第115話 ライトノベルができるまで
初めての打ち合わせ。
一周目でも経験したことのない未知の領域。
今から俺は書籍化に向けて、編集者との初対面に臨む。
「いらっしゃいませー」
待ち合わせ場所は、出版社近くの落ち着いた喫茶店だった。
テーブル席には観葉植物が配置され、静かなクラシックが流れている。
店の雰囲気が良いおかげか、少しだけ緊張が和らいだ気がする。
「ふぅ……」
キンキンに冷えた水で乾いた喉を潤す。
緊張も一緒に流し込みたいところだが、心臓はいまだバクバクである。
今回の打ち合わせは、オンラインか対面か選べた。
編集部の意向で柔軟に対応してくれるらしい。
俺は、迷わず対面を選んだ。
初めての打ち合わせで、画面越しでは相手の温度感が掴みにくい。
だからこそ、対面で相手をしっかり知り、こちらのこともしっかり知ってもらう。
大丈夫。一周目で社会人としてのマナーは上司に叩き込まれた。
失礼をして印象を悪くすることようなことにはならないはずだ。
「お待たせしました。田中先生ですよね?」
脳内でシミュレーションをしながら待っていると、俺の担当編集がやってきた。
「初めまして、田中カナタと申します」
即座に立ち上がり、名刺入れから作家としての名刺を取り出す。
ちなみに、この名刺は漫研の東海林先輩が作ってくれたものだった。
『プロになるなら名刺もあった方がいいでしょ?』
彼女は冗談めかして言っていたが、本当に作ってくれるとは思っていなかった。
「おお、ご丁寧にありがとうございます。頂戴いたします」
名刺を差し出されたことに編集さんは驚いたように目を見開いたあと、自分の名刺を差し出してきた。
「改めまして、私は株式会社丸川シンフォニア文庫編集部の佐藤と申します」
差し出された名刺には〝佐藤由絃〟と書いてあった。
いや、名前めっちゃ格好いいな。
知り合いだけでも佐藤はたくさんいるけど、みんな名前呼びだし佐藤さん呼びでいいか。
「高校生と聞いていましたが、中に大人が入ってるんじゃないかってくらいしっかりされてますね」
「あはは、恐縮です」
冗談のつもりだったのだろうが、ドンピシャで言い当てられた俺は苦笑するしかなかった。
「それでは、さっそくですが出版までの流れについてご説明いたします」
「よろしくお願いいたします」
「まず、応募くださった原稿を改稿していただき初稿を作成していただきます。そこから――」
連作先を交換してから、佐藤さんは出版までの流れをできるだけ簡潔に説明してくれた。
【原作者】 【担当編集】
──────────────────────────────────
初稿提出 → 初稿確認
← 初稿戻し
↓
二稿提出 → 二稿確認
↓
原稿整理
↓
著者校正確認 ← 著者校正出し
→ 著者校正戻し確認
[初校作成]
初校確認 → 初校確認 → 校正出し
↓
校正確認 ← 校正確認 ← 校正戻し
↓
校正確認戻し→ 著者校正確認→ 著者校正出し
↓
再校確認 ← 再校確認 ← 再校出し
[校了]
「まあ、ざっくりとまとめるとこういう感じですね」
「ありがとうございます。原稿作業以外だと、イラスト関係のチェックとかになる感じですかね?」
「そうですね」
佐藤さんは、軽く頷くと説明を続ける。
「ライトノベルは刊行までに半年ほどかかります。その中で原作者様が原稿をする時間よりも、イラストや校正などそういう作業のほうが時間がかかるんです」
「イラストレーターさんを見つけるのにも時間はかかりますもんね」
「ええ、本当にそうなんですよ……」
しわしわの電気鼠みたいな深い苦労が刻みつけられた表情を見るに、本当に大変なんだろうなぁ。




