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9話『労働』

早朝のサーク村にて……

「にしても、意外ですよね。あんなにあっさりイツミさんが奴隷契約を受け入れるなんて」


名前も知らない看守みたいな村人の指示の下、早速私たちは村での雑用を全て引き受けることになった。

時間は朝6時ぐらいかしら。

農家の人たちが畑の様子を見ている中、清掃活動の一環で私たちは民家の壁を拭いていた。


「あっち側の都合らしいが、俺らに課せられた縛りは『サーク村のために尽くすこと』、ただ1つだ。非常に曖昧で広義だが、その分俺らにも有利に働く可能性がある。後は…………いや、何でもない」


イツミさんが私の首辺りに目線を向けていたのを逸らして、口を籠らせてしまった。


ひょっとして……


「まさか、私の首がナイフでグッサグサにされそうだったからですか!?イツミさん、私のこと案外大事に想ってくれてたりします?」

「黙れ。手元が狂うぞ。────会ってまだ4日だぞ?確かにあの晩、牢屋の中で色々語り合ったが、実際のところ仲はそこまで進展してないだろう。お前だってそう思っているんじゃないか?」

「────」


それは、そうなんだけど。

なんか、いざそう言われるとちょっと傷つくというか、イラッとくるというか。


モヤモヤした気持ちを発散しようと布巾をせっせと動かして、木造の壁を拭く。



そんな、ちょっと雰囲気が悪い無言が少し続いた時だった。

私が頑固な汚れを擦り取っている中、イツミさんが話しかけてきた。


「なあ、エリーシャ」

「なんですか、イツミさん」

「さっきから気になっていたんだが、俺に対して敬語止めたんじゃなかったのか?」

「…………あー。アレは……その……一時的と言うか。なんと言うか」

「一度アレだけタメ口で俺を責めたのに、まだそんな言葉遣いするのか。正直こっちとしちゃ気味が悪いからな」

「距離を置いたり縮めたりどっちなのこの人……!」

「それはお前もだろ」

「なんなんですか!?本当は私と仲良くなりたいけど、私にその気がなかったら怖いから予防線でも張ってんの!?」

「────」


無言で目を逸らすってことは図星かよ……!


私がイツミさんに敬語を使わないであの時怒ったのは、一時的に女神と勇者の見習いという関係性を解除して、彼を1人の人間として扱っていたからだった。


つまり、ナビゲーターとしての立場を放棄してたってことなんだけど、その意味をイツミさんに説明してもきっと伝わらないだろうし、理解してくれるとは思えない。


だけど……まあ……イツミさんがこう思っちゃってる責任の一端は私が担っているようなもんだし、ここは私の方から折れてやるべきかもしれない。


やれやれ、面倒で手がかかるわね、ほんと。


「はあ…………口動かす前に手を動かしなさいよ。契約紋が『サーク村のために尽くしてない』って判定したら、即ビリビリってやられちゃうんだから」


私たちの、右手の甲に刻まれた契約紋。


この契約紋は、契約対象者が契約者の奴隷であるという証みたいなものだ。

契約対象者が、縛りの内容に反したと契約紋が判断したその瞬間、身体の自由が利かなくなる程度の攻撃をしてくる。


つまり、私たちが今お伺いを立てないといけないのはサーク村の人たちだけじゃなく、自分らの身体に浮かび上がるこの紋にもってことになる。

むしろ、24時間監視されてる分こっちの方がタチ悪い。


そうそう、私の口調についてだけど、イツミさんはなんだか満足しているみたいで、止めていた手をせっせと動かしていた。


「そう、それで良い。ちなみに、お前がさっきから熱心に擦ってるところだが、それ汚れじゃなくて木目だぞ」

「…………マジかよ」


知ってたんならさっさと言えっつーの!



