4話『26歳のイヤイヤ期』
朦朧な2人に届く声の正体は……??
「────お──さん!お客──ん!も──帰ってよ!」
「「……」」
ぼんやりした視界。辛うじて聞こえる店主の声。
私は、イツミさんと例の大衆食堂で酔い潰れてるみたいだ。
雰囲気からして、閉店時間はとっくに迎えてるようで、私たち2人以外の客はもう退店している。
ついちょっと前の盛況ぶりが嘘のような、そんな静けさだった。
「ああ!これじゃあラチがあかないよ!お勘定は済ませてるんだから、帰った帰った!」
私たちが全くと言って良いほど呼びかけに反応を示さなかったのが原因か、店主の呆れようは相当なもので、あっという間にぽいぽいっと夜の歓楽街に放り込まれてしまった。
…………っていう流れなんだけど、酒が齎す脱力感により、思うように立つことができない。
「うぇへへ……イツミさん〜どこどこ〜?」
「エルボー!エルボー!」
空の端から端まで、黒と星に染まる午前2時。
肩を組み、千鳥足で夜の街を歩く私とイツミさん。
僅かばかりの理性を頼りに、通行人の冷めた目から察するに、私たちは完全に現在進行形でやらかしてるんだろうけど、なんかもう今はどうでもいいかな……。
「立ちましょー!呑みましょー!楽しみましょー!」
「勿論〜?神払い〜?奢ってくれるよな!」
「イェーイッ!神様決済発動!2軒目行きますよー!」
神様決済《GPay》ってなんだよ。
って思いかけた私、今晩だけはもうなにも考えなくて良いんだからね!飲め飲め!
って自分のことを無敵かなにかかと思ってた、その約2時間後……
「「オロロロロ×◽︎△○%¥〆々〒£」」
あ、これダメなやつだ。
そう気づいたら、もう止められなかった。
空の向こうが白くなって、夜明けを微かに感じさせる午前4時。
飲み屋街の路地裏の影で、私たちは嘔吐している。
2軒目で羽目を外しすぎたのが祟り、退店10秒後に猛烈な吐き気が押し寄せてきたのだ。
「はあ……はあ……頭……痛ぇ……うっぷ……────」
「クラクラする……私……なんで……こんなこ……────」
イツミさんの仏頂面が初めて崩れた様子を楽しめる余裕なんてあるわけがなくて、出す物を全て出した私たちは、悟った賢者の如く、あらゆるものを達観できるようになった。
でも……初日からまさかこうなるなんて……私ってこんなおバカだったんだ……。もう二度と酒なんて飲まない!いや、どうせ次の日とか飲んでんだろうけど!
その後、なんとか覚束ない足取りで戻った神ハウスで猛省会を行うこともなく泥のように眠り、私たちはそのまま日が燦々と照らす朝を迎えた。
◆◇◆
「んん……イツミさん……おはよぉございます……朝ですよぉ……」
時計を見ると時刻は午前10時。
隣のベッドで寝ているイツミさんに起床の催促をしなきゃいけないんだけど、なんだか嫌な予感がする。
眠気とちょっとの頭痛を堪えて、私は出せる限りの力を振り絞って歩き始めた。
「うう……眠い……まだ微妙に頭痛い……。はあ……イツミさん、起きましょ────────ってこの人、また寝る時に【絶対領域】拡げてやがる……。これじゃ起こせないでしょうが……」
やっぱり、と言うべきだろうか。
ドーム状に展開された黒いバリアはベッドごとイツミさんを包み込み、いかなる他者からの介入を許さない。
口では言い表さなくとも、あたかも『俺の眠りを邪魔するな、破廉恥女神』とバリアが語っているようにも見えてきた。めっちゃイラつく!
てか、こんなに可愛くて綺麗で性格も良い私を阻むだなんて……物理的にも心理的にも他者との壁厚すぎだろこいつッ!!
