第184話 妹の頼み
ポニテ馴染の発売は十二月中旬を予定している。
基本的にライトノベルは制作進行に半年かけるものだが、今回はイラスト関係の物が粗方片付いており、宣伝関係もスムーズに進行したこともあって受賞が決まってから四ヶ月で発売まで進めることになったのだ。
出版社側としても、話題になった受賞者の作品だ。
読者たちの記憶に新しい内に出したいという思惑もあるのだろう。
[田中カナタ:校正の確認と記載が終わりました。メールの方でテラファイル便のURLを送りました]
[佐藤由弦:ありがとう。助かるよ]
最近、担当編集の由弦さんとはRINEでやり取りをしている。
お互い多忙なこともあり、対面よりこういったリモートでのやり取りがメインになってきたのだ。
ちなみに、カミラの聖剣の制作進行もケイコ先輩のおかげで順調に進んでいる。
「文化祭か……」
画面に表示されたRINEのやりとりを見下ろしながら、俺はぽつりと呟いた。
ここから販促活動やレビュー依頼、サイン本など別のフェーズが始まるわけだが、文章面での作業はひとまず完了だ。
[佐藤由弦:ちなみに文化祭はどう? スケジュール大丈夫そう?]
[田中カナタ:大丈夫です。みんなやる気ないみたいなので、文化祭関係でこっちのスケジュールが圧迫されることはないです]
[佐藤由弦:それはそれで心配なんだけど……主に保護者視点で]
由弦さんはヨシノリの父親でもある。
娘の様子も気になっているのだろう。いや、それならもっと娘と話せよ、と思わなくもないが、彼を多忙にしている側の人間である俺が言えたことではないか。
「お兄ちゃん。仕事終わった?」
「おう、ちょうど一区切りついたところだ」
控えめにドアがノックされ、妹の愛夏が部屋に入ってくる。
「紅茶入れたから飲む」
「サンキュ、気が利くな」
差し出されたマグカップには、ほんのりミルクの香りが混じった紅茶。
受け取ると、ちょうどいい温度と優しい香りが指先と鼻先を包んだ。
「ラノベは順調?」
「まあな。今のところ制作進行で詰まってるとこはないな」
マグカップを軽く傾けると、紅茶の甘さが舌に広がり、ほっと息が漏れた。
「で、その代わり文化祭が止まりまくってると」
「ナイトに聞いたのか?」
「うん。ナイト先輩からいろいろ相談されててさ」
愛夏は当然のようにベッドへ腰を下ろす。
最近、ナイトとは個人的にやりとりすることも増えているらしい。
付き合っているかどうかは知らないが。
「とっとと期限決めて、締め切り過ぎたら今出てる中で一番票が多かった出し物で決定しちゃえばいいんじゃないですか、って言ったら『やっぱり、兄妹だね』って言われたんだけど……」
「俺もたった今そう思ったところだ」
笑ってしまうくらい、まったく同じ思考だった。
お互いの生き方にそんな共通点があるのは、たぶん育った環境のせいだけじゃない。
長年、同じ空気の中でそれぞれ自分の立ち位置を自然と作ってきた結果だろう。
「お兄ちゃんのグループって、クラス内カーストトップでしょ。全員で空気作っちゃえば、クラスのみんなも従うでしょ」
「お前、さらっと考えることエグイな」
俺やゴワスが何か言えば、ナイトもヨシノリも自然に動くし、喜屋武やアミも快諾してくれる。
その空気を見た他のクラスメイトたちは、〝これに乗っかれば間違いないな〟と便乗して、自然と流れが出来上がる。
アミが名前のことでいじめられそうになったときのクラスの空気がまさにそれだった。
「私、友達連れて文化祭行きたいんだから、ちゃんとクラスの出し物してよね」
「とんでもなく自己中な理由だった」
俺も人のことは言えないが、こいつも大概だな。一体、誰に似たんだか。
「友達も楽しみにしてるんだから、自慢させてよね」
「お前なぁ……」
まあ、普段から家事で世話になっているんだ。
可愛い妹の頼みくらい聞いてやるか。