◆◇◆



清掃は、終わりがない。

いくら綺麗にしようがどうせ汚れるからキリがないってのもそうだし、掃除しなきゃいけない範囲は“サーク村全域”なわけだから、その時点でもう無理よね。


美化ってより、どっちかって言ったらやっぱ懲罰的な意味合いの方が強いみたい。


そうやって罰せられてる私たちの次の労働は、村の農業だった。


でも、農業とは言っても、鎌で小麦の収穫とか、果物をもぎもぎとかさせてくれないし。

てか、そもそも大切な作物を直接触らせてくれるほど私たちに心は許していないみたい。


そういうわけで、私とイツミさんは村の人たちの収穫物が詰め込まれた重い重ーい袋や箱を荷車に乗せて、村の蔵みたいなところまで運ぶ。


「おっも……!イツミさん、もうちょっと力入れらんないの?さっきから明らかに手抜いてるように見えるんだけど」


私が荷車を前から引いて、イツミさんが後ろから押す。


そうやって運んでるわけなんだけど、私からしたら死角なのをいいことに、イツミさんはサボりがちだ。


「そうやって手抜きしてると、次イツミさんが前やっても私一切手伝わないからね?それが嫌だったらちゃんとやって!それに、手抜きも酷いと契約紋だってアウト判定出すわよ!」

「────」


私が呆れながらそう言うと、イツミさんは少し黙った後、急に思いついたとばかりに私にある提案をしてきた。


「エリーシャ、幾らか金を貸してくれ」

「なに言ってんの?」

「良いからあげるつもりで貸せ」

「はあ……。なにに使うんだか分かんないし、そもそもこんな状況でお金持っててもしょーがないでしょ。村の人たちに賄賂でも渡す気?」


この人(イツミさん)ならやりかねない。

でも、賄賂なんかじゃどうにもならないくらい、この村の私たちへの反感みたいなのはデカい。


そんなことを思った私はお金を出し渋っていた。


「安心しろ、“アレ”を発動するだけだ。────────え、まさか、忘れたのか?サーク村に着くまでの道のりで、お前には俺の持っている異能を大体は開示したはずだが」

「確かにイツミさんのステータス表を一緒に見たけど……。あなたの特恵の 《怠惰なる矜持》はなんかこう、色々おかしいのよ。多分アレね、純粋な諸々のステータスがドベってるニートだからこそ、それを補う感じで他所と方向性が違うというか」

「そうか、忘れているなら思い出させてやる。良いからとっとと寄越せ、3000ゴールドぐらいで良い」

「はあ……。“ぐらい”なんて言っても3000ゴールド稼ぐのに普通ならどんだけ頑張んなきゃって話なんだけど。────────ほら、これで満足?」


ナビゲート期間の、神界からの資金援助。

私は、疑念を抱いたまま渋々手を叩いて、頭上から3000ゴールド──1000ゴールド札3枚──を出して、そのままイツミさんに渡した。


すると、嫌らしいことにイツミさんは受け取った早々に態々札勘定までして、きちんと3枚あるかどうかを確認した。


いや、お金にがめついのは悪いことじゃないけどさあ……。

ちょっとは私のことを信用しても良いんじゃないの?


当然、そんなことされたら私だってあんまり良い気持ちはしない。

ただでさえ、私が今あげたそのお金の用途が不明なのに。


「ふふ、魅せてやる。【先立つ物は所詮金(マネーゲーム)】発動……!チャージ、3000ゴールド。パーチェス、パワー」


ジャラジャラドキュドキュン!


イツミさんがそう呟くと、私があげた3000ゴールドが独りでに浮き、札から光り輝くコインに変化した。

その勢いのまま、弾けるような音を立てたコインが、イツミさんの両腕に吸収されていった。


挿絵(By みてみん)


「世の中金が全てじゃない。但し、俺は除いてな。知っているか?俺が金で買えないものはないんだ。“力”ですら金で用意できる。こんな風にな」

「一体、なにをするつも……」


────────!?


