第13話 文芸部は意外と執筆活動していない
入学式も終わり授業が始まった。
成績に関しては最低限赤点を取らず、内部推薦に影響のない程度でいいと思っていたが、改めて授業を聞いてみると、なかなかどうして面白い。
何でも小説の糧になると思えばスルスル頭に入ってくるし、社会人になって勉強の大切さを思い知った経験があるせいで真面目に聞いたほうが得という意識が生まれたのだ。
「あー、授業終わったぁ!」
六限の授業が終わると、隣の席でヨシノリが解放感から伸びをしていた。
ふと、ノートに目をやれば途中からミミズがのたくったような状態になっていた。
さてはこいつ、途中から寝てたな。
「カナタ。今日の部活見学はいくのかい?」
「もちろん。由紀とアミもいくだろ」
「あたしはもうバスケ部入ったけど、せっかくだし一緒に回ろうかな」
「私も一緒に回りたいです!」
クラス内では既にいくつかグループが形成されつつあり、俺たちも例にもれず田中ブラザーズ&佐藤シスターズとして一つのグループになっていた。
帰りのHRが終わると、担任から配られた部活紹介のプリントを手に、俺たちは早速部活見学に向かうことにした。
「カナタは文芸部?」
四人で固まって廊下を歩いていると、ヨシノリがそんなことを聞いてきた。
「いや、文芸部はないな」
「えっ、どうして?」
意外だったのか、ヨシノリは目を瞬かせる。
「だって、文芸部って碌に執筆もせずにアニメや漫画の話ばっかりしているだけの集団だからな」
「偏見が酷すぎない!?」
ヨシノリが声を上げた瞬間、ナイトとアミが吹き出した。
「くくくっ……それは、言いすぎだろう」
「ふっ、くっ……カナタ君、いくらなんでもひどいですよ」
ナイトは片手で口元を押さえながら肩を震わせ、アミも目尻に涙を浮かべて笑っていた。
これは偏見でも何でもなく、一周目で俺が体感した事実なのだが……。
あの集団から得るものは何もない。
「じゃあ、何部に入るつもりなの?」
「漫画研究部」
「えっ、小説じゃなくていいの?」
ヨシノリは驚いた様子で、ぱちぱちと瞬きを繰り返している。
「別に活動内容は大して変わらないからな。漫研も碌に漫画を描かずにアニメや漫画の話ばっかりしているだけの集団だし」
「お願いだから、これ以上偏見でものを語らないで……! 敵が、敵が増えるから!」
俺の言葉にヨシノリは両手で頭を抱え始めた。周囲の生徒たちが、ちらちらとこちらを見ているのが気になったようだ。
「でも、それならどうして漫研に入りたいんだい?」
ようやく笑いが引いたナイトが尋ねてくる。
「簡単なことだ。漫研に所属していれば、将来漫画家やイラストレーターになる奴と繋がりができるかもしれない。それにOB訪問すれば、未来の優秀な人材とも繋がれるかもだしな」
「びっくりするほど、打算塗れですね……」
未来知識だが、慶明高校の卒業生には有名同人作家である〝とっととカク太郎〟先生がいる。彼と繋がれる可能性が僅かにあるなら作っておくのが得だ。
「というか、今の話からするとカナタは小説を書いているのかい?」
「ああ、新人賞に応募したりしてる」
「えぇ!? すごいです!」
アミが目を輝かせ、両手を胸の前で軽く握りしめ、キラキラした目で俺を見つめていた。
「新人賞に応募するなんて……私、カナタ君の小説読んでみたいです」
「僕も読んでみたいな。どんな小説書いてるんだい?」
ナイトまでもが興味を示し、まっすぐな目で俺を見つめてくる。
意外だな。てっきり、愛夏みたいに汚物を見るような目で見られると思ったのに。
小説を書くことに偏見がないのなら、別に隠すことでもない。素直に言っても問題なさそうだ。
「幼馴染がメインヒロインのラブコメ」
「げほっ、けほっ……!?」
何故か、隣にいたヨシノリが派手に咽た。
「は、はぁ!? あんたなんてもん書いてんのよ!」
「な、何で怒ってるんだ? 別にヒロインが幼馴染なのは鉄板だろ」
ヨシノリの顔が見る見るうちに赤くなり、両手を腰に当てて俺に詰め寄ってきた。その剣幕に思わず一歩後ずさる。
「ちなみに、ヒロインのモデルとかいたりするのかい?」
ナイトが意地悪な笑みを浮かべて、そんなことを聞いてきた。何だ、別に何も恥ずかしいことなんてないぞ。
「ああ、由紀をモデルにして書いてみた」
「あんた、イカレてんの!?」
ヨシノリの声が廊下中に響き渡り、周囲の生徒たちが一斉にこちらを振り向いた。耳まで真っ赤にしたヨシノリは、今にも俺に飛びかかりそうな勢いだ。
「あのあの! タイトルって聞いてもいいですか」
「〝ムチムチ可愛いポニテ幼馴染の隣は譲らない〟だ」
「ひゃえ?」
答えると同時に、由紀の表情が凍りついた。
「誰がムチムチよ! はっ倒すわよ!?」
「略称は〝ポニテ馴染〟で行こうとおもう」
「んなこたぁどうでもいいの!」
ヨシノリは俺を睨みながら背中にデュクシデュクシと拳を触れさせてくる。小学生かよ。
そんな俺たちのやり取りを見ていたナイトが、少し考えこんでから声をかけてきた。
「あのさ、野暮なことを聞いて申し訳ないんだけど」
そう前置きすると、ナイトは少し気まずそうに尋ねてきた。
「二人は付き合っているのかい?」
「ははっ、それは由紀に失礼だろ」
あり得ない勘違いについ笑ってしまった。
「どうして?」
「だって、俺みたいな小説を書く以外脳のないゴミカスじゃ釣り合わないだろ」
「えっ……」
デュクシと繰り出していたヨシノリのパンチが止まる。
「どうかしたのか、由紀」
「どうかしてるのは、カナタでしょ……」
力なくそう告げたヨシノリに首を傾げていると、ナイトはかわいそうなものを見るような目でヨシノリを見ていた。アミは俺と同じで首を傾げていた。