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5話『世界で一番幼稚な嘘』

揺れる馬車の中で──

エスの街のあるザーイル大陸は、地理的には西にある大陸で、現状世界で最も治安が安定している地帯と言われている。


って言うのも、魔王の襲撃の頻度が他地域に比べたら低く、それでいて、いざ襲撃時に軍備される配下たちは“弱者”であることがほとんどだから。

つまり、侵攻自体は稀に行われるものの、名目上に留まっている────って話。



これは、他大陸や他島嶼より、商業で栄えている都市国家含む国家がザーイル大陸に点在していることが大きい。


そういうわけで、ザーイル大陸にあるいくつかの国や街の例に漏れず、ここ一帯は比較的平和な時が流れている。

よって、街の出入りも容易にできるのだった。



…………という話をしたり、神界で配られたステータス表を見ながら、イツミさんが持つ特恵からなる、かなりクセの凄い異能の話をしたりして。

そうして、私たちはサーク村の入り口へと辿り着いた。


「とーちゃく!どうですか?馬車を使うまでもないくらい近かったでしょう。この距離の道ならイツミさんでも余裕で覚えられるし歩けるんじゃないですか?私の元から巣立ったら、まずはこの村に行くのもアリですね!」

「しんどい、辛い、くたびれた。お前の話を信じて、家からコンビニ行くノリで行ったらこれだ。1時間も歩かせやがって。まさか馬車が1日に朝夕1本ずつの計2本しか運行していないとはな。とんだど田舎が!」

「あの、馬車がどーたらこーたら言ってますけど、パパッと歩けば40分もしないなだらかで穏やかな、田舎感はちょっと出てますけどそれなりに整備されてる一本道に、そこまで不平を垂らしちゃうような人って、一体どこを歩けば満足すると思いますか?」

「────」


イツミさんに対する遠慮が、私の中にちょっとずつなくなってきているのを感じながら。

私は、村の出入り口でイツミさんを早口で捲し立てていた。

少しばかりたじろぐイツミさんだけど、これぐらいこっちも強かにいかないとやってけないもんね。


「ほらほら、早く私に着いてきてください。サーク村へ、ようこ──」

「エスの街からのご来訪ですか?」

「──そ?え……あ、はい。エスの街から……ですけど……。え、なんで?」

「────?」


いざ、村への第一歩を踏み出さんとした私を待ち受けていたのは、歓迎する村人でも長閑な村の空気でもなく、門番らしき男が持つ槍だった。


「ですよね、見ない顔でしたので。検問のため、少々お時間を頂きます。────ほう……。あなたは少し深く調べさせていただく必要がありそうですね。なるほど……。なら、まずは、すぐに終わりそうな男性の方からやりましょう」


探知器や計測器のような物を構えて、門番がイツミさんに近づく。

当然、イツミさんがそれに警戒心を抱かないわけがなく、まずは私に毒を吐いた。


「どういうことだ?何でこんな真似をされている。ここら一帯は規制が緩いんじゃなかったのか?」

「いや、私だってこんなの聞いてませんって」

「ああ、ご存じないまま、こちらまで来られたんですか?実は、ここ最近、魔物や賊がエスの街の領内を彷徨うろついている、と多数報告がありましてね。一時的なんですけど、門番を配置することが決まったんです。まあ、こんな鄙びた村じゃ奪う物も襲う価値もないと思いますけどね」

「守る立場の門番が言う台詞じゃないでしょ……。あなた、ここの村の人なの?」

「いえ、エスの街の兵団から配備されている兵士です。サーク村は都市国家であるエスの街の領内なので、防衛義務がありますから。では、荷物と服を調べさせてもらいますね。特に、あなた(・・・)は」

