第14話 未来の神絵師、とっととカク太郎
それからヨシノリも落ち着いたため、俺たちは漫研の部室へとやってきた。
「失礼します。部活見学にきました」
現在は部活見学期間中だからか、それなりに部員がいる。
ただプリントには〝活動日:自由〟と記載されていたため、平常時はもっと人がいないと見た。
「新入生の人たちだよね。ようこそ漫画研究部へ」
部長らしきメガネの先輩が笑顔で出迎えてくれる。
「僕は三年の温泉川です。一応、漫研の部長をやらせてもらってます」
部長の温泉川先輩はそう告げると、部室内でおどおどしている部員たちに視線を向けて苦笑する。
「見ての通り地味な部活だけど、興味を持ってくれたらうれしいかな」
なるほど、どうやら冷やかしと思われたようだ。
俺はともかく、ヨシノリはスポーティな美少女だし、ナイトは爽やかイケメン。アミはメインヒロイン級の巨乳美少女。
これほど漫研という部活が似合わない面子もいないだろう。
「初めまして、一年の田中です。漫研って漫画を研究するって部活だとは思うんですけど、具体的に何してるんですか?」
アウェイな空気にも物怖じせずナイトが尋ねる。
「ああ、基本的に部室にある漫画を見て、どういったものがあるか研究して文化祭で部誌を出してる感じかな」
「へぇ、ちゃんと活動してるんですね!」
ナイトは感心したようにそんな反応をしていたが、俺は見逃さなかった。
大半の部員が居心地悪そうにナイトのほうを見ていたのだ。
これはまともに活動していないから、後輩の素直な賞賛にバツが悪くなっているのだろう。
「部長。見栄張りすぎ」
そのとき、穏やかな空気を凍り付かせる冷たくハスキーな声が響いた。
「普段はろくに活動もしないで、好きなアニメや漫画の話しかしてないってはっきり言えば?」
「ちょ、伊藤さん! 貴重な新入部員候補になんてことを……」
「どうせ冷やかし。あんなリア充オーラ全開の集団お呼びじゃない」
奥の席で漫画を描き続けていた女子生徒が、こちらを見もせずにボソリと呟く。
無造作に伸びたボサボサの髪をヘアバンドでどかし、制服の上からオーバーサイズのパーカーを着ている。
どことなく猫背気味で、インクを付けながら描画するGペンを握る指先にはインクの汚れがついていた。
「ご、ごめんね。あの子変わっててさ」
「偏見じゃなかったんだ……」
「カナタはすごいね……」
「本当にろくに活動してなかったんですね……」
部室の空気がなんとも言えない沈黙に包まれる。
「あの、すみません」
「な、なにかな?」
俺の言葉に、温泉川先輩が若干たじろぎながら応じる。
「一年の田中です」
「えっ、ああ、君も田中君か。よくある苗字だもんね」
俺は部室をぐるりと見渡し、奥で漫画を描いている女子──伊藤先輩の手元に視線を向ける。
ペン先が紙の上を滑り、独特のタッチのキャラが生み出されていく。
その絵柄に見覚えがあった。
本当に驚いた。まさか尊敬する彼が女性だった上に、一個上の先輩だったなんて。
「入部届もらえますか?」
「「「今の流れで!?」」」
部室が一斉にざわつく。
「ちょっと、カナタ! 碌に活動もしないでアニメや漫画の話してるだけの人たちから得るものは何もなかったんじゃないの?」
「バカ、声が大きいって」
ほら、ヨシノリの声が聞こえたなんちゃって漫研部員が苦しそうに胸を押さえているじゃないか。
「ろくに活動もしない人たちからは得るものがない。逆もしかりだよ」
俺は一心不乱に漫画を描き続ける伊藤先輩のところに向かう。
「初めまして、一年B組の田中奏太です」
「二年C組、伊藤都々」
伊藤先輩が初めて顔を上げる。酷いクマが浮かび上がった目がギロリと俺を睨む。
「ペンネームは田中カナタといいます」
「……漫画? それとも小説?」
「小説です。今はシンフォニア大賞に応募中です」
「ラノベ作家の卵、ね」
伊藤先輩がフードの奥で微かに笑う。
「《《カナタ先生》》。改めまして自己紹介を」
その言葉に、俺の胸が高鳴った。
「とっととカク太郎。漫画家の卵をやっています」