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伯爵様の新妻  作者: 小宵
Ⅱ:伯爵様と攫われた姫君
20/23

再会

 じっとしていることなど、不可能だった。

 貧乏揺すりを繰り返し、部屋を飛び出した。


「おい、ゼノ?」


 ロベルトが少し驚いていたが、思いついた瞬間行動してしまうのがゼノの常。

 またか、と呆れた声を出していた。


 そのまま馬を走らせ、途中で馬を休ませ、また走る。

 汗だくになって向かった場所。


 ゼノの伯爵家よりも一回り以上大きな真っ白な城のような建物。

 周りに茂る花々が可愛らしく、美しい。

 ゼノを見とめた門番が直に近寄って来る。


「すまない、この子に水を」

「はい」


 馬を任せると屋敷内に促された。 

 ビロードの絨毯を踏みしめながら、案内人に問う。


「……ご在宅なのか?」

「はい」


 受け答えは簡潔に、穏やかに。

 さすがはあの方の屋敷。

 使用人の態度で主人の品格が窺える。

 窓から見える美しい庭も。廊下に飾られた調度品も。塵一つ無い磨き上げられた屋敷も。

 ゼノとすれ違う使用人達は、穏やかに腰を折る。

 ゼノの美貌を見て騒ぐことなどない。

 うっすらと頬を染めている侍女は居るが、出すぎたまねはせず、ただ穏やかに。


「こちらでございます」

「ああ」


「失礼いたします」と使用人が問えば「どうぞ」と優しい声が耳に飛び込んだ。

 扉が開けば優しい笑顔を向ける敬愛する、あの方。


「これはこれは。遠い所から良くおいでになられました」

「突然の訪問、申し訳なく……グレニー卿。お出かけするところでしたか?」

「構いませんよ。どうぞ、お掛けになってください」

「失礼します」


 進められるまま座れば、侍女がにっこりと微笑んでお茶を出して来る。

「ありがとう」とグレンもお茶を受け取っている。

 グレンのお礼を言われた侍女は頬を染めてお盆で口元を隠し、嬉しそうにしている。

 そんなグレンを見つめて、ぎゅっと拳を握った。

 口を開こうとすればグレンはふっと微笑んだ。


「まずは、お茶を。彼女の入れてくれたハーブティーです。落ち着きますよ」

「……はい」


 かすかにミントの香りをさせたそれを一口飲むと体がすっとした。

 一つ、深呼吸をしてグレンを見れば、どうぞと先を促された。

 ぎゅっと口を引き結んで、震える声を出す。


「グレニー卿は、ご存知だったんですか? アイリスが……」

「アイリスがアイリーン姫だと言うことを、ですか?」

「……はい」


 やはり、と思って何から話せばいいのか分からなくなった。

 口ごもるゼノを見て、グレンは目を細めた。


「……姫は、産まれてすぐに母君に捨てられました。父君は母君の代わりに、姫君を愛すことを決め、母君から隠しながら、姫を王宮に止めました。……しかし、姫君は癒えぬ傷を心におい、本当の意味で誰かに心を開くことはありませんでした」

「それはっ」

「私は」


 口を挟もうとしたゼノの言葉を、グレンが強い口調で遮った。


「……私は、あなたならば大丈夫だと、申し上げました」

「……」

「此度のあなたの婚姻ですが、相当な無茶をされたようですね」

「……」


 何故ばれているのか。

 ゼノは冷や汗をながし、視線を逸らした。

 グレンは苦笑する。


「……一歩間違えれば犯罪ですが……まぁ、それほどアイリスを愛している証拠にもなりましょう。しかし、二度としてはなりませんよ」

「す、すみませんでした」

「私に謝っても仕方ありません。きちんとアイリスに話して、謝ってくださいね」

「……はい」


 グレンに言われてしょんぼりと肩を落とした。

 と、いうか出来れば言いたくない。

 嫌われる。

 完璧に嫌われる。

 …………。


「駄目ですよ。ずるをしては」

「……」


 一瞬、やはり秘密にしておこうと思ったことを見透かされたようにグレンが困ったようにゼノを見ていた。

 まるでいたずらがばれた子供のような気分で、居心地がわるい。

 そわそわとしていると、グレンが立ち上がった。


「グレニー卿?」


 ぼけっとグレンを見上げると、にっこりと笑みを向けられた。


「行きましょう。……私が必要なのでしょう?」

「……! はい!!」


 ゼノが語らずとも、グレンには全てが分かっているようだった。





 +++++++




 ブロレジナ王の侵略が始まったとき、国々が反旗を翻すことのないように、ぎりぎりの線で条約を決めたのはグレンだ。

 その人辺りの良さと、人を落ち着けさせるような声に、誰もがグレンを頼る。

 各国の王とて、他国の公爵であるグレンに相談事を持ちかけると聞くほど。

 

