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伯爵様の新妻  作者: 小宵
Ⅰ:伯爵様と意中の令嬢
11/23

変化3

 

 アイリスは紅茶が好きらしい。

 いつも自分で入れたがる。

 味も完璧だ。

 カップの保温からお湯の温度、茶葉の厳選……。

 今日の気分はミルクティーらしい。

 部屋にアッサムの香りが広がっている。


「アイリス……好きです」

「まぁ……ゼノ様、危ないですからもう少し待っていてください」


 ティーポットを持ち上げたままのアイリスが困ったように笑う。

 後ろから抱きしめて、自然とアイリスを拘束した形になっていた。

 

 グレンからゆっくり進むように言われたが、この衝動は抑えられるものでは無かった。

 好きな女が目の前にいて、穏やかに微笑んでいるのだ。

 しかもそれが妻なら我慢する必要もない。

 ……はずだ。


 だいたい、このふわふわの髪がいけない。

 思わず顔を埋めたくなるではないか。


 そんなことを考えながらアイリスの頭に頬を埋めて頬ずりをする。

 アイリスはいつものように困ったように笑う。

 だが、逃げない。

 多くを望まなければ穏やかな日々が過ごせる。

 

 一応、これでも抑えているのだ。

 ’ゆっくり、ゆっくり……’と自身に言い聞かせ、焦る気持ちを押さえつける。

 

 本当は自分と同じだけの思いを返して欲しい。

 同じだけ、自分を求めて欲しい。

 

 アイリスは相変わらずリュカの部屋で眠っている。

 そして、ゼノも。

 リュカを挟んで川の字で眠る、何とも言えない日々。

 アイリスの隣に眠ろうとしてもリュカがころころと転がってきて邪魔をする。

 ……絶対確信犯だと思う。


 要するに、欲求不満。

 抱きしめるくらい許して欲しい。

 もう直ぐリュカの勉強時間が終わってここに来るはずだ。

 それまでの短い二人きりの逢瀬なわけで。

 何故逢瀬かと言うと、リュカが来るとアイリスはゼノの存在を忘れる。

 何度、「あ、いらっしゃったんですか?」と言われて撃沈したか分からない。

 リュカがいないこの時間帯が唯一ゼノがアイリスを独り占めできるときなのだ。

 埋めた頬をぐりぐりと擦りつける。

 

「アイリス、少しは私にもかまって下さい……」 

「まぁ……そんな子供のようになさって」

「……あなたにかまっていただけるなら子供で構いません」

「まぁ……ふふ、仕方がありませんね」

「!」


 驚いた。

 アイリスが微笑んで少し背伸びしたかと思うと、ゼノの頭をよしよし、と撫でたのだ。

 しかも、見惚れるほどの自然な笑顔。

 

 ゼノはぱぁぁぁ、と顔を輝かせた。

 その顔は子供がご褒美を貰った時のような満開の笑顔で。

 アイリスも釣られてほにゃ、と笑顔になってしまう。


 しかし子供ではない。


「ああ、アイリス!」

「きゃっ……あ、え? んぅぅぅ~!」


 感極まったゼノに抱き込まれ、その美しすぎる顔が近づいたかと思うと吐息を奪うように口付けられた。

 初めての不意打ちにアイリスはパニックになる。

 口を離してはうっとりとアイリスを見つめ、また口づける。


「ん……ゼノ様、まっ……んぅ」

「ああ、アイリス……好きです。愛しています」


 カクンっと膝の力が抜けてしまったアイリスを抱き上げ、ソファに横たわらせてそのまま覆いかぶさるように包みこむ。

 アイリスの心拍数は半端無く、涙目になって困惑している。

 止めなくては、と思うのに止まらない。

 我慢に我慢を重ねているだけに、一度それが崩壊するとなかなか止まれない。

 

 震える小さな体。

 不安げに揺れる潤んだ瞳。

 ゼノに吸われて赤く熟れて濡れた唇。

 全てがゼノを刺激していた。


 しかし、またその唇を貪ろうと顔を近づけた、そのとき。

 ぎゅっとアイリスが目を閉じた。

 その顔を見てぐっと留まって理性を総動員する。

 顔を伏せ、アイリスの胸に顔を埋める。

 

「……ゼノ様?」

「すみません……もう少し、このまま」


 とくん、とくんと鳴るアイリスの鼓動を聞きながら、心を落ち着けさせる。

 

 アイリスはきっと抗わない。

 ゼノが望めば、妻としての役割を果たそうとするだろう。

 ……我慢して。

 

 グレンが来てからアイリスは少し変わった。

 どこがどう変わった、と言うわけではない。

 強いて言えば考えないようにしている、と言う感じだ。

 何も考えないようにして、流れに身を任せている、そんな感じ。

 投げやりな感じもするがこれは確実に進歩している……はず。


 その証拠に最近、好かれている自信ができた。

 でも、足りない。

 好かれてはいるが、愛されてはいない。

 まだ。

 諦めるつもりはない。

 きっと身も心も手に入れてみせる、と密かに心の中で誓っているそのとき。

 扉の向こうから執事の声と甲高い子供の声が聞こえてきた。


「いけません、坊ちゃま。もう少しだけ我慢なさって下さい。やっといい雰囲気に……」

「やーだー! 僕、アイリスと遊ぶんだもん! そのためにお勉強も頑張って早く終わらせたのに!!」

「だからと言って三日分の課題を一日で終わらせるなんて……流石坊ちゃま! ……ではなく! 珍しく旦那様と奥様がいい雰囲気なのですから、ここは我慢して……」

 

