異変2
アイリスがいなくなって、今度はリュカが居なくなった。
皆が’爺や’と呼んでいる古参の執事を連れて。
アイリスが消えてリュカは泣いてばかり……と思いきや案外しっかりとしていて、自身の勉学に励みつつもアイリス探索を自分なりに行っていた。
まぁ、机の下を覗き込んだり、ベッドの下に潜り込んだりと可愛らしいものであったが。
しかし、ついにやらかした。
外に出たのだ。
しかも爺だけが帰ってくると言う始末。
いつもの柔和な顔が真っ青になり、震える声でリュカの失踪を告げに来た爺は今にも死にそうに息を切らしていた。
「申し訳ありません! 私が着いていながらリュカ様から目を離してしまうなんてっ……!!」
「謝ってもはじまらないだろう。……それで、どこを探していたんだ?」
爺が言うにはリュカは城へ行こうとしたらしい。
リュカが言うにはアイリスは城の兵士に連れて行かれたらしいのだ。
だから城へ行こうとした。
しかし文も無しに突然の訪問は失礼にあたるし、爺の権限ではどうすることも出来なかった。
だから気休めに、と城下町までリュカを連れて行きリュカの機嫌を取ることにしたのだが、リュカが突然走り出し、人ごみに消えてしまった。
必死に追いかけはしたのだがそこは’爺や’。
足腰がついて行かなかった。
「……そうか」
申し訳ありません、とひたすら頭を下げ続ける爺に「大丈夫だ」と一声かけゼノは頭を働かせた。
取りあえず屋敷の者達で探すと言う手段もあるが城下では距離もあるし土地勘も怪しい。
騎士仲間に頼むか……とゼノは今にも死んでしまいそうになっている爺と一緒に城へ向かうことにした。
本来なら早馬を飛ばす所だが爺も一緒に居るし、居なくなった場所と言うのも確認しておきたかったので馬車で辺りを見渡しながら進んでいく。
すると最速で進む馬車に馬が並んだ。ジルだ。
「リュカは城に居る! 先ほど保護したっ!」
「! わかりました! ありがとうございます!!」
どちらも走りながらの会話なので声がでかい。
リュカの居場所がわかり爺が涙を流して喜んでいる。
しかし。
「物見の塔から落ちた! まだ意識を取り戻していない……はずだ。医者に渡して直ぐに来たからわからんっ」
「!! ……急ぎます!」
また蒼白になってしまった爺を連れて城へと急いだ。
胸が締め付けられるような不安に襲われながらリュカが保護されている部屋に向かう途中、珍しい人間に会い、呼び止められた。
余り会わないのに、毎日のように見ている見慣れた顔。……鏡で。
ゼノは金髪碧眼なのに対し、相手は銀髪碧眼。
全く同じ顔。双子の弟。
「ロベルト!!」
腕を捕まれて乱暴に振り払おうとするがロベルトの様子が少しおかしいことに気づいて眉根を寄せた。
ロベルトは苦笑する。
「……さすがにゼノまでは誤魔化せないな。……リュカなら無事だ。私が助けた。……受け止め損ねて地面を転がってしまったがな。掠り傷は多めに見てくれ」
「……そうか、ありがとう」
リュカが無事なことが分かってほっとするが、その話からするとロベルトはリュカを受け止めようとしたのだ。
様子がおかしいのは胸を打ちつけたからか。
見た目、そのようなそぶりは見せては居ないがゼノにはわかる。
ロベルトは疲弊している。
しかし、ここで休めと言って素直に従わないことも知っていたので何も言わない。
視線だけで心配していることを伝えた。
すると今まで黙っていたジルが口を開いた。
「ロベルト、夫人はまだ居るのか?」
「ああ、リュカも早速懐いているようだったな。……姫は?」
「……そうだな。リュカは無事だったのだな? ならばお前も来い、ロベルト。……来れば分かる」
「別に私は……」
「ロベルト!!」
「?」
急に間から口を挟んだゼノを同じ顔が見つめる。
ゼノは眉間に皺を寄せていた。
「まだジル様に対してそんな馴れ馴れしい言葉遣いをしているのか! もう子供ではないんだぞ!」
「公式の場ではきちんとしている」
「そう言う問題では……!!」
「お前達、うるさいぞ」
「!」
「私もか?」とロベルトは不愉快そうにしたがゼノは納得いかない顔だ。
そんなゼノをジルは複雑な思いで見つめ視線を下に逸らし、低く言葉を紡ぎだす。
「……グレニー夫人がリュカについてくれている」
「グレン様の奥方が?」
「ああ……あと」
「……?どうしたのですか、そのように言いごもるなどジル様らしくない」
逸らしていた目でゼノを捕らえ怒っているような泣きそうな顔をするジルを真剣な面持ちで見つめた。
「アイリスも、ここに居るんだ」
「!!!!」
大声を上げそうになって思いっきり口を塞がれた。
