過去3
残酷描写・・・・と言うか気持ち悪いかもしれないですorz
たくさんの愛の言葉をくれたから。
それに、もし嫌われても’ご子息のお世話’と言う役割があるから大丈夫。
きっと大丈夫。
いつか私の醜さに気づいても。
いつか私のことがいらなくなっても。
居場所は、ある。
だから。
少しだけでいいの。
夢を見させて。
あなたとの幸せな、夢を。
+++++++
「ああ、アイリス。愛しています」
「あの、ゼノ様。少し離れて下さいませんか? 動けません」
紅茶を入れる手を止めてゼノを困ったように見れば、あからさまに肩を落としてソファに沈むゼノ。
九つも年上の大人の男の人なのに、可愛らしい方だなと思う。
毎日飽きることなく「好きだ」「愛している」と囁いてアイリスを安心させてくれる。
しつこいぐらいの愛の囁きは、アイリスにとって麻薬のように甘美なものだった。
言葉で、態度で、その全てでアイリスが好きだと教えてくれる。
だからこそ、怖かった。
愛してくれているから。愛されると言うことを知ったから。
だから、失うのが怖くて。
自分から距離を置く。
ゼノの愛に知らないフリをして。
ゼノの求めに気づかないフリをした。
自分の心を守るので精一杯で、ゼノのことを考えている余裕など無かった。
「アイリス……」
「ゼノさ……ん」
抱き寄せられてふわりと優しい口付けをされる。
嬉しくて、怖くて。涙が出そうになる。
嬉しいのに、恐怖で足が竦む。
求められることがこんなにも嬉しい。
ここに居てもいいのかと、私が必要なのかと。
でも唇が離れ、間近で見詰め合うと目の前にある美しい顔に、アイリスは心臓を握りつぶされたかのような錯覚に陥る。
痛い、怖い、苦しい。
ぎゅっとゼノの服を縋るように握り締めた。
「アイリス?」
「あ……ごめんなさい。ああ、そう言えば紅茶……」
「あ」
「はい?」
余韻に浸る暇も与えず、アイリスはすっと立ち上がり紅茶の温度を確かめる。
後ろで物足りなさそうに、先ほどまでアイリスが居たはずの手を宙に浮かせるゼノに意識して無邪気な笑みを向ければ、ゼノがぐっと詰まってがくりと肩を落とした。
心の中で謝りつつ、先ほど間近に迫ったゼノの顔を思い出して、震えそうになる身体をぎゅっと抱きしめる。
美しすぎる美貌の伯爵。
美しい美貌の王妃様。
どうしても、重ねてしまう。
いつか、お母様のようにゼノもアイリスを嫌いになるのではないか?
アイリスを無かったことにするのではないのだろうか……?
美しいものが、怖い。
醜い自分が浮き彫りになるから。
それに。
アイリスの’好き’はゼノの’好き’とは違う。
ゼノが言う’好き’とは恋愛感情なのだろう。愛し、愛されることを目的としたもの。
でも、アイリスが求め続けたのは無償の愛なのだ。
親が子を愛するように、子供が受けられる当然の愛。当然の権利。
無条件の愛。
どんなに愛していると囁いてくれてもゼノは他人。
肉親からも愛されなかったのに、他人から永遠の愛を受けられるなんて思えない。
人は、裏切るのだ。
だって、ほら。
お母様の分も愛してあげると、お父様は仰ったのに。
「……お迎えに上がりました」
身分を知られないために変装しているのであろう王族直属の近衛がアイリスに手を差し伸べる。
ドレスの裾にぎゅっとしがみ付くリュカを安心させるように頭を撫でながら、訳がわからずにおろおろとしている伯爵家の使用人に「大丈夫だから」と微笑み向ける。
「お急ぎください、陛下がお待ちです」
答える暇も無かった。
攫われるようにアイリスはリュカと引き離され、馬車に連れ込まれたアイリスを追う、使用人たちの声が響いた。
王族直属の近衛は滅多に表舞台にはたたない。
近衛の顔を知るものは王族を覗いて数人しかいないのだ。
これではゼノやリュカに心配をかけてしまうと焦った。
「……下ろしてください。このようなことをしなくても命令には従います。これでは夫や家の者が心配してしまいます」
「……」
「せめて、夫に説明を」
「アイリーン姫」
「!!」
呼ばれた名は過去、捨てさせられた名前。
アイリスは、アイリーンと呼ばれて、声も出せなくなった。
陛下は、’ロペス伯爵夫人’ではなく、’王女’を求めている。
嫌な予感がしないはずはなかった。
+++++++
引きずられるようにして王の私室まで連れてこられたアイリス。
王は天井に届く大きな窓を背中に、扉の前で佇むアイリスに目を細めた。
「……久しいな。アイリーン」
「お言葉ですが陛下、私はアイリスです」
震える声で言い返せば王が重苦しいため息を吐く。
いったい今更何の様だと言うのか。
「そなたはアイリーンだ」
なお、言い募る王に、アイリスは顔を上げると、王は表情を殺していた。
