第134話 コミケ前の打ち合わせ
俺とトト先の改造計画は適宜調整を挟みながら進められた。
トト先は狐が美女に化けるくらいの変化だったが、俺のほうは正直そこまで変化を実感できていないのが現状だった。
ヨシノリは「イケてる」だの「悪くない」だの、わーきゃー騒いでいたが、まあ楽しんでくれたなら良しとしよう。
そんなこんなで、あっという間に夏のコミックマーケット参加の前日となった。
俺たち漫研は三日目の参加となる。そのため、現在は夏コミ二日目である。
一周目では、シャッターサ―クル回るために始発で行っていた時期もあったが、いつの間にかいかなくなってたな。
たぶん世界的な感染症が流行っていろいろ勝手が変わって行かなくなった気がする。
「クーラー付けてるのに暑ぅ……」
昼下がりの漫研部室。
外では蝉が容赦なく鳴き叫び、夏の暑さを増幅させてくる。
「じゃあ、今年の夏コミに関する打ち合わせを始めます!」
そんな中で、手をパンと叩いて、部室の中心で声を張ったのは東海林先輩だ。
部室には俺、ヨシノリ、トト先、珍しく漫研部長の温泉川先輩や他の部員たちも顔をそろえていた。
「まず、サークルチケットは三枚。これは例年通り。で、追加でチケットが二枚分手に入ったから、合計五人まで中に入れる」
「おー、今年は追加分取れたんですね」
「ま、そこは伝手って奴だね。うちは発行部数自体はそこまで多いわけじゃないから追加の入場証はもらえないんだよね。だから、知り合いのサークルで人手があまりいらないところから融通してもらえたんだ」
「それって、いいんでしたっけ?」
「もちろん、入場するときはそっちのサークルの人と一緒に入ってね」
「う、裏取引だ……」
「こうでもしないとうちみたいな弱小サークルはやっていけないんだよ」
「どこが弱小ですか、どこが」
実際、夏のコミケは地獄だ。会場そのものが巨大なサウナと化す。
オタクの汗でコミケ雲ができたときは戦慄したものだ。マジで室内なのに曇ってたからな。
加えて炎天下の中での長時間移動や設営作業。
下手をすれば、熱中症で倒れる者も出る。
だからこそ、人手とローテーションが命綱になるのだ。
「で、行くメンバーだけど、基本的には引き継ぎも兼ねて一年生を一人は参加させるってルールになってる」
「でも、今年の一年って、幽霊部員を覗けば俺とヨシノリだけですよね?」
「だから問題ない。田中君と由紀ちゃんは確定。あとは、私と都々ちゃん、それと部長」
「裏方の仕事なら任せてよ。そういうのは得意だから」
温泉川先輩は腕を組み、どこか達観した顔で頷いている。
「で、当日だけど、まず最重要なのが熱中症対策。絶対に無理しないこと。水分はこまめに取る。塩分チャージ系のタブレットも必須。あと、冷却スプレーや冷えピタもあった方がいいかも」
「はーい」
「でね、トイレ。特に女子トイレは列がとんでもないことになるから、余裕を持って行くこと。何せコミケの中でも〝超大手サークル〟だからね」
「りょ、了解です」
ヨシノリが緊張した面持ちで頷いた。
「あとね、会場内の動きについてだね。壁サークルだから、最悪壁沿いに一周すればサークルにはたどり着けるけど、迷わないように事前に地図見ておいてね」
東海林先輩は慣れた様子で注意点をまとめていく。
他のサークルと繋がりがあったり、この人って創作者にとって絶対知り合いに一人はいて欲しい人員なのではないだろうか。
「新刊は郵送で送ってあるから、当日は田中君と由紀ちゃん一緒に来て確認しよっか」
「はい!」
「写真も撮って引継ぎ資料作っておきますね」
「後輩が頼もしいなぁ」
東海林先輩は遠い目をしてしみじみと呟く。
いや、頼もしいのはあなたの方だって。
「そういえば、たまに空のサークルあるじゃないですか。机に何も置いてないやつ。あれって何なんですか?」
「あれはダミーサークル。サクチケで早く入場して、人気サークルのグッズや新刊を買い漁るための、言わば不正行為だね」
「度し難いですね……」
「特に小説ジャンルは競争率が低いから、そういう風に利用されやすいんだよね」
小説というジャンルが軽んじられているようで大変不快だ。
シンプルに殺意が湧くレベルである。
「ダミーサークルもチェックが厳しくなってるからね。作品を出してない名義貸しだけのサークルは、そのうち受からなくなるでしょ」
まったく、酷い話である。サクチケで買い物をするなとは言わないが、せめてサークルとして活動はしてくれと思ってしまう。
「じゃあ、あとは当日までに最終チェックだけしておいて、各自体調管理よろしく!」
「「了解です!」」
「あいあいー」
準備は万全。それぞれが役割を把握して動いている。
それが漫研という組織の強さなんだと、改めて感じた。