終わった」
「おお! どうでした?」
俺が尋ねると、トト先はまっすぐ職員室へと向かう足を止める。
「キャラが生きているなんてレベルじゃない。あれはもう、一つの世界」
「っ!」
それは、その言葉は――俺が執筆活動をする中で、心から求めていた言葉だった。
「王道ド直球。でも、テンプレじゃない。こんな青春ラブコメの最後に予想外の一撃を食らうとは思わなかった。特にメインヒロインがいい。すごく、いい。ガン刺さりした。性癖が幼馴染とポニーテール、オレンジ色のアイシャドウになっちゃう、これ」
言葉が少ない先輩が驚くほど饒舌に語り出す。先輩の漫画が凄すぎて語彙力がカスになっていた俺とは真逆である。
「あと、描写のリアリティがえげつない。死の描写にリアリティありすぎ。まさかカナぴ本当に過労死してタイムリープしたんじゃないかって思わされた」
あっ、それは実体験です。
「その描写があるからこそ、ラストが脳みそぐちゃぐちゃにされて最高だった。おかげで読み返しちゃった」
「だから、読むペースの割になかなか読み終わらなかったんですね」
内容に自信はあったが、ここまでドハマりしてくれるとは思っていなかった。応募要項に記載されてる上限ギリギリまで書いた甲斐があった。
俺がタイムリープしてから最初に書いた作品は分類するならば、タイムリープラブコメに当たるものだった。
要するに、実体験を練り込んだラブコメである。
四次選考を突破した手癖と勢いで書いた王道ラブコメと異世界転生の要素を掛け合わせみたのだが、うまくいったようだ。
……深夜テンションと風邪を引いていたこともあって、書いてる最中がめちゃくちゃ苦しかったことしか覚えていないけど。
まあ、プロットを作った記憶はあったのでその辺りはどうにでもなった。
「じゃあ、賞取ったらトト先がイラスト担当してくださいよ」
「前向きに検討することを善処する」
「あはは、そこは頷いてくれないんですね」
くそっ、流れでいけると思ったのに!
「確約はできないから」
そこで言葉を区切ると、先輩は濃いクマが浮かび上がった顔を緩めて笑った。
「もし都合がついたら……おけまる」
初めて見る先輩のとびきり笑顔に、胸が熱くなるのを感じた。
「そのときはよろしく、カナタ先生」
「こちらこそよろしくお願いします、とっととカク太郎先生」
俺たちは拳を軽くぶつけ合うと、職員室へ部室の鍵を返却して別れるのであった。