第141話 コミケ三日目開催
午前十時。
『お待たせしました。ただいまよりコミックマーケット82三日目を開催します』
会場に鳴り響いたのは、無数の拍手の音だった。
それは、コミックマーケット三日目の開幕の合図。
拍手はすぐに足音へと変わり、次第にその音の波がこちらに迫ってくる。
俺たちのスペースにも、すでに形成されていた待機列からさらに人が流れ込み始めていた。
「来た……!」
ヨシノリが唾を飲む。
俺たちは、設営の完了したスペースの内側で待機していた。
机の上には新刊が整然と並び、告知ポップとともに頒布価格と注意書きが掲げられている。
トト先と俺の胸元には、シンプルな名札が付けられていた。
【田中カナタ(原作)】
【とっととカク太郎(作画)】
最初にやってきたのは、大学生くらいの男性だった。
ふと目線を上げ、俺の名札を見た瞬間――目を見開いた
「あの……もしかして、田中カナタ先生ですか?」
「はい、そうですけど」
俺が新刊用とお釣りを用意しながら答えると、彼は目を見開く。
「だ、男性だったんですか」
「ちなみに、隣にいる女性がカク太郎先生ですよ」
「えぇっ!?」
その反応に、後ろの数人もざわつき始めた。
「購入ありがとうございましたー! 今度、ライトノベルも出るのでよろしくお願いしまーす!」
列が伸びてきたのを見て、すぐにスペースの外でスタンバイしていた東海林先輩が対応に回る。
「はい、お並びの方、通路を塞がないように詰めてくださいね~! 新刊は一部500円です。お釣りは用意していますが、できれば五百円玉のご用意をお願いいたします!」
東海林先輩は手際よく列を整理していく。
その横では、女騎士アイシャのコスプレをしたヨシノリが、よく通る声で呼びかけていた。
さすがはバスケ部である。
「こちらK&Kのブースでは、新刊頒布中でーす! 購入列はこちら側、列形成の指示に従ってくださーい!」
美少女コスプレと軽快な声のコンボに、通路を通る参加者が二度見しては足を止める。
ヨシノリのは見た目は完全に女騎士であり、彼女自身もそれを自覚してか、立ち姿やポーズまで気合いが入っていた。
「予想以上に列が伸びてきたね……いったん、ここで区切って列を外に出しちゃおうか」
「なら俺が行ってきます」
「助かる! 一旦、一緒に行って整理の仕方だけ教えるね!」
「うっす!」
ありがたいことに、ゴワスが外の待機列整理を買って出てくれた。
タオルを首に巻いたTシャツ姿で、さながら体育会系スタッフのような風貌だった。
「おい、ゴワス。これ!」
俺は会計をしつつ、ゴワスへスポーツドリンクを投げ渡す。
外は灼熱地獄だ。
いくら普段からバスケ部の練習で慣れているとはいえ、長時間外にいるのは危険だ。
「サンキュ、ちょっくら行ってくる!」
熱中症の危険もあるため、列の巡回とアナウンスが欠かせない。
それを任せられるほど、今のゴワスは頼もしかった。
それからも俺とトト先は、新刊を一冊ずつ丁寧に頒布していく。
「あの、スケブお願いします」
「塩バニラさん……リプくれた方ですね。いいですよ。結構終わりの時間帯になるので、それまでお待ちください」
「あ、ありがとうございます!」
コミケを含めた同人誌即売会では、スケッチブック――通称スケブというサービスを受け付けているサークルがある。
スケッチブックや色紙などを持っていけば、同人誌の作者からイラストを描いてもらえるのだ。
基本的には、購入してくれた人へのファンサなのだが、こんな人気サークルでやったら数えぐいことになりそうだけど……。
「購入ありがとうございました。カナタ先生のライトノベルの情報も近い内に出るので、そちらもよろしくお願いします」
精一杯口角を上げてトト先は対応してくれている。
俺も頑張らなければ。