「────?」


私に、そう意味深につぶやいた門番は、私とイツミさんにそれぞれが持つ鞄を開かせ、服の裏やポケットも暴かせる。


「冒険者等のライセンスや許可・免許証があれば、武器の所持も許されるんですけどね。ない場合は、私たちがその場で預かることになっています」

「今の私たちは武器とか持ち合わせていないから、特に関係ないわね」


とはいえ、そんな厳重な警備を敷いているなんて。

ナビゲーターを務めるってことで、ある程度ここら一帯の予習は済ませておいたつもりだったんだけど、こんな話は聞いてなかったんだけどな。


「チッ……。こっちの世界でも資格主義なのか」

「不服ですか?────はい、もう大丈夫です。では、そちらの女性の方の確認をさせていただきます」

「これで終わり、か。結局、軽く全体を触っただけだな。本当にこれ意味あるのか?」


仰々しく身体・手荷物検査を始めた門番の男だけど、イツミさんからしたら拍子抜けだったと思う。


全体的に簡単に、悪く言い方を変えれば雑にさっと触ったような。

正直、意味があるのか疑わしい、そんな検査だった。


「では、触らせていただきます」

「え、ええ……」


てっきり、イツミさんみたいに軽くお触りされて終わり、かと思ってた私。



だけど、それは違かったようで……。


「服を捲っていただけますか?」

「あっ、はい」

「服の裏も確認させてください」

「ええ」

「では、触らせていただきます」


門番は、私の身体を(まさぐ)ろうかというレベルに、私の身体をペタペタと触り、危険物がないか確かめる。


確かめてるんだけど、それは分かってんだけど、これ、マジで恥ずかしい。

え、これ本当に検査?痴漢じゃないよね?


てか、イツミさんも黙って見てないでちょっと気にするとか疑問持つとかなんとかしろや!


って、おい、そんなこと思ってたら門番のお兄さん、私の胸揉みしだかんかってぐらいの勢いで触ってんぞおい!


「ちょ、え、そこも確認すんの!?お触りすんの!?」


次第に、門番の男のお触りは更にエスカレートして、私の肌に触れるぐらいにまで発展していった。


てか、“愛の女神”の私の素肌は一般ピーポーがこんなベタベタ触ると、それはもう頭がおかしくなってその場で服を脱ぎ捨てて私に襲いかかってくるもんなんだけど……?

でも、なんか、理性保たれてるし……ひょっとして私の力落ちてる?


「何かしらの資格を持っていたら、ここまでする必要はないんですけどね。得体の知れない方を、そして実力者を信用するには、それ相応に確かめないといけないことが多いん、です!」

「おい!見える見える!!このままだといろんなのが見えちゃう!!」


イツミさんの時とは対照的に、随分丁寧に、そして、熱心に検査を行われている私。


ただでさえ、今日の私の服装は、この身体つきを存分に魅せる、フリルをあしらった袖付きワンピースだ。

それをはだけさせんとばかりに、服の裏通して肌まで門番に触られるこの状況は、正常な男児からしたら生唾ものなのは私にも分かるわよ!


