第179話 再び交わるとき
締め切りに追われ、原稿用紙の海を泳ぐような日々。
気づけばペンを握ったまま眠り込んでいた。
ふと見た夢は、やけにリアルで、そして懐かしかった。
漫研の部室。西日の差す放課後。
Gペンを持って笑う自分の隣には、いつもいる少女の姿。
やけにリアルで、懐かしくも見たことのない光景だった。
自分の原点――小池ケイコこと東海林美晴と漫研で過ごす日々は何よりも楽しかった。
「ミハリ、また会いたいな……」
ずっと錘を付けているような重圧。それを感じるようになったのは、高校を卒業してプロとして活動するようになってからだ。
そのタイミングで、ミハリは受験していい大学へ行き疎遠になってしまった。
かつて隣で漫画を描いていた少女。
どこまでも優しく、でも、妥協は許さず。
自分の才能を認めてくれた、初めての人を気がつけば、失っていた。
目を覚ましてスマホを手に取ると、新しい仕事の依頼通知が来ていた。
とりあえず、スプレッドシートにでも貼り付けておこう――そう思った瞬間、画面に表示された依頼内容に、目が釘付けになった。
「ん、また仕事の依頼――っ!?」
適当にスプレッドシ―トにぶち込んでおこう。
そう思った瞬間、そこに表示されていた名前に息を呑む。
それはライトノベルのイラスト担当の依頼だった。
問題はそこじゃない。
タイトルは〝ポニーテールが似合う幼馴染との青春を書き直す〟で作者の名前は〝田中カナタ〟。
そして、担当編集の名前は〝原美晴〟だった。
「ミハリ、カナぴ……!」
息が止まりそうになった。
あの頃の記憶が、心を一気に塗り潰す。
何の迷いもなかった。即決でイラスト担当を引き受ける。
これが運命じゃないはずがない。
「……会う前に、全部終わらせる」
目の前の原稿に、ペンを走らせる手に力がこもる。
ずっと追い求めてきた人々が、また手の届く場所に現れた。
もう二度と、あの頃みたいな後悔はしない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
私の名前は、東海林美晴。
現在は結婚して姓が変わり、原美晴。
編集者として、シンフォニア文庫で日々、作家と向き合っている。
いつからだろう。
自分が描く側ではなく支える側に回ることで、少しずつ、創作に対する傷が癒えていった気がしていた。
今回、書籍化を打診した田中カナタ先生はまさかの高校時代の後輩だった。
「いやぁ、まさか田中先生も慶明高校出身だったとは驚きました。実はうちの旦那も高校時代の同級生なんです」
「へぇ、すごい偶然ですね!」
目の前にいる小柄な少女は、最近よく見る不思議な夢に出てくる後輩君と同じペンネームだった。
そういえば、この声、聞き覚えがある気がするな……。
あれは確か……前に亡くなった北大路魚瀧先生に受賞の連絡をしたときに、聞いたような……。
北大路先生は私が編集部でも強く推して、大賞受賞までいった金の卵だったから亡くなったのはショックだった。
できれば、作家には長く健康的に作品を生み出してもらいたいところだ。
今回のカナタ先生は、専業主婦で無理せず執筆活動に勤しんでいることもあり、その辺は安心できるだろう。
問題はイラストを依頼した旧友のほうだ。
都々ちゃん、元気にしているといいけどなぁ。