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第133話 大変身

 それから資料整理と新刊の確認も終わったことで、部室には穏やかな達成感が漂っていた。

 各々が一息つきつつも、どこか緊張感を滲ませているのは、目の前に控えたビッグイベントを意識してのことだろう。


「さあ、準備は万端だね。今回は漫研の予算全ベットして大量に刷ったから当日は忙しくなるよ」


 東海林先輩が手を叩きながらそう告げると、部室内に一気に気合いが入る。

 その言葉には不安よりも、期待が勝っていた。


「夏コミに全部注ぎ込んで大丈夫なんですか?」


 前回の倍以上の在庫を捌けるのか。

 その点においては少し不安があった。

 何せ、売り上げがいまいちだった場合、冬コミ用の資金が足りなくなる可能性があるからだ。


「大丈夫、今回はちょうどいい宣伝文句もあるしね」

「宣伝文句?」

「〝シンフォニア文庫大賞、金賞を受賞した新進気鋭の高校生ラノベ作家×天才高校生イラストレーター〟。おかげ様で、ふぁぼ数も稼げたよ!」

「いや、俺まだラノベ作家じゃないんですけど。いや、出版は決まってるからラノベ作家なのか?」


 あと、この時代ってまだ〝いいね〟じゃなくて〝ふぁぼ〟だったのか。


「田中君はもうプロだよ。今回のコミケで評判が良ければ〝田中カナタ〟という名前の価値が上がるし、いい宣伝になるんじゃない?」

「なるほど、一応トト先と組んだって実績もできるし、俺自身の作者としての知名度があがれば興味本位で作品を買ってくれる人も増える……」


 さすがに、そこまでは俺も考えていなかった。


「いい? ムーブメントは乗るんじゃなくて起こすものだからね!」


 東海林先輩って、やっぱり高校二年生にしてマーケティング能力がバケモノなのでは?


