第177話 元の関係に
放課後の漫研部室には、西日が差し込んでいた。
夏の終わりの光はどこか寂しげで、それでも温かい。部室の隅に置かれた段ボールの影が、少しずつ長く伸びていく中で、机に突っ伏している姿がひとつ。
トト先は、いつものように原稿作業をするほど元気ではなかった。
「……ずるい」
その声は、低くくぐもっていた。
「ずるいずるいずるい! ミハリずるい!」
机に頬を押しつけ、ばたばたと足を揺らしながらジタバタする姿は、まさに駄々をこねる子どものようだった。
動きこそ子供っぽいが、心の底からトト先は悔しがっていた。
「私だって、あんなに描いたのに! 描きたいって言ったのに……!」
本気で負けを感じたからこそ、こうして子どもみたいに暴れているのだろう。
「都々ちゃん。そこは原作者と編集者の判断だからしょうがないよ」
ケイコ先輩が、優雅な手つきで液タブのスタイラスペンを指の間でくるりと回す。
眼鏡の奥の瞳がきらりと光り、自信と余裕がにじむ笑みを浮かべる。
その仕草に、トト先がビクリと反応した。
「なにそのドヤ顔。液タブちょっと使えるからって……!」
「ちょっとじゃないよ? 昨日の作業配信、コメント欄すごかったんだから。〝さすがトト先の師匠〟〝ガチで見惚れる作画〟って評判だったんだから」
「くっ……!」
トト先は拳を握りしめて、ぐぬぬと唸った。
「次は、負けない!」
涙目で睨みつけるトト先に、ケイコ先輩はにこりと微笑む。
「ふふん。いつでも相手になるよ、都々ちゃん」
二人の間に火花が散った。
けれどそこに敵意はない。ただ、真正面からぶつかり合えるライバルとしての情熱が燃えていた。
その光景を見ながら、俺は思わず笑ってしまった。
「ははっ、なんか安心しましたよ」
「何が?」
ケイコ先輩がちらりとこちらを見る。
俺は言葉を選びながら答えた。
「本来の関係に戻ったって感じがするんです……漫画家同士の、ライバルとして」
トト先が口を尖らせてこちらを睨む。
「カナぴ、さっさと次の商業案件もってきて!」
「無茶言わないでください。ポニテ馴染とカミラの聖剣だけで手一杯です。というか、トト先もポニテ馴染に集中してくださいよ」
「むぅ……!」
俺の言葉にトト先は頬を膨らませて抗議する。
「まあ、商業じゃなくても次の原稿はやらなきゃですけどね」
そろそろ文化祭に向けて動き出す時期だ。
また一つ、やるべきことが増えたのだ。
この最高のクリエイターたちと手を組んで新たな物語を紡げることに、俺は高揚感を覚えていた。