告白
すいません、思いついちゃったんです。
決して他の作品を投げ出したわけではありませんのでご安心を!!
純金を思わせる黄金の髪を長めに伸ばし、瞳は澄み切った青。
この国一番の美男子とされる伯爵、ゼノ・ロペス。年は二十六歳。
近年、妻が病気を患い、五歳になる息子を残して亡くなったばかり。
いわゆる子持ちバツイチである。
にもかかわらず、その美貌と伯爵と言う地位と優しい性格で求婚者が後を絶たない。
そんな彼だが、数多くの女性達のアプローチをかわし、思いを寄せる女性がいた。
子爵令嬢のアイリス・ダヌシリ。
小麦色の髪を腰まで伸ばし、癖毛なのかカールしていて、ふわふわしている。
瞳の色もこげ茶色で、この国では珍しくも無い平凡な容姿をしていた。
秀でて美しいわけではないが、童顔で笑うと子供のようでとても可愛らしい印象になる。
外見とは裏腹に、とても落ち着いた穏やかな性格をしており立派なレディだった。
今年でアイリスは十七歳。
結婚適齢期だ。
今まで舞踏会で何度かダンスを申し込み踊ったが、他の女性のように媚びるところがなく、目が合えばにっこりと微笑み返してくれた。
初恋、だっだ。
妻とは政略結婚で、身分がゼノよりも高かったし、別に好いた女性がいたわけでもなかったので了承した。
妻を愛することは出来なかった。
妻も愛していたのは外見だけだったようで、まるでアクセサリーか何かのような扱いだった。
他の女性達も、ゼノの外見に惚れ込み、財産に惚れ込み、地位に惚れ込んだ。
確かに女性は可愛く、可憐だと思うが、欲望に満ちた瞳をみると疲れる。
そして、いつも探してしまうのだ。
無邪気に笑ってくれるアイリスを。
しかし、アイリスを最近見つけられることは無かった。
これでは何のために来たくも無い舞踏会に顔を出しているのか分からない。
幸い、アイリスの身元がはっきりしていたので調べたところ、理由はすぐに分かった。
子爵家の経済難。
お金が無いのに、土地の維持費や国に払う税金でさらになくなっていく。
普通の貴族ならばそこで領地の民から税金と称して金を巻き上げるのが普通だろうが、子爵はそんなことはしなかった。
自分達の生活が苦しくなろうとも、必死で民を守ろうとしているのだ。
そしてアイリスも、ドレスや靴などの豪華なものを売り払い、少しでも子爵の力になれるように働き始めたらしい。
それを知ったゼノは居ても立っても居られなくなり、その身一つでアイリスの元まで馬を走らせた。
子爵邸に行けば、アイリスは居らず、聞けば孤児院で手伝いをしているそうだった。
孤児院に行けば、アイリスは直ぐに見つかった。
子供達に囲まれ、笑っているアイリスを。
侍女のような服を身にまとい、貴族の娘が洗濯物を運んでいるのだ。
ゼノは胸が締め付けられ、苦しくなった。
(守ってあげたい)
思うと同時に、体が勝手に動いていた。
ゼノに気づいたアイリスが驚愕に目を見開く間に、アイリスにどんどん近づいていき、手をとり膝まづく。
困惑するアイリスを見上げ、手に小さく口付けた。
「ダヌシリ嬢、私と結婚してください」
「まぁ……」
口付けられて真っ赤になっているアイリスと、射抜くような目でひたすらアイリスを見つめるゼノ。
そして「キャー!」「けっこーん!!」「結婚?」と周りで騒ぐ子供達と、「おねーちゃん結婚するの?」「どこかにいっちゃうの?」とアイリスの腰に纏わりつく子供達。
子供達に揺すられて、はっとしたアイリスはにっこりと笑い、子供達の頭を撫で、ゼノの前にしゃがみこんだ。
「伯爵様、どうかお立ち下さい。お膝が汚れてしまいます」
「ゼノ、と呼んでください」
握っている手を更に強く握り締め、熱い視線をアイリスに向けると、困ったように微笑まれた。
困った顔も可愛らしいと思っていると、立つように促されたので立ち上がる。
そうすると、ゼノより頭二つ分低いアイリスが今度はゼノを見上げる形になる。
見上げるアイリスも可愛らしい。
「伯爵様、場所を移しても?ここでは色々と問題がありますので」
「……あぁ、構わないよ。こちらこそ失礼した」
ゼノ、と呼んでくれと言ったはずがスルーされてしまい、少しショックを受けつつ、こんな大勢の、しかも孤児院の真ん中で言うべき台詞ではなかったと反省する。
移した場所は子爵邸の庭だった。
ちょっとしたお茶席があり、座るとアイリスの居場所を教えてくれた初老の執事が紅茶を用意し始めた。
「ありがとう、マルキー」
「とんでもございません、お嬢様。では御用があればおよび下さい」
執事にまで惜しげもなく笑顔を振りまくアイリスに愛しさが募り、同時に嫉妬した。
あの笑顔を自分だけのものにしたい、と。
「このような格好で申し訳ございません。本来ならば客室にお招きするべきなのですが……少し、事情がありましてお通しすることができなくて……」
「そんなことはどうでもかまいません」
困ったように微笑むアイリスの両手を自分の両手で包む。
「ダヌシリ嬢、いえアイリス。もう一度言います。私と結婚して下さい」
「ごめんなさい」
ゼノは一瞬何を言われたか理解できなかった。
「……今、何と?」
「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」
ゼノは真っ白になった。
人生で初めて振られる、と言う行為を今体験している。
しかも初めて好きになった愛しい女性に。
「何故ですか? 確かに年は離れていますし、子持ちですが、あなたにとっては悪い話ではないはずです。……もしや気にしているのは持参金ですか?そのような物は不要です。寧ろこちらが資金援助を申し込む予定でしたし、それに……」
「申し訳ありません」
全身の体温が一気に下がり、震えそうになる。
ゼノは考えた。何がいけない?
容姿は誰もが認めるこの国1番の美男子。
地位も名誉も金もある。
性格とて紳士的で優しいと評判のはずだ。とくにアイリスにはいいところしか見せていないはず。
バツイチの子持ちだが、貴族では愛妾や愛人を持つのは普通のこと。
寧ろ前妻が居ないのだから、気にすべきことではないはずだ。
「……何がいけないのですか?私ではどこが不満なのでしょうか?」
「不満だなんて……あなた様は完璧なお方です」
「では、何故!!」
「その、私には勿体無いお申し出です。見ての通り、私の家にはお金がありませんし、身分も容姿も何一つとして伯爵様につり合いませんし、利益にもなりません」
「そんなことはどうでも良いのです! アイリス、私はあなたを愛しています」
両手を握り締め、気持ちを告げても、アイリスは困ったように笑うだけだった。
振られることなど考えもしなかった。
寧ろ自分を振る女性がこの世に存在したことが驚きだ。
どうすればいいのかまるでわからない。
ゼノは初めて泣きそうになった。
「お気持ちはとても嬉しいのですが、伯爵様」
「ゼノ、と」
「……伯爵様」
「……はい」
「手を離していただけませんか?」
「…………」
「伯爵様」
「……はい」
しぶしぶアイリスの小さな手を開放すると、ほっと息を吐かれた。
そのことにまた泣きそうになる。
我慢しようと俯いていると、アイリスが立ち上がり、止めを刺した。
「あの、伯爵様、そろそろ失礼しても? 次の予定がありますので」
ゼノは撃沈した。