人目を気にしているそぶりだったので声の大きさを落とし、しかし逸る心を抑えきれずにジルの肩を掴んでいた。
「ど、どういうことなんですか!? アイリスは、私の妻はどこに……!!」
「すまん、今は駄目なんだ。……俺も最近見つけて……まさかこんなに近くにいたなんて」
アイリスが居なくなって既に三日が過ぎていた。
名誉や外聞のこともあるが、そんなことを気にしている余裕すらなかった。
だから大々的に探したし、伯爵家の情報網はもちろん、ジルも手伝ってくれて直ぐに見つけ出せると思っていた。
しかし、見つけ出すどころか情報の一欠けらすら見つからない。
ゼノは焦っていた。
先ほどロベルトの体調を気遣ったゼノだが、ゼノの方も人のことは言えなかった。
髭はもともと生えにくい体質なのでそれほど生えていないが、目の下に薄っすらと隈ができ、色男が台無しだ。
「どうして駄目なんですか?! アイリスは私の妻です! なのに……」
「ゼノ」
「お願いですジル様!」
「ゼノ」
「……ジル様ですら無理、と言う事は」
「…………」
「ジル様」
一気に血の気が引いていくのが分かる。
なぜ、あの方が。
「……これから言うことを、よく聞いてくれ」
ジルが重い口をやっと開いた。
+++++++
扉を開くとリュカが直ぐに駆け寄ってきた。
満開の笑顔で「父上ー!」と言うリュカに心底安堵してその小さな身体を抱き上げる。
「リュカ、お前までいなくなってしまったかと思った。……心臓が止まるかと思ったぞ」
「ごめんなさい……あのね、ウルが助けてくれたの! あと叔父様も! あ、叔父様、じぃやに知らせに行っちゃった! どぉしよー……」
「ああ、それならば先ほど会ったから大丈夫だ。ロベルトより先にジル様が知らせに来てくれたからな……あと、リュカ。後で仕置きするからな。勝手に居なくなったりして」
リュカが言う叔父様とはロベルトのことだ。
血のつながりで言えば叔父様、で合っているのだが紙の上では違う。
ロベルトは公爵家の人間だ。双子だが戸籍上では赤の他人。
しかし余りにもそっくりなのと、ロベルトが気にしないことから’叔父様’と言うのがリュカに定着してしまったのだ。
そして、ウル・グレニー。
敬愛するグレニー卿の新しい奥方。
驚いた。
無意識のうちに亡くなられ前の奥方のように可憐な少女のような人を想像していたからだ。
意外なことに目の前に居る女性は妖艶なる美女だった。
ジル以外で見たこともなかった黒髪に黒い瞳。
大きな胸、細くくびれた腰、滑らかな曲線を描く腰から尻にかけてのライン。
そして大きな垂れ目に厚めの真っ赤な唇。その口元にあるホクロ。
全てが男を挑発しているように見えた。
しかし気になる点が一つ。
「……女性にそのような顔を向けられたのは初めてです。……私はゼノ・ロペス。血のつながりで言えばロベルトの兄にあたります。以後、お見知りおきを……グレニー夫人」
すっと手を差し微笑むが、グレニー夫人は何とも言えない顔をした後に、差し出されたゼノの手を恐ろしいものでも見るように顔を強張らせて、恐る恐る差し出された手を握って握手を交わす。
「……先にあなたに会っておきたかったわぁ」
「?」
訳がわからなくて首を傾げると残念そうな顔でじろじろと観察された。
よく分からないが嫌われてはいないようだ。
ジルに言われたことを思い出し、ぐっと眉を寄せがくっと落ち込むが気を取り直して何やら関心してゼノの顔をじろじろみているグレニー夫人を見つめた。
「……グレニー夫人、お願いがあります」
「うん、嫌」
「実は……え?」
「聞こえなかったぁ? じゃあ、もう一回言ってあげる。い・や」
断られるなんて思っても見なかった。
いや、まだ内容を言っていないせいもあるだろうがここまではっきり言われたのは初めてだ。
無意識に眉が下がってしまう。
「そ、そんなことを言わずに、協力してくださいっ!! お願いです!!」
頭を下げれば腕に抱いていたリュカも一緒に頭を下げた。
是と聞くまで頭を上げるつもりはなかった。
あのジルが言ったのだ。
「……もしかすると、鍵になる人、かもしれない」と。
どうしようもない、どうすることも出来ないこの事態に少しでも波を立ててくれる可能性がある人。
……かもしれないだけだが。
藁にも縋る気持ちなのだ。
曲げられない意志を曲げるために。
決められた事実を壊すために。
「妻を……アイリスを取り戻したいんです! ……あの方、我が陛下から」
グレニー夫人が大きなため息をついた。
現実逃避~・・・・はぁ、自分で言ってて痛い・・・。
いや、とにかくやっとリンクしました!
うるさん出ました~
・・・次、ちょっと嫌ぁ~な展開になるやも
とにかく頑張りますの