第171話 商業的に優先されるべき要素
根本さんの言うことは、編集者として正しい。そう思うしかなかった。
売るために、何を優先すべきか。
彼は冷静に、そして的確に見極めている。
情熱でも、思想でも、信念でもなく、〝数字〟という絶対の物差しで語る人。
感情的な反論は意味がないと、頭では理解していた。
カミラの聖剣のコミカライズを進めるにあたって、商業的に優先されるべき要素。
それを自分なりに整理してみると、こうなる。
①絵の魅力
②作画担当者の知名度
③内容の面白さ
④原作本来の魅力
⑤独自性
こうやってまとめてみると、不思議と納得できてしまう。
理屈では理解できる。むしろ納得できてしまう自分がいることに、驚きすら覚えた。
商業の世界では、まず買ってもらうための入口が強くなければ話にならない。
根本さんの正しさは、感情論や理想主義を簡単に粉砕してくる。
読者はバカじゃないが、大衆は愚かだ。
賑わっている行楽地を楽しいと思い込む。
CMや広告でよく見る商品を良いものだと錯覚する。
みんなが持ってるから買う。
有名人が言っているから信じる。
SNSのフォロワー数で人の価値を判断する。
クーポンやセール、お得感で不要なものを買う。
だからこそ、宣伝によって得られる効果は絶大なのだ。
そして、その愚か者達がいなければ数字は取れない。
リアルな獣人が登場する世界観。
人と異なる種族が共に暮らし、差別や偏見、そして希望と葛藤を描いたあの物語。
ただの耳と尻尾が生えただけの〝ケモミミ美少女〟たちの物語に書き換えてしまって、本当にそれが俺の書きたかった世界なのか。
それは断じて違うが、大衆には伝わらないことも痛いほど理解できる。
商業的な観点から見れば、見た目がウケやすいほうがいいに決まっている。
そっちのほうが絶対売れるのだから。
物語は商品でもあるが、同時に魂だ。魂を削って書いた作品を、自分の手で切り捨てるわけにはいかない。
それなら、逆に考えてみよう。
根本さんの提示した条件は優先順位であって、全部がクリアできるなら問題はない。
そう考えたとき、カミラの聖剣の作画を任せられる条件とはなんだ?
異世界ファンタジーに強く、世界観と設定を理解できること。
リアルな獣人を描ける画力と考証力があること。
物語の構造、伏線や感情の積み重ね、ミステリー要素を絵で表現できること。
トト先並みの知名度。話題性は絶対に必要だ。
知名度を除けば、やはり東海林先輩しか思い当たる人はいない。
脳裏に浮かんだのは、あのときの東海林先輩。
細部まで構造を理解し、誰よりも丁寧にキャラクターを言語化していた彼女。
たとえ筆を折っても、創作への情熱だけは、今も確かにそこにある。
問題は燻った彼女の心にどんな火種を灯せばよいかということだ。