とかなんとか思っていると、やっとセクハラ紛いの検査が終わってくれた。


「安全性が確認できました。はい、どうぞお通りくださいっと」

「…………はい」

「検査、俺の時とはえらい違いだったな。だが、お前、本当に“愛”の女神なのか?」

「……………………うっさい」


恥ずかしさのあまり、私の顔が茹でられてるように熱いことは、この私が一番よく分かってる。



◆◇◆



サーク村に入ると、まず目に飛び込んできたのは畑仕事に精を出す村民たちだった。

鍬や鋤を持って農業に勤しむ彼らに、感心して私は思わず目を細める。


「ありがたいわね。昨日にしろついさっきにしろ、私たちが食べた料理の食材のいくつかも、ここで丁寧に育てられたりしてるんでしょうね」

「日中も外で働くとか、体力的に俺は絶対無理だ。俺なら家で防衛業務と趣味の研鑽に励んでいるぞ」


こいつの、こういうところはマジで直した方が良いと思うし、このナビゲーター期間に直そう。


そんなことを思ってたら、私は自然と小言が出てた。


「…………てめーのそれは業務でも研鑽でもねーだろ」

「何か言ったか?」

「うん、言った。じゃあ、先に進みましょう。課外教育の大目玉イベントの1つ、“英雄像”見学です」


道なりに村の中央に進むと、民家が(まばら)に見え始めた。

木造りのしっかりとした家々が次第に密になると、さらに進めばもうそこは村の広場だった。


広場には、ある意味村には似つかわしくない石製の像が2つ飾られてあった。


「これは……?」


基本、興味のないことはただ無関心を決めるタイプであろうイツミさんが反応を示している。


突き抜けた大きさではないけど、威厳を感じるその像の精巧さから、モデルとなった2人はかなりの敬意を集めていることが判る。


汚れもほとんどない。

きっと、毎日誰かしらが手入れをしているのだろう。


像の1つは、見るからに精悍そうな好青年。

その爽やかさは像からさえ伝わるほどだ。

まあ、モデルとなった青年は、イツミさんとは真逆のタイプなのだからしょうがない。


もう1つは、柔和で落ち着いた雰囲気を醸し出している長髪の美女──認めたくないけど──。

端麗すぎて、思春期のオス猿どもが群がって発情してしまうんじゃないかってぐらいね。


というのも、この像のモデルの人物たちってのは……。


「2年ぐらい前かしら。ナビゲート期間中、ある女神と一緒にこの村に訪れた見習いの勇者が、突如襲撃してきたある犯罪組織から村人と村を守り抜いたことがあったんです。それはもう、チュートリアル期間で相対してはいけないぐらいの規格外の強さだったとか。そんな敵から、満身創痍になりながらも力と勇気を振り絞った彼は、サーク村の英雄と崇められました。っていう素敵なお話がこの石像にはあるんですよ」

「なるほど。正義感が強く、他者のためなら自分を平気で犠牲にできるタイプか。くっ……ふははっ、残念だったな。お前は、この好青年とは真逆の道を行く、俺というとんだ外れくじを引かされた」


急に笑い出してどしたん?この人。


そう呟いて、石像を見上げるイツミさんの目は髪に隠れてよく見えなかったが、どこか冷めた様子だった。


「そこまでは言ってないですけど。まあ……少しくらいは思ってないわけじゃないですけど」


かく言う私も、石像にちょっと目を奪われていた。

人づてにしか聞いてなかったけど、実際に生で見ると結構感動的。


だって、サーク村の英雄の話は、神界の中でも美談として扱われてるし、英雄とされたその勇者と、その彼のナビゲーターを務めた女神の評価はもちろん高い。


彼ほどは無理だろうけど、私もイツミさんをちょっとはその勇者に近づけたい。


それは、紛れもない本音。


その石像の土台に彫られている勇者の名前は……カザリ・セイ。

正直なところ、功績ばかり覚えていて名前は忘れてたけど、そういやそんな名前だった気がする。


んで、その隣にある女神の像の土台には……ん?リスタンって掘られてある。

あれ?スタリーじゃない……?


この美女──認めたくないけど──の名前はスタリー。

この勇者をナビゲートした女神だ。


宝石の女神なんだけど、掘られている名前が違っているわね。


あれかな?女神バレしないように、ナビゲートに支障をきたさないように偽名使ったとか?

一応、ナビゲート期間中、女神の素性は無闇に明かさないのが暗黙の了解だけど。

でも、下界って神に因んだ名前をつけるの割とあるらしいからわざわざ偽装しなくてもいい気も……。


それとも、間違った名前彫っちゃったとか?いや……この石像の完成度からしてそれも考えにくいか。



んで……あれ……?それとは全く違ったことで、なんか、嫌な予感する。

こう、なんだろ、そこにいるはずなのに、いなさそうな……。


勇気を出して、横を向くと。


「────イツミさん?…………イツミさん!?どこですか!?」


私が少し目を離したその隙に、イツミさんは姿を眩ませてしまった。


その間、僅か17秒。

お買い物で親子が(はぐ)れるそれと、なんら変わりない。



◇◆◇



「イツミさーん!イツミさーん!……なんでこのたった数秒でこんなことなってんの。あの人を野放しにしたらサーク村に迷惑かけるかもしれないし……早いとこ見つけないと。万が一村の人たちに精神的危害加えたら私の責任になりかねない……」


