表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
110/181

第110話 兄妹の時間

 騒がしくも楽しかった旅行が終わった夜。

 俺は自室で〝オークは語らず、エルフを騙る〟の仕上げにかかっていた。

 行き着く結末はもう決まった。


 魔法を使って騙った見た目をきっかけに、主人公とヒロインは心を通わせ、内面に惹かれていく。


 そして、最後は見た目も内面も良いヒロインと結ばれる。それでいいのだ。


 あくまでも物語の中では〝人は見た目じゃない〟という綺麗事を述べつつ、物語を通して〝中身が綺麗な人は見た目も綺麗〟ということを意図的に出して行く。


 少し皮肉が効きすぎた気もするが、伝わらない人は綺麗事を楽しめるし、捻くれ者は考察をしてニチャニチャできるし、いろんな楽しみ方ができると思う。


「ふぅ……できた」


 また一作品書き終えた俺は満足感に浸る間もなく、大賞応募用の梗概の作成とネット投稿の準備に取り掛かる。

 この物語のマーケティング対象は学生よりも社会人。

 そうなると、投稿時間も夜の方がいいだろう。


「あとは宣伝をどうするか……」


 思考に没頭していると、ノックの音がしてからドアが静かに開いた。


「……入っていい?」


 顔を覗かせたのは、パジャマ姿の愛夏だった。


「いいぞ」


 ポメラを閉じて俺がそう言うと、愛夏は少し気まずそうに部屋へ入ってくる。

 彼女は俺のベッドの端に腰を下ろし、膝を抱え込むように座った。


「なんか、変な感じだよね」

「旅行の後だからか?」

「うん。まだみんなと一緒にいるみたいな気がして。……夢だったんじゃないかって思うくらい、楽しかった」


 愛夏の声は、どこか遠くを見るような響きを持っていた。

 彼女の横顔を見つめながら、俺は頷く。


「楽しかったけど、ちょっと考えさせられることもあったな」


 俺は少しだけ目を細めて、天井から視線を落とした。


「結局、俺はナイトのことを表面上でしか見てなかったんだなってな」

「そんなこと、ないと思う」


 愛夏がぽつりと呟いた。


「お兄ちゃんがちゃんと向き合ったから、ナイト先輩も前に進めたんだよ。姫乃さんにああやって言えるようになったの、お兄ちゃんのおかげだと思う」


 俺は何も言えずに、黙って愛夏の横顔を見つめる。

 彼女の言葉は、真っ直ぐで、痛いくらいに優しかった。


「……俺は姫乃さんの気持ち、ちょっとだけわかる気がした」

「え?」

「幼馴染って、便利なんだよ。どんなに冷たくしても、どんなにわがまま言っても、ずっとそばにいてくれる。俺の場合は周囲とのコミュニケーションをヨシノリに依存してたからな」

「お兄ちゃん……」


 それがきっかけでヨシノリとの関係は拗れた。ヨシノリが受け入れてくれたから何とかなったようなものだ。


「きっと、あのまま関係が崩壊してもおかしくはなかった」

「でも、そうはならなかったでしょ」

「今はな。けど、俺の本質は変わらないし、変えられない」


 どんなに小手先の技術を取り繕ったところで、俺にとって一番大切なことは執筆活動だ。

 周囲と合わせられるようになったところで、いつか歪みが生まれるのだ。


「しょうがないなぁ……」


 愛夏はため息をつくと小さく笑って告げる。


「私は妹だからね。何があっても、どうしょうもない社会不適合者のお兄ちゃんの傍にいてあげるよ」

「お前も、いつか結婚して家出るだろうが」

「そのときは旦那もセットで傍にいてあげるよ」

「相当条件が限られるな」


 まあ、その条件に該当する人間はいるのだが。


「ありがとな、愛夏」


 俺の胸に、じわっと温かいものが広がっていく。

 一周目では、愛夏のことなんて気にも留めていなかった。

 ただの血縁関係。戸籍上妹という続柄に当たる。それだけの存在だった。


 でも、今は違う。

 こいつは世話焼きで、素直じゃない――実は寂しがり屋の俺の大切な妹だ。


「……どういたしまして」


 少しだけ沈黙が落ちた。

 けれど、その静けさは不思議と心地よくて、俺たちはそのまましばらく、並んで座っていた。

 やがて、愛夏が小さく伸びをして立ち上がる。


「じゃあ、もう寝るね。おやすみ、お兄ちゃん」

「おやすみ、愛夏」


 部屋の扉が閉じられたあとも、俺はしばらくその余韻に浸っていた。

 優しくて、まっすぐなあいつの言葉。

 この二周目の人生で、俺の周りから友人たちが離れていったとしても、あいつは傍にいてくれる。

 そんな気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