第176話 編集者の仕事
フェアリーマガジン編集部の一室。
夕方の空がビルのガラス越しに沈みかけている。
編集長のデスクに資料を一式置いてから、今回の一件について報告をする。
「〝カミラの聖剣〟の作画担当、小池ケイコ先生に決まりました」
編集長の眉がピクリと上がる。
「ほお……あの小池悠一郎の娘か。お前、またすごい奴引っ張ってきたな」
「いえ、それは田中カナタ先生のお力です。彼が動かなければ、あり得なかった話ですよ」
「そうか……まあ、今回は他のコミカライズ作品みたいに、三巻で畳むパターンにはならなさそうだな」
「そのためにも、営業部の全面的な協力を仰ぎたいところです」
そこまで言って、編集長に軽く頭を下げると、背筋を伸ばして振り返る。
数多くの書籍化作品が打ち切りになった。
売るために必要な設定改変に何度作家が激昂したか覚えていない。
新人作家を使い捨てにしているなんて揶揄されることもある。
使い捨て――結構なことだ。
こちらも、誰かを救う聖人ではない。
何者にもなれなかった者たちが作家になれるのだ。そのチャンスを生かすも殺すも自分次第だ。
文句があるなら商業をやらなければいいだけの話である
僕の仕事は、そこそこのクオリティで作品を作れる普通の卵に、金メッキを施して金の卵に見せかけること。
大衆は愚か故に、金メッキが施されていれば、味の違いもわからずに金の卵はひと味違うと宣うのだ。
才能がなくてもいい。演出できれば〝才能があるように〟見せてやる。
その舞台を整えられるなら、作家が何者であれ関係ない
僕は何者かになりたい作家たちを使う。
だからこそ、君たちも、僕を使えばいい。
利用されることに、文句などない。
ふと、背後から編集長の声が飛んできた。
「いつも悪いな。お前が短期間で数字を出してくれるおかげで、他の作品に長期戦を張れる」
「それが編集者の仕事ですから」
漫画は芸術ではない。
娯楽のための商品だ。消費される前提で作られる、使い捨ての火花だ。
だからこそ、間違えてはいけない。
作家に入れ込みすぎると、碌なことにならないのだから。
「それにしても、お前。この〝カミラの聖剣〟作品として好きだろ」
資料をめくっていた編集長が、ふと顔を上げて、ニヤリと笑った。
……編集長にはかなわないな。
平静を装い努めて冷静に告げる。
「作家が旬だから使っているだけですよ。彼はラノベの新人賞で金賞をとって、ネットで話題にもなってる。タイミングとしては申し分ない」
「ふうん」
編集長はそれ以上追及しなかった。
「この商品の魅力はあくまで作家の話題性ですから」
この作品の魅力は、世界観が綿密で、キャラクターの言動に一貫性があるところだ。
獣人という設定を安易な萌え要素に使わず、人間との対比で社会構造にまで踏み込んでいる。
キャラの内面描写も、地味ながら的確に積み上げられていて、特に〝キュリア〟の使い方は秀逸だ。
あれはもう裏の主人公だ。
彼女の最期までを見たときは、もう一度最初から読み返したほどだ。
「この作品は、必ずヒットさせます」
「わかった。営業部にもいつも以上に根回ししておこう」
「よろしくお願いいたします」
改めて深く編集長へと頭を下げると、自分のデスクへと戻る。
さて、いつもの仕事に戻ろう。