逸れたイツミさんを心配するのではなく、逸れたイツミさんが村人に危害を加えていないかを心配する私は、多分間違ってない。


彼のことだ、常識という形で当てはめて考えたら絶対に狂わされる。


イツミさんの危険性を考慮すると、1分1秒すらの単独行動すらもこの村の致命傷になりかねない。


そう思い、辺りをしらみ潰しに探す……わけではなく。 


「さっそく使わせていただくわ!“超探知”」


超探知は、ナビゲート期間で指導する勇者の卵の現在地を探知できる。


ナビゲーター特権で与えられる力は、金を降らせたりとかだけじゃなくて、担当する勇者の卵を陰から監視できるようなものもあるのだ。


探知した結果、ものの数秒で移動したとは思えない場所にいることが判明。

はあ、直ちに現場に急行しないと……。


「はあ……!はあ……!」


なんとか、最短距離でイツミさんがいる場所に辿り着けそうで、徐々に歩を緩めていく。


走ったせいか、焦ったせいか、なんで滴ってるかもう分かんない額の汗をハンカチで拭いながら、やっとイツミさんをこの目で捉えることができた!


「やーっと見つけた!決めた、あいつ絶対絞めよ……ん?」


すぐに説教しようとイツミさんに近づこうとしたその時。

私の目に映ったものは、成人男性が子どもに翻弄されている図だった。


より自分の美しい碧眼を凝らすと、その10人そこらの子どもらは、例の成人男性の年齢を2で割っても達しないぐらいの幼さであることが判った。


要約すると、イツミさんが村の子どもたちに遊ばれ……(もてあそ)ばれていた。


挿絵(By みてみん)


「おにーちゃん、おせーな!」

「おせー!おせー!」

「なんでそんな体力ないのー?」

「おい、何故俺がお前らガキの遊びに無理やり参加させられてるんだ。はあ……はあ……歳の差ってものを少しは考えたらどうなんだ?ガキ」


イツミさんが子どもを追いかけていることから、鬼ごっこらしき遊びをしているのは窺える。


でも……それはそうなんだとしても……


「なにやってんだ、あの人は」


依然、私には解せなかった。


『何故、この人は文句を言いながら切り上げもせずに、これほど熱心にこの子たちを追い回せているのだろうか』、と。

『ガキどもが……!』って言って、無視を決め込みそうなのに。

イツミさんの行動が、私の想像とズレていた。


ちなみに、当のイツミさんはと言うと、体力の限界を迎えたようで、向こうの方で息を切らしてその場にへたり込んでしまっている。


そんな私は、彼の元へ駆けつけ……


るわけでもなく、ナビゲーター特権の“超聴力”を駆使し、やや遠くの会話を聞き逃すまいとしていた。


超聴力は、超探知と同じく、ナビゲート期間中の勇者の卵をサポートするための神の特権。


と言っても、超聴力で聴き取れるのは“勇者の卵とその周り”だけだし、勇者の卵のプライバシーを侵害しかねないので使用時も選ばなきゃだし、倫理観も問われる。



だけど、うん。

この場ではプライバシーとかそういうのは関係ない。


というわけで、ちょっとイツミさんたちの会話を聞いてみよう。


《おいおい、ぜんっぜんじゃん!大丈夫かよ》

《わたしたちね、オトナになったら村のお仕事手伝ったり、街に出て働くの!だから、いっぱい食べてねんねして、おにいちゃんみたいに大きくなるんだ!》

《そうか。だが、労働は義務じゃないからな。俺みたいにこうやってその日だけを生きるような、ゆとりある生活こそ義務づけられなくてはならないんだ。で……何故お前は俺にその話をした?そんなに俺みたいに大きくなりたいのか》

