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伯爵様の新妻  作者: 小宵
Ⅰ:伯爵様と意中の令嬢
6/23

新婚生活1

 ゼノがあからさまに落ち込んでいる。

 アイリスは今、相当困っていた。

 自分が悪いのは分かっているのだが、優しいゼノはアイリスがいくら謝っても「大丈夫ですよ」と無理に笑ってくれる。

 ゼノの頬は少し赤くなっている。


「あ、あの。ゼノ様、ごめんなさい……その、私驚いてしまって」

「いえ、私も悪かったのです。今度からは気をつけます」

「あ、はい。そうしていただけると助かります」

「……そうですか」


 またしてもがっくりと肩を落とすゼノにアイリス困惑するばかりだ。

 

 披露宴から戻ったアイリスはリュカと眠った。

 約束通り’ずっと一緒’だ。

 しかし、朝起きると隣にゼノが眠っていた。

 それだけでも驚きなのに、ゼノは起きていてアイリスの寝顔を見つめていたのだ。至近距離で!!

 起き抜けに「おはようございます」と輝かんばかりの微笑みを向けられアイリスは固まった。

 そして……。


「き」

「き?」

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「!?」


 ぱんっ……と思わず近くにあったゼノの美貌の顔を叩いてしまったのだ。

 ゼノは叩かれた方向に顔を向けたまま微動だにしない。

 そしてアイリスは半泣きになってまだ覚醒しきっていない頭でぐるぐると考えていた。


(ひどい、ひどいひどいひどいひどい!!!)


 だって、ゼノは国1番と讃えられるほどの美貌の持ち主。

 そんな人に自分の間抜けな寝顔をずっと眺められていたのだ。

 アイリスでなくとも泣きたくなるはずだ。

 ぎゅうっと胸が苦しくなって膝に顔を埋める。

 じわりと涙が滲む。

 心を落ち着けようとひたすら深呼吸を繰り替えいていると、横でもぞもぞと何かが動いた。


「ふぁ~……おはよぉぉ……。あれぇ? ちちうえ、アイリス、どぉしたの?」


 リュカが大きな目をしょぼしょぼさせて、未だに叩かれた方向に顔を向けて固まっているゼノと自分の膝に顔を埋めているアイリスを見て不思議そうに小首を傾げたのだった。



 そして今に至る。


「あの……ゼノ様……元気を出してください。もう二度とこんなことがないようにいたします。お願いですから謝罪を受け入れてください」

「いえ、本当に私が悪かったのです……どうかそんな顔をなさらないで下さい。あなたにそのような顔をされてしまわれては私は悲しい」

「でも……!! でも……私の行いがゼノ様を傷つけてしまったのは事実です。お願いです。どんなことでもしますから……そのような顔をなさらないで下さい。ゼノ様の方が顔色が悪いです」

「……どんなことでも?」

「ええ」

「本当に?」

「は、はい」


 急に瞳をきらきらと輝かせ、手を取られたアイリスはたじたじになりつつも、その美しい顔から目を逸らさないように懸命に踏ん張った。

 そしてゼノが出した’どんなことでも’は……。


 手を繋いで庭を散歩すること。

 ただし、リュカ無しで。


 

 伯爵邸の庭……いや庭園はとても美しかった。

 真っ赤な薔薇が咲き乱れ、濃厚な甘い匂いが充満している。

 全てが赤い薔薇。

 他の花は一切無い。

 良く手入れされていて、造形物と化した庭園はまるで楽園……。

 アイリスの手が強張ったのをゼノは感じ、不安になり腰を屈めてアイリスの表情を窺った。


「……アイリス、薔薇はお気に召しませんでしたか?」

「いえ、その……とても美しいです。でも、美しすぎて圧倒されてしまって」


 なるほど、とゼノは笑みを浮かべてアイリスを別の場所へ促した。

 庭園の中にひっそりと佇んでいるガラス張りの建物。

 

「温室ですか?」

「ええ。あなたが嫁いで来られるのを見計らい、作らせました。……さぁ、見てください」


 ゼノに促され、温室に入ったアイリスは目を疑った。

 そこに広がるのは虹色の花。

 薔薇とは違う柔らかい、優しい匂いが充満している。

 

