第163話 放課後の配信
東海林先輩のことは気がかりだったが、それはそれとして作業は進めなければいけない。
カミラの聖剣の作画担当を頼むならやっぱりトト先だろう。
くっころ飯とポニテ馴染で組んだという実績もあり、お互いの知名度だけではなく、コンビとしての知名度もある。
絵柄が合うかは微妙なところだが、トト先の実力ならなんとかしてくれるだろうという安心感もある。
下手をすれば、数ヶ月作画担当が見つからずに企画が進まないなんてこともあるだろうし、余程のことがない限りはトト先に頼むのが最良だ。
そんなことを考えながら漫研の扉を開ける。
「お疲れ様です」
「お疲れ、カナぴ」
俺が部室に入ると、珍しくヘッドセットを付けたトト先がいつものように原稿作業をしていた。
よくみると、原稿が写るようにカメラもセットされており、カメラはパソコンへと繋がっていた。
「どうしたんですか、トト先。ヘッドセットなんて付けて」
「ファンから作業風景が見たいってリクエストがあった」
「ああ、なるほど。動画撮影中でしたか」
この人、漫画のことしか考えていないように見えて、意外とファンサービスいいよな……。コミケでも大量のスケブ捌いていたし。
「ううん、生配信中」
「へぇ、生配信ですか――生配信!?」
だとしたら、この会話も配信に載ってしまっているということになる。
「ちょ、ちょっと待ってください! あんた学校で何やってるんですか!」
「だから生配信」
「違う、そうじゃない!」
慌ててパソコンの画面を覗き込むと、そこには有名な動画サイト〝ニヤニヤ動画〟の生配信画面が表示されていた。
[いぇ~い、カナタ先生みってる~?]
[カナタ先生、こんにちは!]
[マジの放送事故やんけwww]
画面のコメント欄には楽しそうな反応が次々と並んでいた。
俺も視聴者側だったら面白かっただろうが、当事者となると冷や汗ものである。
「トト先。一旦、ミュートにしましょう」
「やり方わかんない」
「そうだ、この人機械音痴だった……」
デジタルに魂を売るのはまだ早いとか抜かしてたからな、この人。
ふと、そこで根本的な疑問が浮かび上がる。
「そんな調子でどうやって生配信までこぎ着けたんですか」
「カナぴと同じクラスのおっぱいギターちゃんに教えてもらった」
「あいつかー!」
校内で動画撮影をして担任の長谷川先生に怒られているアミの姿が俺の脳裏に過る。
[おっぱいギターちゃんwww]
[誰よ、その女!]
[もしかして、ギター少女アフロディーテ?]
「そうそう、アフロディーテって名前の子」
「個人名出しちゃダメですって!」
「そっか、本名だもんね」
「だから言うなって! あんたのネットリテラシーはどうなってんだ!」
そういえば、アミはコツコツ毎日投稿を続けたおかげで結構知名度が出てきていた。
……おっぱいギターで真っ先にアミの名前が挙がることに、思うことがないわけでもない。
[あれ本名なの!?]
[リテラシー終わってるwwwwww]
[悲報:ギター少女アフロディーテ、本名がバレる]
[カナタ先生の胃がマッハ]
[強く生きて]
「とにかく、学校内で配信はまずいです」
「でも、おっぱいギターちゃんは教室で動画撮ってた」
「あんなロッキンイカレ女を基準にしないでください」
[ロッキンイカレ女wwwww]
[カナタ先生も大概口悪くて笑う]
[このまま二人でラジオやってくれ]
突発的な放送事故だったのにも関わらず、視聴者からの反応は好評だった。
まるで、俺たちのやりとりがラジオのトークみたいにウケている。
普通、作業配信――それも女性イラストレーターの配信に男が乱入したら大荒れしそうなものだが、俺たちの状況が特殊なこともあって受け入れてもらえたようだ。
ひとまず、アミが若干身バレしたこと以外は影響がなさそうで安心する。
「カナター! 今日は部活なくなったから来たよー!」
しかし、扉が勢いよく開いてヨシノリが入ってきた。
「これ以上、この状況をややこしくしないでくれぇぇぇ!」
[おっ、今度は誰だろ]
[漫研は普段あんま人がいないから大丈夫とは何だったのか]
[カナタ先生の胃が死ぬ]
俺は額を押さえながら、配信画面を改めて見つめる。
コメント欄には、まだ絶え間なく投稿が流れていた。
そのほとんどが、俺たちの掛け合いを「もっと聞きたい」と言ってくれているものだった。
待てよ。これ、案外アリなのか?




