表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/182

第18話 給料泥棒も役に立つ

 漫研の活動として、コミケに参加するとは思っていなかった。


「夏と冬。当選したらだけど、幸い出せるものはあるし雑用はみんなで出来るからね」

「そのうえ、漫研の活動実績にもなる、と」

「そういうこと」


 漫研の部員たちが自主制作の同人誌を作り、販売する。こういう活動が高校の部活で成立しているのはすごい。


「ちなみに、売り上げは?」

「部数が少ないからそこまでだけど、毎年五十部完売してるよ」

「いやいや、バケモンバケモン」


 初参加でもイラスト本十冊売れたら大勝利の世界だぞ。

 高校の漫研で五十部完売って、イカレてるとしか言いようがない。トト先の知名度は想像以上にやばいらしい。


「ちなみに、先輩方は何を?」

「僕は部長だから申し込みとか事務手続きくらいしかしてないよ」

「あの、えっと、私はブースのレイアウト考えるくらいしか……」

「その……印刷所とのやり取りとか、かなぁ」


 これ、あれだ。トト先がガチ過ぎて自分たちの重要性をわかってないやつだ。


「あの、何も得るものがないとか舐めた口聞いて申し訳ございませんでした……」


 俺は自分の非礼を詫びるため、深々と頭を下げた。


「ほとんど都々ちゃんにやってもらってるようなもんだし、間違ってないよ?」

「俺たちは伊藤の負担を少しでも減らすくらいしかできないから」

「いや、ちゃんと活動してるじゃないですか! 誇りましょうよ!?」


 創作活動において創作以外の部分を請け負ってくることがどれだけありがたいことか。

 トト先はその辺りちゃんと言わなさそうだから、先輩方もわかっていないのかもしれない。


「ぎぶあんどていく。いつもありがとね」

「あはは、もらってばかりな気がするけどね」


 ちゃんとお礼は言っても伝わっていないだけだったか……。


「漫研の説明は以上。本題に入る」

「本題じゃなかったのかよ」


 思わずツッコむが、トト先はお構いなしに原稿を手に取る。


「この原稿、読んで」


 俺の前に差し出されたのは、乾いたばかりの漫画の原稿だった。


「ワナビが生意気なことを言っても?」

「うぇるかむ」


 トト先はニヤリと笑いながら、手元の原稿を俺に差し出す。

 手に取った瞬間、紙の質感とインクの匂いが伝わる。描き込まれた線の一つ一つに熱量が宿っているのがわかる。


 内容は、学園を舞台にした男女の歪んだ恋愛模様だった。

 綺麗で繊細な絵柄なのに、そこに描かれるのはどこか生々しく、倒錯した関係だ。キャラの感情が目元のアップや細かい仕草で伝わってくるのがいい。あとヒロインが幼馴染なのも俺的にポイント高い。

 一見クールに見えるヒロインが、心の奥底では歪んだ愛を抱えている。表向きには何でもないように振る舞いながらも、ページが進むごとに心の内が露わになっていく描写が秀逸だ。


 なんだろう、言語化するのが憚られるが……。


「びっくりするほどスケベじゃないですか! ドスケベですよ、これ! 表現力がドスケベ過ぎますよ!」


 あまりの破壊力に俺の語彙力は死んだ。生意気な言葉なんて全く出てこなかった。


 別にヒロインが二次元特有のナイスバディというわけでもないし、露骨なエロ描写があるわけでもない。

 それなのに、表情や空気感でエロさを醸し出している。高校生でこのレベルってマジモンのバケモンである。何でまだデビューできないんだよ、もうこの世界のほうがおかしいだろ。


「最高の感想、さんくす」


 トト先は満足げに頷く。女子高生に中身三十二歳が言うことじゃないが、素直にそう思ったのだから仕方ない。


「カナぴのシンフォニア大賞に応募した作品。読ませてくれたりする?」

「俺の小説、読んでみたいですか?」

「そりゃ、興味あるよ。だってカナぴだし」

「いや、その呼び方、定着させないでくださいよ……部長、パソコン使って印刷してもいいですか?」


 苦笑しつつ、俺は鞄からUSBを取り出す。実はそう言われると思って準備してきたのだ。


「えっ、あ、うん」


 戸惑いながらも部長が頷いた。


「お借りしまーす」


 俺は持ってきた部室のパソコンを立ち上げてUSBを差し込んだ。

 どうやら文章作成や表計算ソフトなどは一通り入っているようだ。

 てか、バージョン古っ! もはや化石だろ、これ。


「二段組みにして、冊子印刷設定っと……」


 俺の書いた新人賞用の小説は約11万文字だ。四十文字、三十四行の設定だとA4用紙141枚分になってしまう。

 ほぼほぼ文庫本一冊分を刷ることになるため、できるだけ紙は節約したほうがいいだろう。

 印刷を開始し、大量の印刷用紙が吐き出されていく。


「備品ノートに書いておきますね」


 その間に、俺は用紙の印刷枚数分と一年B組田中奏太と記入する。この方法、効率悪いなぁ……。


「マジでラノベじゃん」

「もしかして、新入りすごい人なのか?」

「ガチじゃん、ガチじゃん……」


 どんどん吐き出されていく原稿に、先程まで遠巻きに見ていた先輩たちが恐れおののきながらも近づいてきた。


「先輩方はパソコン使わないんですか?」

「コミケの申し込みとか、回るサークルチェックするときくらいしか使わないかな」

「生徒会への予算報告書作るときも、一応……」

「あとは都々ちゃんが描いた原稿スキャナーで取り込むときくらい、かな」


 俺が尋ねると、おどおどしながらも先輩たちは答えてくれた。


「でも、田中君はパソコンメインで使うし、基本占領しててもいいよ」


 どうやら俺のことは真面目に創作活動をする人として認識してくれたらしい。

 第一印象が最悪だったが、少しは挽回できたようだ。


「ちなみにトト先はペンタブとか使わないんですか?」

「私はアナログ派。デジタルに魂を売るのはまだ早い」

「えぇ……」


 よくわからない理論だったが、使わせてもらえるならありがたい。

 それから印刷が終わり、大型のホッチキスで原稿を留める。すごいなこれ、最大200枚まで留められるのか。

 ここまで設備が充実しているのも、トト先の力なのだろう。


「トト先、これが俺の作品です」

「ありがと。じっくり読ませてもらう」


 漫画と違って小説、それも文庫本一冊レベルだとすぐに読んでもらうというわけにもいかない。

 と、思っていたのだが、トト先はそのまま冊子を開いて読み始めてしまった。


 どうやら今日は最終下校時刻まで読む気のようだ。

 それなら俺も執筆作業をするのもありではあるが、ここはヨシノリとの約束を果たすためにも先輩たちへ恩を売っておこう。


「そうだ先輩。良かったら手書きのノートじゃなくて備品管理用のシートとか作りましょうか? 予算報告会とかでも使うでしょうし。他にも言ってもらえれば書類関係の仕事はやりますよ」


「「「神降臨!」」」


 コミュニケーションを取るどころか神認定されてしまった。

 どうやら、こういった作業はバツゲーム的な扱いで、進んでやりたがる人はいなかったらしい。いや、部長がやれよ。


 まあ、よく考えらたこの時代の高校生って、いうほどみんなパソコン使えるわけじゃないみたいだし、仕方がないことなのかもしれない。

 IT企業の給料泥棒も役に立つもんだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