その瞬間、私は目の前で起きていた光景に放心してしまった。

だって、あれだけ運ぶのに苦労していた荷車を、あのイツミさんがいとも容易く引いてしまっているのだから。

しかも、私の補助は一切ない。


「す、すごい……!」

「そうだろう。ぬ……?うおっ!?」

「ちょ、イツミさん!!大丈夫?」


だけど、石ころにでも引っかかったのか、それとも別の原因か、イツミさんは勢いよく顔から転んでしまった。

それだけでなく、急に転んだものだから自分が引いていた荷車に追撃されてしまってる。


「ふう…………。やれやれ、出力の調整に失敗したか。1秒に1000ゴールド配分の出力だと、不発動時とのブレがかなりあるな。そこの感覚も掴んでいかないと、却って自分の首を絞めることになりかねん」

「そっか。もしかして、それが例の【先立つ物は所詮金(マネーゲーム)】?」


先立つ物は所詮金(マネーゲーム)】。

サーク村への道中、《怠惰なる矜持》を解説していたイツミさん。

その特恵からなる異能の1つにそんなのがあった。


その時の話では、確か……


「確か、自分が持っているお金を消費して、一時的に自分を強化できる異能よね。正直、あんま言ってることよく分かんないけど」

「細かいところは少し違うが、大体そうだ。そして、その強化の度合いや期間の長さは消費する金の額次第。1秒1000ゴールドは流石にやり過ぎだったようだ。次は1秒250ゴールドぐらいでやってみるか。エリーシャ、金を頼む」

「う、うーん。…………まあ、荷物を運ぶためだし……仕方ないわね」


ナビゲーターを務める神の特権の1つの“1日30000ゴールドまで援助金を神界から降らせる権利”。

本当は、食費とかに回すべきお金なんだけど、村で罪人として生きている私たちがお金を使う場面ってのは基本的に訪れない。

そもそも、この村はお店の1つも建ってないし。


あと、重労働が少しでも楽になるってこと考えたら、ね……。


だから、私としては拒否するつもりはまったくないわけで、3000ゴールドを出してあげた。


「【先立つ物は所詮金(マネーゲーム)】発動!チャージ、3000ゴールド。パーチェス、パワー。────行くぞ!うおおおおおおおおおお!」

「へー。結構やるじゃん」


さっきほどの爆発力はないけれど、荷車を運ぶイツミさんの姿は安定感がある。

日頃の非力なイツミさんでは絶対に見せてくれないない光景ね。


「今回は3000ゴールドを1秒250ゴールド計算で力に変換するとか言ってたから……えーっと…………」


木の枝で地面に筆算をして、3000を250で割る。

出た答えは……


「12秒!12秒間イツミさんはこんな感じで荷車を運べるってわけね!」

「おい。俺が珍しく労働に勤しむ姿を見ないで、何で地面見てるんだお前」

「あ、ごめん。頑張って計算してたから最後の方よく見てなかった。────でも凄いわね!これなら早く作業が終わりそう!」

「まあ、12秒に分配しているから、出力自体は3秒分配のそれとは比べ物にならんくらい弱い。だから、後ろからお前は荷車を押し続けろ。しかし……残りの積荷から考えると、これを残り往復7セットってところか。金の節約のために、荷台に何も載せてない復路では使わない方が良さそうだな」

「────そ、そうね」


この人は、普段はなにを考えてるか全然分からない。

ひょっとしたら、なにも考えてないのかもしれない。


でも、今日のイツミさんはなんだかいつもよりちょっと頼れるような、なんだかそんな気がした。



◇◆◇



労働が一段落した私たちは、周囲の村人から睨まれながら、事前に支給されていたお昼ご飯を食べる。

ちなみに場所はと言うと畑道。

地べたに座って食べてるけど、それは他の村人も一緒だから待遇面ではそんな変わんない。


でも、はっきり言って気まずいからひっそりとしたところで食べたいけど、例の偉丈夫こと私たち奴隷のご主人様が『次の指示をするのにどっか行かれちゃ面倒だからここで食ってろ』って言うんだからしょうがない。


すると……


ドンッ!


