第17話 うぇるかむ、カナぴ
ついに漫研での俺の活動が始まる。
放課後、俺はヨシノリたちと別れ、部室へ向かっていた。
『いい? 高校デビューするなら、きちんと漫研の人たちともコミュニケーションをとること!』
部室に向かう前、ヨシノリにそんなことを言われた。
得るものは何もないなんて言ってしまったが、確かに集団から孤立しすぎるのはよくないかもしれない。
「お疲れ様です」
社会人時代の癖で俺は挨拶しながら部室に入った。
ドアを開けると、一斉に視線が俺に集まるのを感じた。
部活見学期間も続いているため、部室にはそれなりに人が集まっていた。
入ってきたのが俺だとわかるや否や、先輩たちは一斉に目を逸らした。
「お、お疲れー……」
「うっす……」
「いらっしゃーい……」
ふむ、ここから入れる保険ってありますかね?
「うぇるかむ、カナぴ」
「トト先、お疲れ様です」
そんな微妙な空気を意にも介さず、トト先が俺に話しかけてくる。いや、カナぴて。
「早速だけど、ここの説明をする」
「えっ、いいんですか?」
あんなに原稿に集中していたトト先が俺のために時間を割いてくれる、だと……。
「みんなカナぴが苦手みたいだから、押し付けられた」
ごめん、ヨシノリ。約束、守れそうにない。こりゃもう無理だ。
「それ口に出しちゃダメでしょ」
「事実だけど」
どうやらこの人にオブラートというものは存在していないらしい。
ちらりと他の部員たちを見ると、俺を避けるような空気が蔓延していた。
「ごめんね、田中君」
穏やかな声が割って入った。
「僕は一応部長だから、新入生が来たときに説明できるようにしたくてさ」
漫研の部長である温泉川先輩だ。俺のせいで空気が悪くなっているというのに、部長は申し訳なさそうな表情をしていた。
「気にしないでください。俺も自由にやらせてもらいますんで」
そう言って、俺は鞄を机の上に置いた。対面にはトト先が陣取っていたが、Gペンを置いて俺のことをしっかり見据えていた。
「それじゃ、部活のルールとか、決まりごととか、色々教える」
「よろしくお願いいたします」
「うん。まず、ここは基本的に自由。漫画を描くもよし、読むもよし、語るもよし。だけど、創作活動をしてる人の邪魔はしないのが暗黙の了解」
「なるほど……てことは、俺がここで小説を書いてても問題なし?」
「むしろ大歓迎。真面目に創作してる人は貴重」
トト先は嬉しそうに頷いた。どうやら俺のことを創作者仲間として歓迎してくれるらしい。未来の神絵師にそんなことを言われるなんて光栄の極みである。
「部室は最終下校時刻までに閉めて鍵を返すこと。場所は職員室だから、今日一緒に返しに行こう」
「わざわざ、すみません」
「もーまんたい」
ペコリと頭を下げると、トト先がふるふると首を横に振った。
「備品については使ったらこのノートに書く」
「棚卸は大事ですもん、ね……!?」
手渡された備品ノートを開いて俺は固まった。
書かれている名前の大半が〝伊藤都々〟だったからである。
「どしたの?」
「いや、これほとんどトト先じゃないですか」
「おかげで漫研はちゃんと活動していることになってる。うぃんうぃーん」
「あはは……伊藤さんには助けられてるよ」
クマ顔ダブルピースを決めるトト先に部長は苦笑する。
「ちなみに、毎年コミケにも出てる」
「はえ?」
予想外の言葉に、思わず間抜けな声が出てしまった。