《ううん。おにいちゃんみたいにただ大きくなっても、(ここ)が成長してなくちゃ意味ないんだなって今日わかったから、教えてくれてありがとって思ったの》

《『親の顔が見てみたい』って、こういう時に使うんだな》


おさげをした幼女が、胸に手を当て、瞳をきらめかせてイツミさんに屈託のない笑顔を見せている。


その悪意のない煽りに、イツミさんは心の底から苛ついてる。


……かと思われたけど、そうではなく、精神が幼いイツミさんではあるけど、一応“子どもが相手だ”という線引きはしてあるみたい。


《てかさー、なんでサーク村(ここ)にきたんだー?……あ、英雄サマたちの像見にきたのか!》

《ああ、一応そういうことになっている。そうだ、お前らに舐められっぱなしなのも腹が立つから言うが、実は俺とその英雄サマは同郷なんだ。崇めろ》

《ど、どーきょー?》

《分かりやすく言うなら故郷、生まれ育った場所が同じってことだ》

《す、すげー!》


イツミさんが例の英雄サマことカザリ・セイの話をすると、彼の話に1人、また1人と子どもが食いつき始めた。

次第に、イツミさんを取り囲む数は増えていき、遊びに参加してなかった村の他の子どもも、彼の噂を聞いてか輪の中に加わっていた。


「純真無垢な子どもたちと汚れきった大人の夢のコラボね……!」


その様子を、変わらず私は木陰から見守る。

イツミさんが自分以外の他者と関わることに妙な興味を持った私は、下手に介入せずに傍観することに決めたのだ。


そりゃ、この子たちに対してなんか危害加えようってならすぐに止めるけど、今のところ極めて穏やかに事が運んでるから問題なしね。


《じゃ〜、英雄サマと仲いいの〜?わたし、英雄サマに頭撫でてもらったんだ〜》

《ぜっったい仲いいでしょ!だって、おにいちゃん英雄サマみたいに顔かっこいいし!顔だけは!》

《ねえねえ!そうなんだろ?》

《すげー!マジですげー!》

《いや、会ったことも話し……────そうだ、あいつは俺の…………弟子みたいなもんだな。昔から手を焼かせる奴だったよ、あいつは。この世界の何処かでまた会えると良いな、あいつに》


……………………。


「かっけー!」「すげー!」「へー!」


イツミさんが、遠い目でかつて自分がいた世界での思い出に触れる。

イツミさんと英雄サマの意外な接点が明らかになって、原っぱの小さな聴衆たちは、驚嘆の声を上げた。


その声の大きさは、私が“超聴力”を駆使しなくても容易に聞き取れるぐらいの盛り上がりだった。






だけど、はっきりしておかなければいけないことが、1つある。

イツミさんとその英雄との間に、接点が本当にあるのかどうかという話だけど────私はこれっぽっちもないことを知っている。


人となりや性格はおろか、名前すらも知らない。

イツミさんがなんか耽っちゃってるこの回想は、ありもしない妄想だった。


なんで、このような嘘をついたのか。

私には、なんとなく分かるような気がした。


《じゃあ村のみんなにおにーちゃんのこと紹介しないと!ぜってー大歓迎するって!》

《私、伝えにいってくる!そろそろ畑仕事も終わる時間だし》

《いや、そこまでする必要は──》

《そ、その間……僕たちにもっと英雄サマのことを話してください》

《いや、まあ。ああ……そうだな》


予期すべきだった予期せぬ展開に、イツミさんが若干の戸惑いを見せつつも、なんもなかったかのように振る舞い始めたその時。


私は、これ以上はマズいと判断して、木陰から勢いよく駆け出し、イツミさんと子どもたちの間に強引に割り込んだ。


「ちょ〜っと失礼!?…………イツミさん、あなたなにやってんですか!?」

「おい。エリーシャ、お前何処ほっつき歩いていた?」

「あなたの方から勝手に消えたわけなんですけど!?てか、そんなことどうでも良いんで私の質問に答えてください!」

「ああ……?何って……俺の武勇伝をこのガキどもに教えていたところだ」

「誰の武勇伝だよっ!?…………取り乱しました、誰のですか?その武勇伝。みっともない嘘ついて、心の1つや2つ虚しくならないんですか?」


近くの子どもに聞かれないように、イツミさんの肩を掴んで、抑えた声で猛烈な抗議をする。

こんな汚い会話、とても純粋無垢な子たちに聞かせられないもの。


とにかく、これ以上、彼が嘘に嘘を塗り重ねてしまえば取り返しのつかないことになる。

そんな直感が私を衝き動かした。


だから、絶対にここでイツミさんを止める。


そう思い、本気で彼に『待った』をかけたんだけど……


「俺も最初はマズいと思った。しかし、つき続ければ、嘘はやがて真実になることもある。このままだと、ガキどもに舐められ続ける一方だろう。今後、この世界で上手くやっていくための必要虚偽ってやつだ。お前だって言ってただろう?旅の第一歩を選ぶならこの村だと。だとしたら、俺はこの村のガキに舐められる訳には……」


