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第152話 二人の漫画家の原点の物語

 校舎を出ると、東海林先輩は迷わず秋葉原方向へと歩き出した。

 俺はそのあとを黙ってついていく。

 それなりに歩くと、小学校前の公園に辿り着いた。


 確かここは、芳林公園だったか。秋葉原が舞台の作品ではちょくちょく出てくるから知っている。

 東海林先輩はベンチに腰掛けると、隣を手でポンと叩く。

 座れ、ということらしい。


 蝉の声はすっかり落ち着き、木々の間を抜ける風が頬をなでる。まだ蒸し暑さは残っていたが、夕方のそれはどこか優しい。


「私と都々ちゃんはあそこの小学校に通ってたんだ」


 東海林先輩が視線を向けたのは、公園の向かいに建つ綺麗な校舎だった。

 夕陽を浴びて、白い壁が橙色に染まっている。


「トト先と仲良いなと思ってましたけど、付き合い長いんですね」

「まあ、有体に言えば幼馴染って奴かな」


 東海林先輩は、ベンチの背にもたれて脚を組みながら、夕焼けに染まる空を見上げた。

 その顔はどこか懐かしさに満ちていて、まるで昔の自分を遠くから見つめているような、柔らかな表情をしていた。


「都々ちゃんは小学校三年生のときに転校してきたんだ」


 俺は隣で静かに耳を傾ける。

 東海林先輩の声には、いつもの冗談めいた調子はなかった。


「今以上に不器用な子でね。周りにも馴染めずにいつも一人だった」


 その言葉は、どこまでも静かで、優しい口調だった。


「だから、絵を描いたんだ。見たこともない、あの子の笑った顔を想像でね」


 その声は、少しだけ照れているようでもあった。


「それ以降、なんか懐かれちゃってね」


 そう言うと、東海林先輩は苦笑して肩をすくめた。


「口数は少ないけど、あの子なりに一生懸命私と関わろうとしてくれてたんだと思う。お弁当食べるときは隣に座ってくるし、写生大会では私の隣をキープしようと必死だったし……」


 小学校のときの思い出を語る東海林先輩の表情には見覚えがあった。

 俺との思い出を話すときのヨシノリも、よくこんな顔をしていた。


「それから、私の真似をして絵を描き始めた」


 そこで言葉を区切ると、東海林先輩は目を細めて沈黙してしまった。


「トト先が言ってました。小池ケイコは自分の師匠だって」

「嬉しいな。まだそう思ってくれてるんだ」


 たはは、と東海林先輩は力なく笑う。


「どこで漫画の描き方なんて覚えたんですか?」


 ふと、彼女の正体が小池ケイコだと気づいてから気になっていたことを聞いてみることにした。

 小学校から漫画の描き方を人に教えられるなんて、常識的に考えても普通じゃない。

 大抵の小学生が描く〝漫画〟といえば、せいぜい数ページの落書きに毛が生えたようなものだろう。


 今のトト先を見るに、東海林先輩は少なくともしっかりとした漫画の基礎を身につけていたのではないだろうか。


「お父さんが漫画家なんだ。小池悠一郎って知ってる?」

「知ってるも何も、超有名じゃないですか!」


 予想外の事実だった。

 漫画家というだけでもすごいのに、まさか週間連載をやっている漫画家だなんて……。

 しかも〝ジュラシック・イリーガルズ〟〝ドッペルストライカー〟〝Dr.ホームズ〟の名作を描いている漫画家だ。

 俺の部屋にも全巻あるし、未来でも連載を続けていた。


「うん。物心ついたときには、家には原稿と資料が山のようにあってさ。漫画の描き方は自然と覚えていったって感じかな」


 東海林先輩は苦笑交じりにそう言った。


「そういえば、お父さん。ちょっと田中君に似てるかも」

「俺、ですか?」

「週間連載でやってるのも、描きたい話がたくさんあるからだって言ってた。原作担当が多いのもそれが理由なんだろうなーって」


 ふむ、それは確かに俺の考え方に通じるものがある。

 俺もひたすら思いついた物語を形にしたくて仕方がないくちだ。


「話が逸れたね。そんなわけで、漫画家の娘で絵もうまかった私はクラスの人気者を気取っていい気になってたわけですよ」


 いつものように冗談めかして笑うと、東海林先輩は肩を竦めてわざとらしくため息をついてみせた。


「やり直したいなぁ……あの頃のバカな私をぶん殴りたい気分」


 そう言って東海林先輩は、自嘲気味に笑った。


「きっと、全部あそこから始まってたんだと思う」


 ポツリとこぼれた言葉は、俺に向けたものというより、自分自身に言い聞かせるような響きがあった。


「田中君に聞いて欲しいの。私と都々ちゃんの話を」


 オレンジ色に染まる空の下で、東海林先輩は静かに口を開く。

 それは、二人の漫画家の原点の物語だった。


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