あー……勇者育成ってすっごくしんどい。
いや、この人が特別手がかかるだけなんだろうけど。
ほんと、神たちがどんどん下界に降り立って、世界の1つや2つでも容易く救ってしまえば良いのにと思う。
だけど、神って全員めちゃくちゃ強いわけじゃないし──そりゃ、めっちゃ強い人もいるけど──下手に降り立って討たれたりしたときのリスクを考えると、ね。
だから、異界より召喚し人の力を借らざるを得ない。
それに、被召喚者の方が戦力のアベレージ的には上であることは、これまでこの世界のたくさんの人を救ってきた事実が証明している。
「神様決済……早く払え……財布……ATL」
「は……?こいつ今、寝言でなんつった?私のこと財布だとかATM扱いしてなかった!?……間違いない、既に心底舐められてる。やっぱ、昨日の飲み会は悪手だったんだ。少なくとも、私まで酔っ払うべきじゃなかった。────そうだ、1週間とは言わずにもっと早くなんとかマトモなレベルまで持ってって、自立してもらおう。じゃないと私の方がおかしくなりそう」
すやすやと心地好い寝息を立てながらする寝言で、イツミさんの本音を聞いてしまった私。
神様決済……に関しては私の記憶の中に微妙に残ってる。しかも、酔っ払った拍子に私の口から出てきた言葉だ。
だから、まあ、そこは許すとして、財布とATLってなに?エリーシャだからLってこと?綴り違うし言葉の響きだけじゃん!意味分かんない!
こいつ、かわいい寝顔の割に結構エグいこと言ってない?
やっぱ、この人と長くいると私の脳内は炎上不可避ね。
とまあ、昨日の酒がやや残り、少しばかり響く頭を抱え失意に暮れるわけなんだけど。
────いっそ、マトモとは言わずそこそこな状態でこの世界に送り出しても、この人のことだからなんか上手くやれそうじゃね?
なんてことを思いつつも……
いや、でもでも、かと言って中途半端な状態で、この世界にイツミさんを1人で送り出しでもしたら、間違いなく私の威信急落下よね……。
そうなったら私の望みも叶わないし……。
はあ……どうしよう……八方塞がりよ……。
ため息しか出てこない。
立ち向かうも憂鬱、逃げるも憂鬱。
どの道を選んだとしても、私にとって苦痛であることには変わりなさそうだ。
失意に暮れそうなその時…………イツミさんの口から、また一言、寝言が放たれた。
「────お前が……必要……」
「はあ?こんな時に寝言かよ……。あー……心にも思ってないこと言わないでくれませんか……?」
「お前なしでは……生きていけない……」
「そうねー。私はあなたのお財布かなにかだもんねー」
「これからも……支え合って……」
「都合良すぎる。私がいくら支えようたって、あなたにその気がなきゃどうしようもないでしょう。私にも、目的がちゃんとあるってのに」
「まだ知らないことだらけ……これからどんどんお前を知っていきたい……」
「なッ……!?────ま、まあ……そこに関しては、私も?そう、思わなくもないですけど?」
「一緒に……ただ……いてくれ……」
「はあ……『ただ、いてくれ』って……。私にだって感情はあるのよ、顔が多少良いからって性格がこんなんじゃ終わりよ、終わり」
端正なビジュアルとは対照的な、腐ったようなその性根。
第一印象が最高値で、そこから一分一秒進む度に、イツミさんへの私からの印象は下落していくばかりだ。
彼といて、これまで自分が得たものはなんなのだろうか。これから得れるものはなんなのだろうか。
そんなことを考えるには、1日とちょっとは時期尚早。それはもちろん、私だって分かっていることだった。
だけど、僅かばかりでも良いから、ほんの少しでも良いから、希望の兆しが欲しい。
ささやかな一筋の光明すら届きようがないこの状況で、失意に暮れながらも私は淡くそう願う。
きっと、数多くの私のファンたちがこの姿を見たら、ショックと哀しみのあまり1週間は寝込みかねない。
それぐらい、今の私は見る人が見たら無様なんだろうな。
でも……
「こんなところで挫けるわけにはいかない。しっかりして!今日も一日頑張るわよ!…………見守っててね、スティーリア」
私は、覚悟を込めて、日が高くなりつつあるエスの街の青空と、私にとっての大切な存在に高々と宣言した
◇◆◇
だけど、私の意気込みも虚しく、イツミさんが起きたのは午前11時。
このままだと昨日と同じように、彼に振り回されることになるだろう。
「んん……今の時刻は……。くっ……あと5分47秒は眠れたな、限りある時間を無駄にしてはいけない」
「やっっっっっと起きましたか。あなたの起床時間の方がよっぽど時間を無駄にしてると思いますが……!?はあ……こんなに待たせて……。さ、今日も出かけますよ」
「常人ならこの時間は外出しているだろうな。但し、俺は除いてな。俺は引きこもるつもりだが、エリーシャはどうする?」
「はいはい、そんなこと許────」
いいえ、待って、真っ向でやり合うこの返しはマズい。
もっと、こう、イツミさんの懐を抉るような。
それでいて、イツミさんの言いがかりや詭弁を利用できるような。
────あっ!こういうのは、どうかな?