この期に及んで、なに馬鹿なこと言ってんだこの人は。


イツミさんは反省する素振りを全く見せず、開き直る。

しかし、それを見過ごすほど私の目は節穴ではなかった。


「いいえ、違います。この子たちのまっすぐな眼差しにあなたは負けたんです。……そりゃ、気持ちは分かりますよ?分かりますけど、それ続けてたら、いつか自分の嘘に押し潰されますって」

「しかしだな……」

「今ならまだ軌道修正ができますから。大事になる前に、ね?」

「それも、そうか。だが……ここまで言った以上は……」

「言いにくいなら、私の方から『嘘だよ、ごめんね』って言ってあげま──」

「わー!おねーちゃんキレイ!英雄サマのお連れさんみたい!やっぱ、おにーちゃんたち英雄サマとお友達なんだ!すっごくキレイ!」

「…………そうね!」「おい」


あ、しまった。


自分の美貌を褒められた私は、つい気分が良くなってしまい、イツミさんの嘘を否定することなくそのまま通してしまった。


その前の発言との落差から、流石のイツミさんも私に即座にツッコんできてる。

うっわ、これはやらかした。

今回ばかりは、私が全部悪い。


「お前、俺にあんなこと言っておいてそれか」

「ご、ごめん。でも……だって……」


イツミさんの追及に、ばつが悪くなり私は目を逸らす。

冷や汗止まんないし、めちゃくちゃ見苦しいんだろうな、今の私。


そんな私に、イツミさんは奇想天外なことを言い始めた。


「呆れて物も言えんな。結果、お前は俺と共犯だ。だがな、俺は嘘をついたかもしれんが、真実を語ったかもしれないんだ」

「はい?」


私は、自分で言うのもなんだけど、理知的キャラではないにせよ、常識は備わっていると思う。さっき私も嘘ついちゃったけど。


だから、その発言は全く理解ができなかった。


「こいつらの崇める英雄サマは、俺と同じく日本出身だろう?もしかしたら、何処かで話したりすれ違ったりしているかもしれない。もっと言うなら、その結果英雄サマの人生を大きく変えたかもしれないんだ。つまり、俺が英雄サマの師のような存在である可能性は0ではない。俺は“かもしれない”という話をしているだけなんだ」

「そんなこと……いや……そうかもしれないですけど……」


そりゃ、どんなことにも0はないとは、私だって思うけど……。


そんな、途方もない可能性の話されたら、万物に当てはまっちゃうじゃない。


「あ、あの、お姉さん、まだですか……?僕たち、お兄さんのお話もっと聞きたいんですけど……」

「え、あ、ごめんなさい……」


そう狼狽える私に、おとなしい男の子が勇気を振り絞って訴えてきた。


話がこんがらがってきたのも相まって、それに圧されて私はイツミさんの肩から手を離し、冷や汗をかきながら1歩2歩後退した。


納得のいかない、不完全燃焼な気持ちが胸に残るのを確かに感じながら。


「あれ、なんで私こんな悲しい気持ちになってんだろ……。こんなハズじゃなかったのに」

「さあな。自分のその豊かな胸に訊いてみろ。────さあガキども、話の続きだ。そうだな、じゃあ俺の話をしよう」


イツミさんの話が始まると、老若男女問わず引きも切らずに人が集まった。


それはまるで中規模のライブやコンサートのようで、主役のイツミさんを囲む村人の数はサーク村の総人口とほぼ変わらないぐらい膨れ上がっていた。

たった1つの真実を口にする勇気があれば。

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