「ムーブメント、か」


 ふと、俺は未来での記憶を思い出した。

 そういえば、俺はトト先のことを未来では男だと思っていた。


 同人作家とっととカク太郎。


 未来では、俺もフォロワーしていたが、顔出しは一切なしで、SNSにはコンスタントに作品が投稿されていた。

 今思えば、高校名がわかっていたのに本人の情報が全然出回らなかったのは、漫研の人たちの民度が良かったからなのだろう。


「どうしたの。急に黙り込んで」


 しばらく考え込んでいたため、ヨシノリが訝しげに俺を見てくる。


「いや、ちょっと思ったことがあるだけだ」


 果たしてこれを言っていいものか。迷いはあるが、トト先は思ったことを全部言ってほしいタイプではある。

 迷った末に、俺は自分の考えをそのまま伝えることにした。

 部室の喧騒が落ち着いたタイミングを見計らい、パソコンの画面から目を離し、Gペンを走らせているトト先へと声をかける。


「トト先、ちょっといいですか」

「どしたん」

「失礼を承知で聞きますけど、トト先って〝高校生なのに、この画力〟っていう付加価値も評価に入っていると思うんですけど、その辺どう思ってるんですか?」


 俺が尋ねた瞬間、部室内の空気が凍りついた。


「バカ! 承知で聞けば失礼が許されるわけじゃないでしょ!」


 誰もが唖然とする中、真っ先に口を開いたのはヨシノリだった。


「伊藤先輩。ホントにすみません! カナタは、ちょっと、いや、かなりアレなので」

「何のフォローにもなってないぞ」

「黙ってフォローされてなさい!」


 ヨシノリがペコペコしながら、トト先へ必死に謝罪している。

 だが、当のトト先は落ち着いた様子でGペンを置き、俺のほうを見つめた。


「大丈夫。カナぴの言うことは正しい」


 しばしの静寂の後、弾けるようにヨシノリがツッコむ。


「いや、肯定するんですか!? もっとこう、否定とか怒るとか、いろいろないですか!」

「実際、自分の評価に年齢補正が入ってるのは事実」

「えぇ……」


 ヨシノリが困惑したように声を漏らす。


「じゃあ、仮に〝天才高校生イラストレーター〟って肩書が〝天才美少女JKイラストレーター〟にパワーアップしても問題ないってことですよね?」

「問題ない。どんな肩書だろうと自分は――あぇ?」


 トト先の返答が途中で止まる。


「ほほう……田中君、そこに気づいてしまったか」


 近くで作業していた東海林先輩が興味津々に身を乗り出す。


「今まで都々ちゃんの負担が大きくなるから提案できなかったけど……〝問題ない〟って、言質は取ったもんね」

「伊藤先輩って、クマと猫背が酷いだけで素材は良さそうですもんね」


 ヨシノリが腕を組みながら、ふむふむと頷く。


「いや、あの、ちょっと」


 トト先が両手を軽く振りながら、珍しくオロオロし始める。


「せっかくなんだからプロモーション的に活用しないとね!」

「美少女JKという単語が持つパワーは凄いはずです……知らんけど!」

「待って、ちょっと、意味がわからない」


 トト先は困惑したように目を泳がせるが、ノリノリの東海林先輩とヨシノリは止まらない。


「ちょっとメイクして髪セットして姿勢も直したら完璧じゃないですか」

「都々ちゃん、今まで顔出ししてなかったけど、そろそろ解禁しちゃおうか」

「コミケなら『とっととカク太郎めっちゃ美少女だった!』ってくらいの盛り上がりで済みそうですよね」

「待って、本当に、待って……」


 トト先が弱々しく抗議するが、二人は聞いちゃいない。


「そうだ! カナタもさらにかっこよくして、美男美女のクリエイターコンビとして売り出すのはどうですか!」

「はい、由紀ちゃん採用!」

「ちょ」


 とうとうこっちにまで飛び火してきた。


「言い出しっぺの法則!」

「さらばだ!」

「逃がすか!」


 俺も必死に抵抗するが、東海林先輩とヨシノリの暴走は止まらない。

 トト先は東海林先輩に肩を掴まれ、完全に逃げられなくなっていた。


「東海林先輩! メイクやファッションは任せてください!」

「その辺、私はからっきしだから任せた!」


 もみくちゃになりながらも、トト先は俺の方を睨んで告げる。


「カナぴ……さすがに、恨む」

「あの、マジですみませんでした」


 付加価値を上乗せすれば、もっと話題性が強くなるんじゃないかと考えた結果、俺とトト先はそのまま連行されることになってしまった。

 その後、部室での打ち合わせが一段落すると、ヨシノリは急に立ち上がって宣言した。


「まず髪の扱いが終わってます。どうやったらこんなボサボサになるんですか」

「原稿描くとき、邪魔にならなければいい。風呂もたまにでいい」

「ひぃぃぃ! 不潔ですよ!」


 いつの間にか流れができていて、気づけば俺とトト先は美容院に連れて行かれることになっていた。

 しかも、予約からルート手配、スタイリストの指名まで、すべてヨシノリの手際によるものだった。


「段取り早っ……」

「メイクアッププロデューサーなめないで」


 いつからそんな大層なものになったんだよ。

 トト先と俺はそれぞれ別のブースに案内され、カットとセットを施されることになった。

 散髪後に部室へ戻ると、ヨシノリはおもむろにメイク道具を取り出し、椅子に座らされたトト先の前に立った。


「はい、目瞑ってくださーい」

「目を閉じてる間に勝手に何かされない?」

「大丈夫です! こう見えてメイクには自信がありますから」


 意外とヨシノリはオシャレに関しては結構詳しい。

 元ガキ大将からとんでもないワープ進化である。

 下地、ファンデを丁寧に叩き、肌のトーンを均一に整える。

 続いて眉の輪郭を整え、自然なアイラインとニュアンス程度のアイシャドウを乗せていく。

 マスカラを軽く乗せただけで、まぶたの奥行きが明確になり、目元が一段とくっきりとした印象に変わる。


 どんどんトト先が変わっていく。

 それは、まるで本の余白に、知らなかった物語が浮かび上がっていくような感覚だった。

 髪も丁寧に整えられて自然なカーブを描き、輪郭がくっきりと浮かび上がる。

 横顔のラインが、美しく見える角度でセットされていくのを、俺はただ、唖然と眺めていた。


「はい、セット完了! 背筋もピンと伸ばして、顔上げてください。うん……いい!」

「うわ……」


 思わず声が漏れた。

 元から素材は良かったのだ。

 それがようやく発掘された。誰も気づいてなかっただけで、トト先は驚くほどの美人だった。


「カナぴ、ガン見禁止」

「さすがに衝撃ビフォーアフター過ぎますから、そりゃ見ますよ」


 ヨシノリは両手を腰に当てて満足げに頷いた。

 そして、俺の方へ振り返って堂々と宣言する。


「さあ見よ! これが〝美少女JKイラストレーターとっととカク太郎〟よ!」


 トト先は、ぽかんとしたまま鏡を見つめていた。

 そこに映るのは、見慣れたはずの、見慣れない自分の顔。


「……誰これ」

「都々ちゃん本人だよ。ビフォーがひどすぎただけ」


 東海林先輩が呆然としているトト先に苦笑する。


「いや、ちょっと顔が……顔が、あまりにも違う」

「素材が良かったのに無駄遣いしてたからですよ。今まで埋もれてた部分が顔を出しただけですって!」


 トト先は、じわじわと顔を赤く染めながら、鏡の中の自分から視線を逸らした。

 珍しく、黙っていた。

 たぶん照れているのだろう。

 そんな様子を見るのは、なんだか新鮮だった。


「ちょっと待って。落ち着こう。落ち着こうカナぴ。これは夢だ。夢だと思おう」

「まごうことなき現実ですよ」


 見た目を整えることが、これほどまでに印象を変えるのかと、素直に驚かされた。

 ヨシノリは、そんな空気をすっと読んだように手を叩き、次のターゲットを見据える。


「さて、次はカナタね」

「え?」


 俺もメイクするの?


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