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第120話 トト先、暴走

 翌日。

 俺は緊張しながら漫研の部室へ向かった。

 トト先に〝ポニテ馴染〟のイラストを正式にお願いするためだ。


「その、もしよろしければ……俺の小説のイラストを担当していただけないでしょうか」


 部室にはやわらかな陽が差し込み、風に揺れるカーテンの音が心地よく響いていた。


「まず、受賞おめ」


 トト先は原稿の手を止め、Gペンをくるくる回しながら俺の言葉に応じる。


「ありがとうございます」

「断る理由もない。やらせてくれるなら、描く」

「本当ですか! よかった……ありがとうございます!」


 二つ返事でイラスト担当を受けてもらえた。

 そのことに胸を撫でおろしていると、トト先は机の上に何かを置き始めた。


「はい、これ」

「はえ?」


 そこに置かれたのは、とんでもないクオリティで描かれた〝イラストの清書〟だった。


「口絵はこれとこれ。表紙はこっち。キャラデザも登場人物全員分できてる。あと、挿絵にできそうなシーンもピックアップして、済ませてある」

「あ、あの、まだトト先への依頼も出してないし、編集さんと構図を詰めてなくて……正式に決まってからお願いしようと思ってたんですけど」

「どうせカナぴは自分に頼む。自分以上にカナぴの作品を引き立たせられるイラストを描ける人間はいない」


 まあ、それはその通りなんだけど。

 編集と調整せずにここまで突っ走られると、逆にちょっと怖い。


「ちなみに、データもスキャン済み」

「ちょーっと待ってくださいね……いったん担当編集さんとも相談してみます!」


 俺は慌てて部室を飛び出し、スマホを取り出して佐藤さんに電話をかけた。

 数回のコール音の後、電話が繋がる。


『お世話になっております。佐藤です』

「佐藤さん、佐藤さん! やばいです! 大変です!」

『ど、どうしたんですか、田中先生』


 静かな喫茶店で打ち合わせしていたときとは違う、若干緊張した声が返ってくる。

 どう伝えよう……いや、そのまま言うしかないか。


「トト先――とっととカク太郎先生にお願いしたら、既に出来上がった表紙と口絵、キャラデザに挿絵まで出てきちゃったんです!」

『へ?』


 一瞬、佐藤さんの脳内がフリーズしたのが電話越しでも伝わってきた。

 空白の沈黙が流れた後、再び声が戻る。


『どういう、状況なんでしょう』

「その、僕が頼むことは既に想定済みで動いていたようで……自分以上にこの作品を引き立たせられるイラストを描ける人間はいない、とも……」

『怖っ』


 電話越しでもわかるくらい、佐藤さんの声色が引きつっていた。

 俺は廊下の壁にもたれながら、ゆっくり息を吐いた。


「ど、どうしましょう。やる気があるのはいいんですけど、本来こういうのって佐藤さんや出版社側を含めて進めていくものですよね?」

『そうですね。挿絵や口絵の構図はこちらで決めて、依頼後に戻ってきたラフを確認するものですね……』


 当たり前の話だが、ライトノベル一冊をとっても多くの人間が制作には関わっている。

 原作者、編集者、イラストレーター、印刷会社、その他にも、ロゴや帯などのデザイナーさんやPDFを組むDTPの担当者。

 各書店へ営業をかける営業担当者や宣伝担当者、挙げればきりがないのだ。


 商業作品は原作者だけのものではない。


 俺は生みの親ではあるものの、作品という〝子供〟を育てる人間は大勢いるのだ。

 だから、あまりこちらで好き勝手をすると軋轢が生まれるということも理解はしているつもりだった。


「本っ当に、申し訳ございません!」

『いやいや、まだ学生で勝手もわからないでしょうし、これから気を付けていただければいいんですよ』


 佐藤さんが寛大な人で助かった。

 しかし、勝手がわかったところであの神絵師がちゃんとチームでの仕事ができるのだろうか。


「カナぴ。編集さんなら挨拶するから貸して」


 待っててと言ったのに、いつの間にか部室からでてきたトト先がスマホを渡すように最速してきた。本当に自由だな、この人……。


「トト先。ちょっと待ってください……あの、佐藤さん。とっととカク太郎先生がご挨拶したいそうなのですが、大丈夫そうですか?」

『ええ、それはこちらとしても』

「お電話代わりました。とっととカク太郎です」


 よかった。一応、目上の人には敬語は使えるみたいだ。


「はい、はい。こちらこそ。いえ、はい……え?」


 だけど、俺は忘れていた。


「他の作品のときの依頼ですか? あらすじやキャラ設定を見ても心が動かなかったので受けなかっただけです。自分に描かせたいなら、カナタ先生と同等かそれ以上のものを持ってきてください」

「トト先ンンン!?」


 俺と同類であり、俺以上に創作の世界で生きているこの人は――度し難いレベルの社会不適合者であるということを。


「東海林先輩ィ! 早く来てくれぇぇぇ!」


 唯一、彼女の手綱を握れる存在が一秒でも早く現れることを心から願った。


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