イツミさんの背中が、後ろを歩いていた誰かに小突かれる。


その正体は、言わなくても判ると思うけど村人だった。


イツミさんがやらかしてから、まだ丸1日と少し。

やっぱり、村の人たちの怒りは依然収まる気配がない。


だけど、今回の攻撃はちょっと悪質。

当然、イツミさんも抗議をする。


「チッ……!────あー!今ので背骨がイカれた!お前が私怨で俺の背中を突いたせいでこの村の為に行動できなくなったらどう責任取ってくれるんだろうな!?」


珍しく大きく声を張り上げて怒りを露わにしている。

あちらの気持ちは分かるけど……今回ばかりはイツミさんが被害者ね。


イツミさんのキレ方がどことなく演技っぽいのがちょっと気になるけど。


「あぁ……?お前らみたいな不審者はこんぐらいの扱いで良いだろ!」

「何だと……?」

「白々しいな。最近うちの村の辺りを彷徨いてる賊の手先のくせに」

「賊……?」


村人の予期しない言葉にイツミさんが固まる。


“賊”、か。

そういえば、村に入る時、門番の人がそんなようなこと言ってたかも……。


でも、滞在してほんのちょっとで言っちゃ悪いけど、この村には賊が襲うほど珍しいものはなんにもない。

そこの話は例の門番が言ってた通りだった。


あの時は、結構礼がなっちゃないと思ってたけど、今思い返せばその気持ちも分かるような分からないような……。


私がそんなことを思ってると、イツミさんが割り込むように手のひらを向けて。


「ちょっと待て。確かに、青少年を狂わせそうな容貌だが、性格はそこそこ優しかったり気配りができたりするエリーシャを疑うのは違くないか?」

「────!?」


い、イツミさん……!?

容姿はともかく、自業自得とはいえこんだけイツミさんと一蓮托生(共倒れ)してるのに、性格が“そこそこ”認定な意味が分からないけれど、私のこと守ってくれてるのかな?


「だから、その連れである俺を疑うのも間違っている」

「…………」


あー、はいはい。

私のことを守ろうとかじゃなくて、比較的信用されそうな私のことをだしにして疑いを晴らそうとしてのね。


とまあ、そんな無意味なイツミさんの主張を、聞く耳すら持ち合わせない村人は舌打ちをして、イツミさんの胸ぐらを掴んで怒りをぶつける。


そして、掴むだけならまだしも……


「お前、マジで殺すぞ!村を陥れようとする犯罪者がッ!!」


本当に殺しそうな剣幕で迫ってる。


うーん、これはマズいわね。

ちょっとした接触だったらまだしも、暴力沙汰になるんなら看過できないわ。


当然、座ってお昼ご飯を食べてる私だって立ち上がることに決めた。


「ちょっと!イツミさんの言葉にムカつくのは今に始まったことじゃないけど、今、私たちはしっかり罪人としてこの村に尽くして償ってる。だから、多少の嫌がらせは受け入れるけど暴力を振るわれる筋合いはないわ!あと、信じようが信じまいが自由だけど、あなたの言ってる賊とかほんと知らないから。これ以上変な言いがかり付けないでよ!」

「あぁ!?」


私がイツミさんと村人の間に割って入り、なんとか胸ぐらを掴んだ手を離させた。


その代わり……村人は私に詰め寄ってきてるけど……。


「言いがかりなんかじゃねーよ。お前らのあの行為が全ての証拠だ!本当は、その飯だってお前らが食う資格なんて──」


ああ、私このままだと殴られる……!


村人の、怒りのまま振るわれる拳に、私は反射的に目をつぶって身構える。


その時だった。


「────それは違えな。例え善人だろうが悪党だろうが、真っ当に働いている奴が飯を食う、それは守られなきゃならねえ世の中の摂理だろ。少なくとも、サーク村がそれを守れねえ掃き溜めに落ちた覚えはねえ」

「「────!?」」


その拳が、私に振るわれることはなかった。


「や、ヤニク……!」


村人の拳を止めたのは、私たちの現在の上司と言っていい、奴隷契約主の男だった。

部下を守るのが上司の務め!

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