「……そう言えば、ロペス伯爵はダヌシリの娘を妻に迎えたらしいな」
「?」
何が言いたいのか分からない。
ゼノとアイリスが結婚したことを王が知らないはずがない。
「……しかし、ロペス夫人は今日、出かけた際に盗賊に襲われ亡くなってしまったそうだ」
「!?」
王の鋭い視線がアイリスを貫いた。
「そなたはアイリーンだ」
つまり、アイリスは死んだ、と。
アイリスも、居なかったことにするのかと。
浮かんだのは、怒り。
「い、いいかげんにしてくださいっ!! 私は、私は物ではありませんっ!! 何度私の存在を無にすれば気が済むのですか……? アイリーンを消して、今度はアイリスを消して……私は、私のこれまで生きてきた証をそんな簡単に、無かったことにしないで!」
「アイリーン」
「私」
「発言を許可した覚えは無いが?」
「っ!!」
威圧的な瞳とかち合い、ぐっと唇をかんだ。
怖い。
いくら実の父親とは言っても一国の王なのだ。
怖くて仕方が無かった。
泣きそうになるのを懸命に抑え、俯いた。
(ゼノ様)
きっとゼノはアイリスのことを心配してくれていると思う。
心配してくれているかもしれないと思うと同時に、心配してくれていないかもしれない、と思い上がる自身を無意識に押さえ込もうとした。
でも、今アイリスはゼノに助けを求めていた。
(ゼノ様、怖いよ)
ゼノの傍は、とても居心地がよかった。
毎日、魔法の言葉をくれるから。
拒んでも、何度でも抱きしめてくれるから。
いつも幸せそうに、愛おしそうにアイリスを見つめてくれるから。
(帰りたい)
アイリスの居場所はあそこなのだ。
初めて、アイリスに’安心’をくれた人。
「アイリーン、そなたを連れ戻したのには訳がある」
「…………」
「ブロレジナをどう思う?」
「…………」
「……子供のような態度を取るな。発言を許可する」
許可を得て、アイリスはようやく顔を上げた。
ブロレジナ。
今、世界の半分はブロレジナの物とまで言われるほどの大国。
経済力・軍事力、どれをとっても歴代随一。
’征服王’と恐れられるヴァッツ・ローレヌ・メヌ・ブロレジナが治める国……いや、もはや帝国と言っても過言ではない。
そしてアイリス達が住むこの国の首長国であり、敬愛するグレンが居る国。
「……ブロレジナ王はとても恐ろしい方だと聞き及んでおりますが、グレニー卿のいらっしゃる国。悪い印象はありません」
「そうか、それはよかった」
そこで、初めて王の表情が動いた。
「アイリーンに命じる。ブロレジナ国、第一王子ジークフリート殿下に嫁げ」
「……は?」
「年は十八だそうだ。そなたの一つ上だな」
何を言われているのか理解できなかった。
王は今、ブロレジナの王子と結婚しろと言ったのか?
「お言葉ですが……」
「これは命令だ」
「しかし、私はゼノ様の妻……」
「何度も言うが、私の娘は誰とも結婚していない」
「そなたはアイリーンだ」と王は言う。
結婚したのはアイリスで、アイリスは今、アイリーンで。
アイリスを居なかったことにすると言うことは婚姻も無効となる……?
理解した瞬間、アイリスは取り乱した。
「そんなっ……!! 陛下、だって、私は」
「ああ、そうだ。一応検査を受けて来い」
「検査……? な! やめて下さい!! 触らないで!!」
近衛に担ぎ上げられ、アイリスはめちゃくちゃに暴れるが、相手はびくともしなかった。
薄暗い部屋に連れて行かれ、丁寧に寝台のようなところに下ろされた。
アイリスを下ろした近衛は一礼して直ぐに部屋を出て行く。
心細くなってきょろきょろと辺りを見渡せば侍女が数名と老婆が立っていた。
一人の侍女が前に進み出る。
「リリア……」
「申し訳ありません、姫様……」
母のお気に入りの侍女のリリアは泣きそうに顔を歪めて、周りの侍女に指示を出した。
寝台の上にアイリスは拘束された。
「な、何? 何なの……?」
「も、うしわけありませんっ……姫様」
「え……?」
肩を腕を足を寝台に縫いつけられたように押さえつけられ身動きが取れないアイリスのスカートが破られる。
露になったアイリスの足の間に立った老婆に、これから何が起こるか理解したアイリスは悲鳴をあげて暴れた。
「い、いやっ!! やだぁ!! やめてっ!!!」
「しっかり抑えて! ……姫様、暴れられると逆に危ないです! 大人しくして下さい!!」
「やだ、やだよ!! リリア、やめてぇ!!」
見っとも無く涙を流して抵抗したが、複数の人間に抑え込まれていてはどうしようもない。
そんなアイリスを無視して、無常にも老婆が言った。
「処女審査……と言いたいところだが子をきちんと産めるかどうか確かめさせてもらうよ」
緩みすぎてなければ良いが、と嗄れた声が呟く。
そこから先はもう、何も思い出せない。