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伯爵様の新妻  作者: 小宵
Ⅰ:伯爵様と意中の令嬢
3/23

結婚

「健やかなる時も病める時もあなたは彼女を愛することを誓いますか?」

「誓います」

「では新婦、あなたは健やかなる時も病める時も彼を愛することを誓いますか?」

「……誓います」

「それでは誓いのキスを」


 神父に促され、二人はお互いに向き合う。

 ヴェールに手を掛けられ隠されたアイリスの顔が露になった。

 不安に睫を振るわせ俯くアイリスの頬に大きな手が添えられ、上を向かされる。

 目が合った瞬間、彼は息を飲み目を見開いた。

 その表情に不安が煽られ、瞳に涙が溜まる。

 きっととても情けない顔を曝しているに違いない。

 

(逃げ出してしまいたい)


 必死に泣くのを我慢していると瞼に柔らかな感触を感じた。

 彼の唇。

 そのことに驚いてぱちぱちと瞬きをして彼を見上げると彼は目を細めて微笑んでいた。

 眩しいほど綺麗な顔。

 誰にでも優しい皆の王子様。

 ……怖い。

 足が震えた。

 

(本当に私でいいの?)


 必死に目線で訴える。

 私はどう考えてもあなたには相応しくありません、と。

 確かにリュカの傍にいてあげたいと思った。

 でもそれは彼の傍にもいると言う事。

 もしかしたら青ざめていたのかもしれない。

 だって彼が困ったように笑っていたから。

 もしかしたら呆れられているのかもしれない。

 結婚式すらまともに出来ないのか、と。

 彼の手が優しくアイリスの顔を包み込む。

 目を閉じた彼の顔が近づいてくるのがわかる。

 

(……睫、長い。それに金色)


 睫の長さに関心しながら、アイリスはこれからのことを思う。

 色々、あると思う。

 でもアイリスは結婚の申し込みを受けたのだ。

 腹を括るしかない。

 リュカのためにも、そして自分のためにも。

 

 二人の唇が重なる。

 その感触がとても優しくて……優しすぎて、アイリスの目から一筋の涙が零れた。

 不安に押しつぶされそうだ。

 足に力が入らなくなって、思わず彼にすがり付いてしまう。

 離れなければと思うのに、体が思うように動かない。

 すると突然体に浮遊感を感じた。

 彼に抱き上げられていた。


「笑ってください」


 こちらを見ずに彼は笑顔で参列者に答えている。

 笑わなければ。

 アイリスは彼の首に手を回して無理やり笑顔を作った。

 彼に迷惑をかけないように。

 少しでも彼を支えられるように。

 腹をくくったはずなのに、不安が胸を過ぎる。

 そんな時。


「ちちうえ~!! アイリス~~!! おーめーでーとー!!!!」


 おめかしをしたリュカが走ってきて彼の足に飛びついてきた。

 彼はそっとアイリスを下ろし笑顔で頷く。

 アイリスはリュカをぎゅうと抱きしめ、初めて心からの笑みを見せた。


「ありがとうございます。リュカ様」

「うん! これでずっと一緒だね!!」


 リュカの笑顔に心が癒されていくのを感じる。

 ……大丈夫。

 リュカのためならきっと頑張れる。

 どんなに辛くても、どんなに苦しくても。

 

(リュカ様の、ゼノ様のお役に立てるように)


 二人でぎゅうぎゅう抱きしめあっていると、彼が痺れを切らしたように接近してきて二人纏めて抱っこされてしまった。

 スマートな見た目とは裏腹に力が強い。

 すでに定位置となりつつある彼の腕の中にどきり、としてしまう。

 安心して身を任せることができる力強い腕。


 知れば知るほど彼が怖い。

 この気持ちは何なのだろう? 鼓動が激しく脈打つ。

 彼といると自分が自分じゃなくなってしまうような気がして。

 今まで築き上げてきた’アイリス’がいなくなってしまうような気がして。

 彼が怖い。

 彼はアイリスの日常を壊す。

 彼はアイリスの平穏を壊す。


(本当によかったのかしら)


