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第160話 カミラの聖剣のコミカライズ担当編集

 東海林先輩や佐藤さんの話を聞いていると、改めて自分がいかに恵まれた環境にいたかを自覚した。

 一周目においても、俺は書き続けられる環境にいた。

 家庭環境しかり、職場環境しかりだ。


『田中君。夢のために頑張るはいいけど、ほどほどにね。辛いときは体調不良で休んでもいいから』

『でも、迷惑じゃ』

『あのねぇ……たとえ突発的に田中君が休んだくらいで回らなくなるチームじゃないから』


 そう言って、缶コーヒーを俺のデスクに置いてくれた上司のことは今でも思い出す。

 結局、あの人には迷惑をかけっぱなしのまま死んじゃったからなぁ……。

 前世の上司のことを考えながら歩いていると、打ち合わせの場所に到着した。

 俺の学校付近の最寄り駅が神保町ということを踏まえて、編集さんが気を利かせてくれたのだ。


 打ち合わせに指定されたのは、神保町駅から少し歩いたところにあるレトロな雰囲気の喫茶店だった。カウンターには常連らしき客が新聞を広げ、店内にはクラシックジャズが小さく流れている。


「田中先生、こちらです」


 抑揚のない声で俺を呼んだのは、フェアリーマガジン編集部の根本さんだ。

 今日が初対面だが、メールでのやり取りでは終始丁寧だった。

 見たところ年齢は三十代後半、といったところだろうか。

 身なりはきちんとした印象を受けるが、なんというか目が死んでいるな……。


「お忙しいところありがとうございます」

「こちらこそ、時間を取っていただきありがとうございます。田中さんは何を飲まれますか?」

「アイスコーヒーでお願いします」


 注文を終えると、根本さんは名刺を取り出して自己紹介をする。


「それでは改めまして、この度は、〝カミラの聖剣〟のコミカライズの編集を担当することになりました、根本厚司ねもとあつしと申します。カミラの聖剣は、僕としてもすごく好きなお話なので、担当することができて光栄です」

「頂戴いたします。改めまして、田中カナタです。こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします」


 俺たちは名刺交換をすると、さっそく本題に入る。


「今回のコミカライズですが、まずは全体の流れをご説明しますね」


 根本さんはタブレットを操作しながら、落ち着いた口調で続けた。


「まずは作画担当の決定です。こちらで候補をいくつかピックアップしてお送りしますので、その中から田中さんにご希望があれば選んでいただきます。もちろん、ご自身で作画担当を推薦していただくのも歓迎です」

「そこは検討してみます」


 俺の言葉に頷くと、根本さんは続ける。


「それからキャラデザ作成、構成案作成という流れになります。連載は隔週を予定しています」


 根本さんの説明は本当にざっくりしていたが、わかりやすかった。


「なお、公開媒体についてはフェアリーマガジン本誌、系列の電子媒体〝Fマガデジタル〟を予定しています」


 俺はゆっくりと頷いた。


「作画を担当してくださる漫画家さんって、やっぱり決まるのに時間かかるんですか?」

「ええ。うちの伝手で何名か候補はいるんですが、なにぶん異世界ファンタジー、それも中世風の世界観でアクション多めとなると、描ける方が限られるんですよね。背景、衣装、武器、全部手間がかかる上に、設定資料も多いので……」

「異世界漫画ってブームもあってありふれてると思うんですけど、意外といないんですね」

「ブームだから需要に供給が追い付いていないんですよ。描ける人はだいたい作品抱えていますから」


 根本さんは無表情のまま嘆息する。

 佐藤さんと毛色は違うが、この人も苦労しているんだろうな。


「学園ものや日常系が得意な方なら結構空いているんですが、カミラの聖剣は獣人も数多く登場する作品ですからね。正直、描ける人を探すのだけでも時間がかかるかと思います」


 冷静に考えると、カミラの聖剣って獣人が出てくるファンタジー作品で、バトルとミステリー要素もある。邪道も邪道の多ジャンルの要素を内包した異世界ものなのだ。

 その全てを備えた人となると、候補はぐっと狭まるだろう。


「一つ相談なのですが、とっととカク太郎を引っ張ってくることは可能でしょうか?」

「可能だとは思いますけど……」


 トト先ならやってくれるという信頼感はあるものの、あの人がファンタジー系の漫画描いているところを見たことない。


「いいですか、田中先生。売れっ子作家はまず捕まらないと思ってください」


 考え込む俺に、根本さんは畳み掛けるように続ける。


「描ける作家を見つけるだけでも難しい現状、田中先生とも相性も良く人気があるカク太郎先生を呼べれば起死回生の一手となります」


 じゃあ、何でそんな難易度の高い作品にコミカライズの打診をしたんだ。

 そう思ったが、それだけ俺の作品を漫画として売りたいと思ってくれたのだろう。

 なら期待には応えなければ。


「わかりました。頼んでみます」

「お手数をおかけします。もちろん、こちらでも漫画家さんにお声がけはしますね。スケジュールに余裕はあるので、焦らずいきましょう」

「ありがとうございます」


 アイスコーヒーを一口。氷が当たる音が、やけに涼しく感じられた。


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