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伯爵様の新妻  作者: 小宵
Ⅱ:伯爵様と攫われた姫君
14/23

過去1

暗いです。とっても暗いです。

 美しいお母様。

 繊細な顔立ち、小鳥が囀るような声、儚げな風貌……全てが美しく、そして自身も美しいものを愛でていた。

 だから。

 醜いものは嫌い。


「これは私の子供ではありません!! ……それが私の身体から出たと言うの……? だって髪の色だって……一つも似ていないじゃない! いやぁ!! 近づけないでっ!」


 お母様、お母様、お母様。

 私はいらない子供なの? 私はお母様の子供じゃないの?

 

「なんて平凡な……いえ、なんて醜いの……? ああ、そう。誰かが私の子供を羨んで取り替えたのね? ……私の子供はどこ? どこに隠したの!? 出しなさいっ!! ……それを近づけるなと言っているでしょう!!」

「母上!! 落ち着いて下さい!! この子は間違いなく俺の妹で……」

 「ジル! あなたまで何てことを言うの!? ……離れなさい!! 王族たる物がそのような物に気安く触れる物ではありませんっ!」

 「あっ……!!」


 痛い、痛い、痛い。

 打ち付けられた身体が軋んだ。投げつけられる侮蔑の視線に心が悲鳴をあげた。

 泣いて、泣いて、泣いて。

「うるさいわっ! 黙らせなさい!!」とお母様がヒステリックに叫ぶ。

 侍女達に別室に連れて行かれ、お母様と引き離されて。

 そこからお母様には二度と会えなかった。

 ……一度もお母様に触れられぬまま。




 +++++++


 あれは何年前のことだろう。

 ずっと前だった気もするし、ごく最近のことのようにも思える。

 アイリスは自分に与えられた部屋の窓辺の椅子に座ってぼーっと空を見上げていた。

 見た目通り、何も考えていない。

 ただ、ぼーっとしているだけ。

 読みかけの本を膝の上に置いて、ただひたすら空を見上げた。

 すると部屋の外にいつもいる見張りの騎士が扉を開き、客人を通した。

 恰幅の良い濃いブロンドの髪を後ろに撫で付けた美丈夫が現れ、アイリスは立ち上がり礼を取る。


「よい、楽にせよ」

「はい。ありがとうございます、陛下」

 

 許しを得て顔を上げれば陛下はとても悲しそうな顔をしてアイリスを見下ろしていた。

 そんな陛下をアイリスは無表情に見上げる。


「……父とは呼んでくれぬのか」

「……」

「アイリーン」

「私は、アイリスです」


 そこだけははっきりと答える。

 それなのに、陛下はいつもアイリスを’アイリーン’と呼ぶ。

 死んでしまった子供の名前なのに。

 

 王妃が流産した王女殿下、アイリーン。

 王妃は待ち望んだ第二子の流産を酷く悲しみ、病んでしまった。

 一時期は子供を求め、さまよい歩くほどに。

 そして、今はその子供の存在自体を忘れてしまったのだ。

 そうすることで王妃は自分の心を守った。

 ……表向きは。


「子爵とは上手くやっているのか」

「はい。お父様はとてもお優しいです」

「……そうか」


 顔を歪ませてアイリスの頬に手を伸ばしてきた陛下の手を反射的に避けてしまい、「しまった」と顔を顰める。

 陛下は伸ばした手を握り、アイリスに触れることなくため息を吐いた。

 

「……お前には本当にすまないことをしたと思っている。だがこうせねば王妃が壊れていた」

「理解しております」

「だが、私は」

「陛下、以前から申し上げておりますが毎日お越し下さらなくても良いのです。私のために時間を割く必要などございません」

「アイリーン、私は……」


 分かっている。

 きっとこう言うのだ。「愛している」と。

 お前が可愛い、と言って抱きしめる。

 愛娘を愛でるように。

 

(……私は娘では、アイリーンでは無いのに)


 アイリーンは死んだのだ。

 生まれた瞬間、居なかった存在にされた。

 陛下に名前は与えられたけれど、それは直ぐに必要のないものとなる。

 子爵令嬢のアイリス・ダヌシリと言う、新しい名前を貰ったから。

 

「愛している」

 

 予想通りの言葉を紡ぎだし、陛下がアイリスを抱きしめる。

 何も感じない。何も求めない。

 だってアイリスはこれ以上傷つきたくなかったから。



 ++++++++


 それはジルに進められて始めたことだった。

 陛下と同じく毎日部屋に来てくれる優しい王子様。

 兄だったかもしれない人。

 部屋に篭り、侍女も付けずに一人で何でもこなすアイリスを見て、ジルが色々な場所に連れ出した。

 その中でも気に入ったのが厨房で、次々と料理を作り上げていく料理長がいつも読んでいる御伽噺の

魔法使いのように見えた。

「私も作ってみたい」。あれが初めてジルにしたお願いだった。

 さすがに城の厨房でするのは無理があったため、ジルが幼少時代を過ごしたと言う離宮を貸してくれた。

 ただし、条件付。

 作った物は必ずジルに持ってくること。

 