 アイリスとリュカを抱き上げたまま幸せそうに笑っている彼を見ても、アイリスの不安が晴れることはなかった。





 +++++++



 披露宴、アイリスの傍らにゼノはいなかった。

 何でも大切な客が来たらしく、侍従が知らせると飛んでいってしまった。

 そしてアイリスを待っていたのは彼女が予想していた通りのもの。


「本当に羨ましいですわ。どうやって取り入りましたの? ぜひ私にも教えてくださいな」

「なぁに? そのドレス。童顔なあなたを更に子供っぽく際立たせていらっしゃるわ」

「釣り合っていないのが分からないの? なんてずうずうしい」


 貴族令嬢や夫人達から容赦のない言葉が続く。

 その顔はどれも完璧な笑顔を作っている。

 周りから見たら談笑しているようにしか見えないだろう。

 アイリスも笑顔を崩さずに、ただ聞き流していた。

 いつものことだ。

 しかしとある身分の高いご夫人が嘗め回すようにアイリスを眺めてこんなことを言うまでは。


「まぁまぁ、皆さん。はしたなくってよ。それによく御覧なさいな。彼女はとても魅力的な女性だわ。大人しくて従順そうで。きっと夫に愛人が何人いようとも逆らわないでしょう?」


 最後の問いかけはアイリスに向けたもの。

 要するに、自分がゼノの愛人になっても享受するしかないのだと。

 それほど自分の美しさに自信があり、アイリスよりも勝っていると言うのだ。

 目の前の女はとても美しかった。

 いつまでも子供っぽいアイリスとは大違いだ。

 アイリスは崩れそうになる顔をドレスを握り締めることで必死に絶えた。

 

(そんなこと、言われなくてもわかっているわ)


 嫌味を言われるのは慣れている。

 小さい時からずっとそうだったから。

 美しい母といつも比べられて。

 今度は夫と比べられるだけ。 

 そう、大したことではない。慣れている。

 分かっているからいちいち言わないで欲しい。


「まぁ! どうしたの? 震えて!! それにそんなにドレスを握ってはシワになりましてよ?」


 扇で口元を隠しつつくすくすと笑う女達。

 アイリスは疲れていた。


(だから、結婚式なんてしなくていいと言ったのに。披露宴までするなんて……)


 そう、アイリスとゼノは結婚式をするか否かで揉めた。

 したくないアイリスとしたいゼノ。

 お金も掛かるし、何よりもお披露目なんてされたくなかった。

 しかしゼノはどうしてもアイリスのウエディングドレス姿を見たいと言っても譲らなかった。

 結局最後には父とリュカにもゼノと同じことを言われてしぶしぶ了承したのだ。

 

 苦しい、と思った。

 でも、


「アイリスー!! これ、おいしーよ!!」


 遠くでリュカがぴょんぴょん跳ねて手を振っているのが見えた。

 アイリスは泣きそうになった。

 なんて愛おしいのか。

 幼く、純真無垢で。本物の天使のよう。

 アイリスを慕ってくれている。

 アイリスを必要としてくれている。

 アイリスは心からの笑みを女達に向けた。


「リュカ様に呼ばれておりますので、失礼させていただきます」


 そんなアイリスに女達は面白くなさそうな顔をするが周りの目もある。

 潮時だと思ったのだろう。

 アイリスをあっさりと開放した。

 ひそひそと囁きながら。


「ご子息までたぶらかすなんて……」

「なんてあつかましい」

「リュカ様がお可哀想だわ」


 何とでも言えばいい。

 アイリスは決めたのだ。

 この愛おしい存在のために出来る限りのことをしようと。

 リュカはアイリスが守るのだ。


「アイリス、何話してたの?」

「お祝いをいただいていただけですよ」

「ふーん……」

「リュカ様?」


 リュカは面白くなさそうな顔をして口を尖らせていた。

 どうしたのだろう、と顔が良く見えるように膝を折って視線を合わせた。


「どうなさったんですか?」

「うー……」

「リュカ様?」


 リュカが小さな手をアイリスの首に回し抱きついてくる。

 子供の温かい体温を感じ、ほわほわする。

 癒されていると、リュカがぼそぼそと話し出した。


「だって、アイリスが僕のことほったらかしにするからぁ」

「まぁ、リュカ様ったら」

「アイリスは僕のだもん!」

 

 ぎゅううっと力を入れて必死に抱きついてきたリュカ。

 そんなリュカを愛おし気に抱き上げるアイリス。


 女性人は不満そうだが、男性人は微笑ましく思っていた。

 義理の息子と継母の関係は良好なようだ、と安心したものもしばしば。

 

 ゼノが息を切らして戻って来るまで、二人はずっと一緒にいた。




 

 

 

 


 

 

 

 

アイリス、もしかして重たいですか!?

とりあえず次はゼノ視点で。

夜にUPしたいな・・・。


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