「…………ニートなら、養う人がちゃんと自分を養ってくれるように、定期的に媚を売ることも重要だと思うけど」
「────!?それは、一理ある」
ほらね?
やっぱり、私の思った通りだわ。
真正面で立ち向かおうものなら、こちらの調子が狂わされるだけ。
イツミさんが日本でどういう感じで暮らしてたのか、私はそんなこと一切知らんけど、私に開示されてた唯一の情報は“イツミさんは26歳のニート”だということ。
でも、そんなことはイツミさんの人となりを理解するにはあまりに不十分。
だから、私は昨日から今この時まで彼と関わり続けた私のみを信じることにした。
結論から言うと、イツミさんは“言い訳や口答えがもの凄く上手いタイプ”だ。
かと言って、賢いかと言われればそうでもなさそう。
多分、特定の事象に対して、部分的に頭の回転が速くなるような感じ。
その特定の事象ってのは、推定でしかないけど“イツミさん自身がやりたくないことを強制させられそうになること”。
そして、それはナビゲート期間幾度となく訪れるはず。
そうなったら私は口喧嘩じゃ絶対にイツミさんに勝てない。
多分、知らず知らずのうちに、彼のペースに巻き込まれる。
んで、結局昨日と同じように振り回されることになるんでしょうね。
だから、ここは口論じゃなく、あえて、彼を肯定しつつ掌握してみることにした。
なんか、ずる賢いって?
うっさい!イツミさんとやり合おうってなら多少強かにならんといかんでしょうが!
とまあ、イツミさんが寝息を立てている間、私は彼との戦い方を学習し始めていた。
一筋縄では行かない。
ならば、こちらも柔軟に行こう。
それが功を奏して、正攻法に攻めていたとしたらまた眠りこけていただろう、イツミさんの重い身体を起こすことに成功したのだった!
っていうわけで、昼食がてら、昨日回り切れなかったエスの街を回る私たち。
ちなみに私、改め愛の女神ことエリーシャは、自分で言うのもなんだけど、料理が人並み以上にできる。
そんな手がかからないのであれば、たくさんの神の舌を唸らせる腕前はあるって自負はある。
気づいたら、勝手に神界の隠れグルメに認定されてたぐらいだしね。
だけど、少なくとも今日の昼は披露できなさそう、まあ良いけど。
でも、イツミさんみたいなのは胃袋を掴めば一撃……なのかどうかも正直検証してみたいとこだから、なるべく早く作ってみたい。
もし、それで懐柔できるのなら、ナビゲート期間中はずっと私の作ったご飯食わせよう。
「今日は、昨日紹介できなかった場所に案内します。まず1つ目のここは、エスの街の中央広場。町人だけじゃなく、冒険者や戦士、魔法使い、商人も集うエスの街きっての交流の場だったりします。この街で上手く立ち回るには夜中は酒場、日中は広場。覚えておいて損はないですよ!」
そうそう、こういうのよ。
こういうの。
ナビゲーターを担当する神に配られるガイド片手に、エスの街での立ち振る舞いをイツミさんに、自分で言うのもなんだけどてきぱきと教える。
って言うのも、私はやっと“らしい”ことができている現状に、ちょっとした感動すら覚えていたからだ。
対して、イツミさんの反応は……?
「……人混みのせいで、昨日の酒が響いてきたような気がする」
「────」
ま、どーせ、そーゆー反応するでしょーよ。
相変わらずの無愛想なイツミさんの顔は、賑やかな広場で晴れるどころか、主に目の当たりの陰りが増えるばかりだった。
もういいもん。
こっちだって好き好んでテンション上げて、あなたの案内してるわけじゃないっつーの。
当然、思うところがある私は、疲れるので口喧嘩こそはしないけれど、ジト目で若干イツミさんを蔑視するぐらいのことはしていた。
続いて私が案内したのは、料理屋が軒を連ねる大通り。
昨夜、私たちが夜を明かした飲み屋街は、日中だとガラッと雰囲気や様相が変わっていた。
昼と夜、同じところを切り取った写真や絵を並べられて『ヘイ!ミス・エリーシャ。これらの場所は、同じ場所ですか?』って訊かれても、私は『いいえ、それはトムです!』って答えてると思う。
特に、深夜ではあまり聞けない子どもたちの無邪気な声が顕著だった。
年齢層が、下に一気に広がっているのが、昼のこの大通りを変える要因なんだろう。
だけど、変わらないものはある。
立ちつくす人たちを巻き込んじゃうような、活気溢れる喧騒はそのままだった。
「どこのお店に入ろうかしら」
「そうだな。……色々あって迷うな、少し考えさせてくれ」
珍しく、イツミさんが前向きに考えていることにちょっと感心しつつも、私はトマトやチーズ、小麦粉の香ばしさに鼻孔をくすぐられていた。
匂いの出所はどこかしらと、辺りを見渡してみると、ピザが売りっぽい料理屋が建っていた。
それ見たら……お昼ご飯はどこにするなんて、もう決まったようなもんよね。
「エリーシャ、俺は汁物が──」
「あ!あそこのお店にしましょう!ピザでも食べたい!」
「お前、俺の提案全く聞き入れる気配なかったな」
うんうん、ここ最近ピザ全く口にしてなかったからね。
店先から覗かせる独特の窯からしてガチ感ハンパないし、ハズレを引くなんてことは流石にないでしょ!