 伯爵家の使用人は皆リュカにめろめろで、大抵の事は聞いてしまうのだが、今回は違った。


 見目麗しく、王族の覚えもいいゼノに使えることは使用人達にとって誇りだ。

 そんなゼノが後妻に選んだのはこれと言った特徴もないただの貧乏貴族。

 もちろんいい気はしなかった主人が選んだ人。

 初めは刺々しい態度を隠しもしないメイドもいたが、それも今ではなくなっている。

 貧乏といってもアイリスは貴族なのだ。

 それなのに、奢ったところがまるで無く、素直で優しく穏やかで。

 使用人にも気遣いを忘れないアイリスを古参の使用人は直ぐに好きになった。

 若いメイド達はまだ納得いかない者もいるようだが、上が認めているためしぶしぶ引き下がっている。

 

 前妻のベアトリスは気高く見栄っ張りな、まさに貴族と呼ぶに相応しい人だった。

 わがままな女主人に使用人共々酷く困らされたことを今でも覚えている。

 でも、ある意味使え甲斐のある相手だったともいえる。

 それは使用人にとってであり、夫にとっては違ったようで。

 敬愛する美貌の伯爵様はいつも疲れたような顔をしていた。

 

 それが今ではどうだろう。

 

 仕事ができ、武にも通じるゼノは貴公子で紳士なゼノが今だ嘗て、あのように感情をむき出しにすることなど皆無だった。

 まるで初めて恋をした男の子の様。

 毎日撃沈しているが、アイリスの傍にいるだけでとても幸せそうに笑うゼノに古参の使用人たちは生暖かい目で見守っているわけだが。


 どう考えてもリュカが邪魔なのだ。

 アイリスも使用人たちと同じようにリュカにめろめろで、リュカがそこにいるだけで他のことが目に入らなくなる。

 

(確かにリュカ様は世界1可愛らしく聡明で素晴らしいですが……!!)


 流石に同情を禁じえないゼノの奮闘ぶりに使用人一同、涙がちょちょぎれる気持ちだった。

 それがやっと今、いい雰囲気になっているのだ。


「坊ちゃま、お願いですから……旦那様と奥様が仲良くなると嬉しいでしょう?」

「何いってるの?」


 執事ははっとしてリュカを見た。

 極上の笑顔で扉に手を掛けながら振り返る。

 天使のように愛らしい。……しかし。


「だから、行くんじゃないか」


 邪魔しに。

 と幻聴が聞こえた気がする。


(お、奥様……!)


 リュカの顔が前妻・ベアトリスの顔に重なった。


 







「あー!! なにしてるのー!? アイリス、泣いてる? ……だいじょぉぶ?」

  

 ソファに押し倒されたままのアイリスの顔を覗き込んでリュカの方が泣きそうな顔を作る。

 アイリスはぱちくりと目を瞬き、リュカを安心させるように笑顔を作った。

 ゼノがむっとしてリュカからアイリスを奪い返すようにアイリスごと体を起こして腕の中に隠す。


「リュカ……お前は遠慮と言う言葉を知らないのか?」

「何言ってるのー? そんなことより、アイリス返してよー!」

「な! 返すも何もアイリスは私のものだ!」

「ぼくの!!」

「まぁ……」


 ゼノに抱き込まれてドレスの裾をリュカに引っ張られて苦笑するしかない。

 この親子喧嘩も今ではほぼ日常茶飯事と化している。

 

 アイリスはこのときのゼノが好きだった。

 大きな子供か弟が出来たような気分になるのだ。

 

 このときのゼノにはどきどきしない。

 とても安心する、’家族’の空気。

 この空気をとても愛おしく思う。

 ……泣きたいほどに。


 大きな背中に腕を回して抱きつくと、甘いムスクのような香りがした。

 無意識にそれを吸い込んで首筋に顔を埋める。

 温かくて気持ちいい。


「な、ななななな……! ア、アイリス!? どうしたんですか?! い、いえ、嬉しいですけど……」

「あ……ごめんなさい」

 

 はっとして離れようとしたら「あ、駄目です!」と逆に強く抱きしめられる。

 性的なものを感じさせない抱擁は、とても安心する。

 ずっとこのままでもいい、と思うくらいに。

 

 いつに無く抱きしめ返してくれるアイリスにゼノは幸せをかみ締める。


「……ちょっとー! ぼくを無視しないで!! アーイーリースぅー! ぼくもぉー!!」


 親子にサンドイッチ状態にされて、アイリスは笑う。

 この穏やかな時間がいつまでも続けばいいと思う。

 





 好きになりたくない。

 だって、好きになればなるほど人は貪欲になる。

 その人がいつまで自分を愛してくれるか分からないのに。

 その人にいつ捨てられるか分からないのに。

 もう二度とあんなに不安な日々は過ごしたくない。

 あんな思いをするぐらいなら一生一人でいいと思っていた。

 

 この人は伸ばした手をいつまでも握っていてくれるだろうか?

 離さないでいてくれるだろうか?

 ずっと愛してくれるのだろうか?


 どんなに自問しても答えはでない。

 信じるか、信じないか。

 ただそれだけ。

 でも、それが難しい。


 ただ、自分が傷つきたくないだけ。

 痛いのは嫌だ。


 

 アイリスを挟んで言い合いを続けるゼノとリュカ。

 今はこれで許して欲しいと思う。

 そんなに強くはなれない。

 自分が大事だ。

 傷つくのが怖い。

 自分を守るだけで精一杯なのだ。


 でも、もし。

 信じられるときが、信じたいと思えるそんな日が来たとしても、ゼノなら温かく包んでくれる、そんな気がした。

 

 アイリスは片手でリュカを抱き寄せ、リュカごとゼノに包まれた。

 

 温かい。

 そう、思った。








 

 

 

変化3でやっと変化が出せた!気がしますw


ここからさらに変化をつけられたらいいな、と思います!

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