「……アイリス」

「ええ。あなたの名前と同じ、アイリスの花です」


 アイリスは一歩、また一歩と温室に入る。

 辺りを見渡し、自分と同じ名前の花を眺める。

 こんなにたくさんのアイリスを見たのは初めてだった。

 きょろきょろと温室をくまなく見ていると笑い声が響いた。

 ゼノだ。

 ゼノはアイリスに近づくと、離されてしまった手を繋ぎなおす。

 ’お願い’を忘れていたアイリスは「あっ」と声を上げて顔を赤らめた。

 

「受け取っていただけますか?」

「え?」

 

 何を言われたのか分からなくてアイリスはゼノを見上げきょとんとした。

 そんなアイリスを見つめてゼノは柔らかく微笑み、両手を包み込んだ。


「この温室をあなたに送ります。ここはあなたのものです」

「え……?」

 

 大きな目をまん丸に見開いたアイリスを、それはもぉ愛おし気に見つめその頬を撫ぜる。

 ぱちくりと瞬きを繰り返すのが幼く可愛らしい。


「目が零れ落ちてしまいそうです。……気に入っていただけましたか?」

「え、え? え……あ、あの。ここを、私に?」

「ええ」

「で、でも」

「しー……でも、は無しです」


 指でアイリスの唇を静し、艶やかな笑みを作るとアイリスがぼんっと音を起てて赤くなる。

 ゼノは内心、焦りそうになるのを必死に抑えていた。

 ……もう少しだ。


「……気に入っていただけませんでしたか?」

「いえ! そんな!! とても素敵です!! とても、気に入りました!! ……あ」


 声を荒げてしまったことを恥ずようにアイリスが俯き頬を染める。

 そんなアイリスを見下ろし、ゼノが笑みを更に深めた。

 アイリスがちらりと上目遣いにゼノを伺ったのを見て、ゼノは行動する。

 アイリスを抱き寄せた。

 アイリスは抵抗せず、ゼノに身を委ねている。

 そればかりか、ゼノの胸に額を擦りつけてくる。

 逸る心を懸命に押さえつけた。

 驚かしてはだめだ。

 ……もう一度アイリスに殴られでもしたら立ち直れる気がしない。


 自分の腕の中にすっぽりと収まり、隠れてしまうアイリスの小さな体の温かさをかみ締めるようにただ抱きしめていると、胸の中からくぐもった声がした。


「……ありがとうございます」


(ああ、何故こんなに愛おしいのか)


 昨日のご令嬢とは大違いだ。

 初々しく奢ったところが一つもない。

 飾り気もなく、女特有の毒々しさもない。

 普通に見れば色気の無いちんちくりんとなるのだが、恋は盲目。

 アイリスの幼さと清らかさが愛おしい。

 

 それに。


 アイリスはその内面の美しさからきっと美しくなっていくに違いない。

 それだけは阻止せねば、と思う。

 ただでさえ敵が多いことが判明したのだ。

 育ちきっていない、まだ幼さを残したアイリス。

 しかし時と時間をかけてその内面を知った野郎共がいる。

 自分の知らないところで、自分も傍にいたのに。


 しかし、ゼノは慎重に今の幸せをかみ締めることに専念するのであった。

 

 一方アイリスは。

 ゼノの想像以上に喜んでいた。

 薔薇も好きだが、アイリスは小さな可愛らしい花のほうが好きだった。

 アイリスとて小さな花ではないが、薔薇と言う大輪を見た後だったし、自分の名前の花だ。

 嫌いなわけが無い。

 紫、白、赤、黄色……色々な色のアイリス。

 アイリスと言う言葉は虹、と言う意味もある。

 そして何より、その花言葉は……。


「ゼノ様……あの、本当にいただいても、よろしいのですか? その、アイリスと一緒に?」

「ええ、もちろんですよ? そんなに確認しなくとも大丈夫です。取り上げたりしませんから」


 ふふ、と笑うゼノは麗しい。

 アイリスは派手だったり、目立つものは苦手だ。

 でも、これは本当に嬉しかったのだ。


「ゼノ様……」

「ア、アイリス……!!」


 いつもは緊張して強張ってしまう顔も今は自然と頬が緩む。

 にっこりと笑ってゼノを見上げ、ゼノの服をきゅっと掴んだ。

 少しでも、喜んでいることが伝わるように。


 すると更に深く抱き込まれ、ゼノの胸に埋もれてしまう。

 大きくて、温かい……。


(この方は私を想ってくれている……)


