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第173話 ただ背中を押してほしい

 俺の部屋に遊びに来ていたヨシノリに、ふと声をかける。


「ヨシノリ、ちょっといいか」

「ん、どしたの?」


 ソファに寝転んで読んでいた漫画をぱたんと閉じて、ヨシノリがこちらを見上げる。

 その仕草は、いつものように気だるげで、それでいて相変わらず可愛らしかった。


「俺の中では答えは決まっている。ただ背中を押してほしいから話すんだが」

「斬新な前置きね、それ」


 ヨシノリは俺にジト目を向けながら笑った。


「……実はさ、カミラの聖剣のコミカライズ、作画を誰にお願いするかで悩んでて」


 ボロクソに言われて反骨精神からやる気満々なトト先には悪いが、俺はやっぱり今回の作画担当はトト先に任せるわけにはいかなかった。


「伊藤先輩じゃないの?」

「最初はそう思ってた。でも、トト先は感情や関係性の描写には強いんだけど、ミステリーの構造を絵で表現したり獣人の作画するのが苦手みたいで。キャラデザも、正直、イメージと全然違っててさ」


 そこで言葉を切ると、ヨシノリは頷きながら続きを待っている。


「で、東海林先輩なんだ。実は、あの人……すごく細かいところまで俺の作品の意図を汲み取ってくれてて。キュリアのキャラ像とか、俺が考えてたのと寸分違わないイメージを口にしててさ……」

「ふーん。じゃあもう決まりじゃん」

「でも、先輩は一度筆を折ってる。もう描かないって決めた人なんだよ。そこに俺が描いてくださいって言っていいのか、迷ってる」


 自分でも情けないと思う。

 東海林先輩の過去を知ってしまった今、気軽に声をかけることができなかった。

 するとヨシノリは、漫画の背でコツンと俺の額を軽く小突いた。


「それで、本音は?」

「何とか立ち直って、とっとと描いてくれないかなぁ。そうじゃなきゃ俺の作品は最高の出来にならないし」

「びっくりするほど人でなしね……」


 ヨシノリは深いため息をついた。


「で、そうやって言わないのは何で?」

「東海林先輩には世話になってるし、尊敬もしているからだ。自分の作品のために利用するのに気が引けるんだよ。それにトト先が作画担当に名乗り出てくれた手前、東海林先輩のほうが合ってるから描かなくていいですよなんて言えないだろ」

「……人としてまともな感性が育ったからクリエイター精神と喧嘩してるってとこね」


 俺の言葉から感情を汲み取ってくれたヨシノリはふむふむと頷く。

 それから心底呆れた表情を浮かべて告げた。


「バッカじゃないの」

「……は?」

「どうしても描いてほしいって気持ちを伝えるくらい、あんたの自由でしょ。あんたが勝手に〝気を使ってるつもり〟で、チャンスごと封じてどうすんのよ」


 きっぱりとした口調だった。


「あんたは誰に何をしたくて、誰に何をしてもらいたいの?」


 言われた瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。

 考えるまでもない。ずっと頭の片隅で燻っていた答えが、やっと言葉になる。


「読者に最高の物語を届けたい。だから、東海林先輩に作画を担当してもらいたい」


 その言葉を口にした瞬間、心にかかっていた霧が晴れた気がした。

 それは俺の心の底に根ずく原点だった。

 理想のために現実を捻じ曲げたい。


「そこに迷う必要ある?」

「ない、な」

「うん、ないよ」


 ヨシノリはニッと笑った。

 その笑顔はいつも俺を叱咤してくれて、誰よりも俺の背中を押してくれる。


「……ありがとう、ヨシノリ」


 俺は、ゆっくりと頭を下げた。

 そうだ。俺が今、やらなきゃいけないのは、気を遣うことじゃない。

 彼女の創作への想いという火種に、マグマを流し込むことだ。


「行ってくる。ちゃんと、自分の言葉で話してくるよ」


 そう言って、ヨシノリは手をひらひらと振った。

 その先に何があるかはわからない。傷つけてしまうかもしれない。


 でも、俺はどうしても、小池ケイコ先生に描いてもらいたいのだ。


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