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第136話 サークル〝K&K〟

 東海林先輩が真っ先に荷物を置き、スペースの確認と設営の流れを指示し始める。


「やっぱり壁サークルだとスペースに余裕あっていいねぇ」


 長机の上に置かれたパイプ椅子を下ろしながら、東海林先輩がにこりと笑った。

 サークル名は〝K&K〟。

 てっきり、未来で使っていた〝立津亭〟かと思っていたが、どうやらこの時代ではまだ違う名前で運営していたらしい。


 それもそのはずだ。

 トト先が慶明高校にいたことは知っていたが、その頃から漫研でサークル参加していたとは思っていなかったし、学校の部活動で使用していたサークル名を卒業後も使い続けるとは考えにくい。


「都々ちゃんは参加登録カード書いておいて。見本誌の回収はまだ先だけど、もしスタッフが来たら新刊を受け取りにいってるって伝えといてね」

「りょ」


 トト先はスケッチブックを広げて、こちらに軽く返事をする。

 この人にとっては、イベント中でも絵を描くことは日常の一部らしい。

 設営は後回しにして、まずは新刊の受け取りだ。


「じゃあ、設営はあとで。田中君、由紀ちゃん、ついてきて」

「「はーい」」


 俺とヨシノリは、東海林先輩の後に続いて一旦スペースを離れ、会場奥に設置された搬入物の受け取りカウンターへと向かう。

 通路の先には、段ボールが山積みにされ、スタッフたちが慌ただしく動いていた。

 サークル名の確認と身分証の照合を行い、必要な書類にサインする。

 受け取りカウンターは簡易的なついたてで区切られていたが、イベント開始前のざわめきがすでにそこかしこに満ちていて、緊張感を肌で感じる。

 スタッフが倉庫の奥からダンボールを何個か引っ張り出してくる。

 箱には確かに〝K&K〟と書かれた伝票が貼られていた。


「こちらで間違いありませんか?」

「はい、ありがとうございます」


 東海林先輩が受領サインを済ませると、俺たちは受け取り台車に箱を乗せて、ゆっくりと元のスペースへと戻った。


「都々ちゃん。お留守番ありがとね」

「問題ない」


 持ってきていたスケッチブックで、トト先はイラストを描いていた。

 隙間時間でも、絵を描く執念はさすがである。


 俺はテーブルクロスを敷いて、告知ポップと名刺置きを整える。

 ヨシノリは折りたたみスタンドを組み立てて、作品紹介のパネルを立てる準備を進めていた。


 あとは新刊を並べれば、すべてが整う――そのはずだった。


「じゃあ、そろそろ開けるよ」


 東海林先輩が箱の封を切る。カッターの刃がガムテープを滑り、静かに開封される音が、妙に耳に残った。


「あれ……?」


 東海林先輩の声が、ほんのわずかに低くなる。

 眉間にシワを寄せながら、彼女が箱の中を覗き込んだ。


「嘘でしょ……?」


 中から新刊を取り出した瞬間、東海林先輩の表情が凍りついた。


「えっ、東海林先輩。それって……」


 俺が思わず声をかける。

 ダンボールの中に入っていたのは、つい先日部室でまとめて片付けたはずの、古い漫研の部誌だった。コピー誌や過去の作品が乱雑に詰められており、どこにも新刊の姿はなかった。

 たしかに伝票には〝K&K/新刊在中〟と記載されている。

 だが、中身は完全に別物だ。


「ちょっと待って、こんなの……ありえない……!」


 東海林先輩の顔から血の気が引いていく。

 うだるような暑さの中、心まで急速に冷え込んでいくようだった。

 新刊がなければ、今までの宣伝も、今日の準備も、すべてが無に帰す。

 それどころか、あれだけ大々的に宣伝しておいて《《新刊がありません》》なんてことは許されない。


「どうしよう……私のせいだ。私の確認が甘かったから」


 そんな先輩の呟きがやけに耳に残った。


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