 三度目のキスは優しく、とても愛おしいものだった。







 夜、アイリスは今日もリュカと寝ようと思ったが、あの温室を……アイリスを受け取ったからには夫婦としての責務も果たさなくてはならないのだろうと思った。

 だから、今逃げ出したいのを必死で我慢してゼノと膝を突き合わせていた。

 ゼノが肩に掛かっている髪を優しく後ろへ払ってくれる。

 ただそれだけのことなのに、体がびくりと震えた。

 

「怖がらないでください。……大丈夫、あなたが嫌がることはしません」

「……は、はい」


 ありえないほど声が裏返り、震えている。

 体も小刻みに震えている。

 そんなアイリスを見て、ゼノが心配そうに顔色を窺ってきた。


「……やめますか?」

「い、いえ!! だって、だってアイリスを送ってくださいました! だ、だから」

「え? いえ、あれはそう言うつもりで送ったわけではありません! ただあなたに純粋に喜んで欲しくて!!」

「で、でも、私、受け取りました。その意味も……」


 真っ赤になってごにょごにょと言うアイリスをゼノが不思議そうに見つめている。

 そしてあろうことか、「意味?」と言って首をかしげた。

 それを見て、アイリスは「え?」と聞き返した。


「え……あの、違うんですか? だってアイリス……」

「ああ、あなたの名前の花なので取り寄せたんです。あなたのようにとても可愛らしい花で……アイリス? どうしたんですか?」


 アイリスはざーっと青ざめた。

 なんてことは無い。ただ自分は間違えたのだ。

 ゼノが急に俯いたアイリスを覗き込んできた、その時。


「わ、私ったら、勘違いを……ご、ごめんなさい!!!!!」

「え!? ア、アイリス!? どこへ行くんですか!??」


 アイリスは逃げ出した。

 夜着のまま、廊下を走り、リュカの部屋まで。

 後ろ手に扉を閉めればどんどんどん! っとゼノが扉を叩く音がする。


「アイリス!? どうしたんですか!? 出てきてください! お願いします!!」

「ごめんなさい……私勘違いしていて……ちゃんと、分かっていたはずなのに」

「アイリス? どうしたのです? お願いです、出てきてください。話しましょう、ね?」

「……っ……ぅ」


 勘違いした自分が恥ずかしくて、惨めで。

 アイリスは声が漏れないように口を塞いで泣いた。


「アイリス? お願いです。私が何かしたなら謝りますから……」


 勘違いしたのはアイリスの花言葉。


「アイリス、アイリス……」


 花言葉と一緒に送ってくれたのだと思ったのだ。

 アイリスの花言葉は「恋のメッセージ」「私はあなたを愛します」「雄弁」。

 

(そうよ。ゼノ様が私なんて相手にするはずないってわかってたはずなのに)


 私はリュカの母親代わりに呼ばれたのだ。

 リュカのためにここにいる。

 それはとても幸せなことだし、アイリスが望んだことだ。

 でも、あんなふうに温室をプレゼントされ、いくら疎くて鈍いアイリスだって揺さぶられたのだ。


 恥ずかしくて、惨めで……情けなくて。


「アイリス? どぉしたの? 泣いてるの?」

「……いいえ」


 伸ばされた温かくて小さな手に心が和む。

 よしよし、と一生懸命頭を撫でてくれるので涙などどこかへ行ってしまった。


「いいえ、泣いていませんよ? リュカ様と一緒に寝させていただこうと思って……よろしいですか?」

「ほんと!? やったぁ! ぼく、まってたんだ!!」


 リュカがはしゃいで腕を引いてくるのが可愛くて、笑顔になる。

 しかしはたっと止まり「ちょっとまっててね!」とアイリスの頬にキスをし、扉に向かった。

 少し開くと父、ゼノと目が合う。


 驚いたゼノにリュカはにっこりと笑い、父に一言物申す。


「女の子は泣かせちゃだめだよ?」


 と……。



 昨日と同じく仲良く抱き合って眠るアイリスとリュカ。

 


 朝、使用人が発見するまで、ゼノは扉の前で固まったままだったそうな……。








 


 

 

 


 


 

 

 

 


 

 

 


 


  




流石にゼノ、可哀想すぎでしょうか??WW

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