 だから、最高権力の王に立ち向かうには、グレンを味方につけるしかないと思った。

 そして、この方ならきっと……と思った。確かに。

 しかし。


「まさか、こうもあっさりと……」

「ふふ」


 グレンを伴い、国に戻ったとき、謁見の許可をとる暇も無く、王自らグレンに縋りついた来たのである。

「グレン、私はどうすればいい!? このままでは、国が……! 民が!」と叫ぶ王をグレンは落ち着かせ、一つ、提案したのだ。


「銀山の所有権は我が国がいただきます」

「そ、それでは我が国はどうなる!? これ以上発展するなとでも言うつもりかっ!? すこしでも民の生活が楽になるようにと……!」

「落ち着いてください。そして最後までお聞きください」

「……! ……!」


 口をぱくぱくと動かしながらも王は必死に気持ちを落ち着かせた。


「所有権は頂きますが、商権はこちらのままに」

「それは」

「ええ。何割か利益を頂くことになるとは思いますが、逆にその方が安全でしょう。ブロレジナが管理していることが知れれば、周辺国は滅多に手を出してこないでしょうから」

「……なるほど、しかし何割を……」


 世界最強の軍事力を誇ると言われているブロレジナの後ろ盾。

 それを逆に利用せよ、というのだ。

 利益を分けるのではなく、ブロレジナの権力を買っていると思え、と。


「そうですね、利益の割合の問題は私の一存では決めかねますが……出来るだけ抑えてもらえるよう交渉してみましょう。……またすぐにこちらへ訪れるか、使者を寄越します。……そのように気負わないで下さい。一緒に最善を尽くしましょう」


 そう言って笑うグレンに王は力を抜いて椅子に座り込んだ。

 そしてにっこりと笑って聞いた。


「ところで、私の愛しい妻が城に滞在していると聞いたのですが、どこにいますか?」

「ああ、それならロペスが知っているだろう。……なんなら案内をつけるが」

「いいえ、大丈夫です」


 このとき、ゼノは初めて口を挟んだ。

 真剣な話だったためもあるが、こんなに弱気な王を見たのが初めてで驚いていたせいもある。

「では、案内を頼みます」と言うグレンとともに王の前から辞そうとしたとき。


「ロペス、その。……すまなかった」

「……」


 王の言葉に、ゼノは一礼して部屋を出た。








 +++++++







「ゼノ様っ!」

「アイリスっ!!」


 扉を開いた瞬間、腕に飛び込んできたアイリスに驚きつつも、その存在を確かめるようにぎゅっと抱きしめた。

 アイリスが、目を真っ赤にさせてはらはらと涙を流してゼノをひたすら見上げていた。


「ああ、アイリス。泣かないでください。怖い思いを……」


 そう言って涙を拭おうと指を伸ばしたとき、アイリスが信じられないことを言った。


「好きです」


 瞠目する。


「あなたが、好き」

「アイリス……!」


 嬉しすぎて、体中の血液が逆流するかと思うほど体温が上昇した。

 思いのままにアイリスを抱きしめると、アイリスも負けじとゼノを抱きしめた。


 この腕の中に愛しい人が存在している。

 手元に戻ってきた、愛しいアイリス。

 もう、離さないっ……。


 少し腕を緩めてまだ涙を流すアイリスの小さな顔を手で包み込む。

 嗚咽を漏らすまいと噛んでいたのか、真っ赤になった唇がゼノを誘う。

 

「アイリス……」


 そのまま、顔を近づけ、アイリスの吐息が唇に当った、その時。

 アイリスがさらに信じられないことを言った。


「でも、でも、わ、たしっ……!」

「……アイリス?」


 ふるふると子猫のように震え、ぶわっとゼノの顔を見つめてアイリスは涙を零した。

 そして……。



















「でも、ゼノ様のお顔が受け付けませんっ……!!!!」







「え」











 もう駄目! と顔を逸らしてしまうアイリスにゼノは頭の中が真っ白になった。











  

遅くなりました。ごめんなさい。。。

お気に入り、増えてて感激です。

ありがとうございます!!

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