第159話 編集者の苦労
カミラの聖剣のコミカライズが決定した。
今回は賞を取ったわけではなく、単純に俺が小説を投稿している〝作家になろう〟経由で、出版社から連絡が来た形だ。
「田中先生。改めて、コミカライズおめでとうございます」
「ありがとうございます。まさか、書籍化をすっ飛ばして漫画の話が来るとは思いませんでした」
「まあ、最近はそういう流れも珍しくありませんから。特にカミラの聖剣は、漫画映えする題材ですよ。推理のシーンも、戦闘シーンもテンポよくてわかりやすいですし」
喫茶店の片隅、佐藤さんとの打ち合わせがてら、その報告も兼ねての顔合わせだ。
「ところで、今回の掲載誌って……〝フェアリーマガジン〟ですよね? あそこ、丸川の系列でしたっけ?」
「はい。丸川の中でもヤング層向けのレーベルです。うちは系列が多いので、正直全部の内情までは把握していませんけど、編集部としては悪くないはずです」
そう言ったあと、佐藤さんが少しだけ声を落とした。
「……まあ、編集者と作家さんも人間ですから。合う合わないとか、色々とトラブルは起きがちではありますが」
「……心中お察しします」
俺がそう返すと、佐藤さんは疲れたように頬を引きつらせた。
まるでしわしわの電気鼠みたいな表情だった。
「というか、僕のほうこそ迷惑かけてますよね。頻繁に打ち合わせを入れたり、何かと対応も雑ですみません」
「いえいえ、とんでもないです! 締め切りはいつも前倒しで出していただいてますし、有名イラストレーターまで連れてきてくれましたから!」
「そのイラストレーターが……まあ、いろいろとお騒がせしてますけどね」
「ははっ、彼女もまだ高校生ですから。成長途中ということで、長い目で見てますよ」
佐藤さんが苦笑しながら言うものだから、俺も苦笑を返すしかない。
「まあ、大人になっても、子供よりタチが悪い作家さんは山ほどいますからね……」
それを言う佐藤さんの顔には、どこか達観したような影が落ちていた。
担当作家たちの修羅場を、何度も乗り越えてきた人の顔だ。
「佐藤さん、顔色悪いですけど……ちゃんと寝てます?」
「一応は……まあ、寝てはいますけど、布団で寝た記憶は最近ありませんね」
遠くを見る目が、どこか現実から切り離されていたようだった。
これは本格的に働きすぎだ。
「もしかして、休日返上でずっと仕事してたり?」
「ポニテ馴染以外にも複数作品担当していますからね。あと最近は家に帰っても、居場所がないというか……妻や娘とも、全然話してませんし」
「それ、めっちゃ心配なんですけど!」
「昔からなので大丈夫です。それに個人的な問題ですから。田中先生には、創作に集中していただければ、と」
そう言って笑う佐藤さんは、どこかで壊れそうなほど疲れていた。