 もとから器用な方だったので上手く作ることが出来た。

 初めて作ったクッキーを持ってジルの居る訓練場まで走ったことは今でも覚えている。

 どきどきしながらクッキーを食べるジルを見つめて「美味い」と言ってもらえたときは本当に嬉しかった。

 何故かじわっと心が温かくなって頬が緩んだ。

「やっと笑った」と言ってジルに抱き上げられて抱きしめられ、初めて気がついた。

 

(……私、笑ったこと無かったんだ)

  

 自分のしたことでジルが喜んでくれたのが嬉しくて。

 周りの訓練兵の人たちも食べてくれるようになって。

 皆が可愛がってくれて。

 喜びを知った。






 今日はパイを焼いた。

 最近は食べる人数も増えたからたくさん作るのが大変だ。

 

「アイリスちゃーん!! こっちこっち!」

「あ、こんにちは」

「はい、こんにちは。今ジル様の一軍、模擬戦してるからこっちおいで! 今日は何~?」

「パイにしました」


 やった! と言って笑ってくれる皆を見てとても温かい気持ちになる。

 しかし、にぎやかだ。


「……二軍は今休憩か何かですか?」

「あ~……まぁ、そう。隊長狙いの淑女の皆様が居るからね~」


 そう言われて指差された先を見れば女の人の垣根が出来ていた。

 ’隊長’などと言われても背の低いアイリスにはその人が見えない。

 でも周りに群がる女の人の様子から、その人がとても外見に秀でた人であることがわかる。

 着飾った大人の女の人は今だ幼さを残した子供のアイリスには気後れするものがあった。

 アイリスを見つけて二軍の騎士達が集まりだしたのでアイリスはパイの入った籠を一つ差し出した。


「あの、これどうぞ。帰ります」

「え?! どうして?! 何で何で何で?!!」

「え……ジル様もお忙しいみたいだし、出直そうと」

「ここで待ってればいいじゃない! せっかくジル様居ないからいっぱい話せると思ったのに!」

「……あの」

「あ、そうだ! 隊長かっこいいよ? 見ていかない? 今呼ぶからっ」

「止めて下さいっ!!」

「え……」

「あ……」


 大きな声を出してしまったことが恥ずかしくて真っ赤になる。

 言われた騎士も常にないアイリスの静止の声に驚いて大きく目を見開く。


「え、っと。ごめん」

「……いいえ。私の方こそ急に大きな声を出したりしてごめんなさい」

「え! あ、そんな謝らないでよ! 俺こそごめんね。でも、女の子は隊長を見ると驚くからきっとアイリスちゃんも驚くかなって」

「興味ありませんから」


「え~? 絶対一度は見た方が良いよ~? 目の保養になると思うし」などと言う騎士の言葉を聞き流しつつ、一歩づつ後ろへと下がっていく。

 人が多い。

 こんなにもたくさんの人を見たのは、視線に曝されているのは初めてだ。

 

(いや……)


 無意識に助けを求めて目を彷徨わせると、ちょうど女の人の間から二軍の隊長が見えた。

 美しい金色の髪に青い瞳をしたとても綺麗な男の人。

 正直、足がすくんだ。

 いくら望んでも、どれ一つとして手に入らなかったものを全て手に入れている人がそこにいた。

 完璧な美しさは否応なしにお母様のことを思い出させる。

 ふと隊長と目が合って死ぬかと思った。

 

『なんて醜いの?』

 

 そう、言われている気がして。

 覚えているはずが無いのに、その言葉だけが頭の中で繰り返される。

 美しいあの人には近づいてはいけないのだと自分に言い聞かせた。

 あの美しい瞳に自分が写されることなんて許されない。


「失礼します」

「え? あっ……! アイリスちゃーん、これありがとー!!」


 どくどくと脈打つ心臓を押さえながら、アイリスは踵を返した。




 ++++++++




 二軍の隊長はゼノ・ロペスと言う伯爵様だった。

 今まで俗世のことに興味が無かったため知らなかっただけで、その美しさを常に噂されるほどの有名人らしい。

 あれから余り訓練場に行かないように気をつけていたら、ジルが部屋まで来てくれるようになった。

 訓練が終われば必ず来てくれるジルに「これでやっとお前を独占できるな」と嬉しそうに頭を撫でられてほっとした。

 まるで妹のように接してくれるジル。

 嬉しくて苦しかった。

 

 離宮で料理を作って、ジルが部屋まで訪れて、陛下が部屋を訪れなくなって。

 とても穏やかな日々を過ごせた。


 そして、アイリスが十五歳の時。

 王妃が亡くなった。

 

 


ネタバレ。

ついに・・・!!

もう少しだけ暗い話続きます。

昔から不憫だったゼノ様を緩和剤にしてくださいww

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