◆◇◆
他の店に漏れず、賑わいを見せるその料理屋のテラス席に座ることができた私たちは、それぞれ自分らが頼んだピザに舌鼓を打っていた。
「んー、絶品!!ピザ食べたらその店のレベルが判るって本当よね……」
「通りからでも見えるぐらいの存在感のあるピザ窯を置いているんだから、そりゃ美味いだろうな。ピザか、久しぶりに食べるな。────そうだ……ピザって10回言ってみろ」
「え……急にどうしたんですか?」
「良いから言え」
イツミさんがピリ辛ハバネロ入りトマトソースピザを1切れ口に放り込むと、良からぬことを企むように私にそう吹っかけてきた。
ちなみに、私の頼んだピザは極めて標準的なマルゲリータピザだ。
別に、イツミさんの趣味を否定するつもりはないけど、久々にピザを食べようって場合だとピリ辛ハバネロは選択肢には入らないわ。
とまあ、よく分からんイツミさんの吹っかけに私は渋々付き合ってやることにした。
もちろん、あまり気は進まない……。
「うーん……はあ……。ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ!……言えた!」
「そうか、じゃあここは────ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!?」
ガンッ!!!!!
うっわ……痛そう。
行動にも引くけど、痛そうで引く。
状況を整理すると、指折りで数えて10回ピザと言い切った私に、勝ち誇ったように肘を見せつけようとしたイツミさんが、テーブルに勢いよくその肘を打ち付けたのだ。
丁度、肘のの窪みのところをぶつけたため、痺れるような痛みに彼はのたうち回らんとばかりに悶え苦しんでいる。
結局なにがしたかったのか、よく分かんない。
これ以上付き合うとなんだかろくなことなさそうだし、ぱっぱと切り替えよ。
「……なにやってんですか、イツミさん。さ、これ食べ終わったら近隣の村に行きますよ。イツミさんは異能の扱いに長けてますから、早めに次の段階に行けそうです」
「嫌だ、俺はもう帰る。肘も痛いし、家でやることがあるからな」
でました〜、世にも珍しい26歳のイヤイヤ期。
まあ、なんかこうなりそうな気はしてたけど……。
「…………一応訊いてあげますけど、なにするつもりなんですか?」
呆れて、喉に引っかかった言葉を絞り出すようにイツミさんに私はそう訊ねると、イツミさんは開き直った態度をとって口を開く。
「寝る。食べた後は寝ることにより、エネルギーを効率よく体内に循環させなくてはならない。俺の故郷には屈強な巨漢の戦士たちがいるんだが、彼らは皆その食っちゃ寝……ではなく、修練をしていてな。俺はそれに倣って、お前と食べている美味い飯を、魔王とやらを倒すための強靭な肉体に変えようと思っているのだが……異論はあるか?」
「────!?」
めっちゃマトモなこと言ってきた……。
そして、早口で捲し立てられたからなのか、私は今、イツミさんに圧倒されて言葉を失っていた。
私の性格上、平時ならば間違いなくイツミさんの言葉に感心し、彼をそのまま帰宅させていただろう。
なんなら、彼の意見を尊重してそのまま神ハウスに帰らせてあげたい気すら湧いてる。
しかし、今回ばかりはそうは行かない。
私には“クズミ・イツミを一人前にさせること、そしてその先の目標を達成する”という使命感があったからだ。
期間終了したら、そしたら、もう、彼の言う“修練”は好きなだけやってもらいたい。
でも、今はナビゲート期間。
この期間内だけは、私の管理下で過ごしてもらいたい。
特に、次行くところは、ナビゲート期間の第一の核心みたいな側面があるからだ。
「い、異論はない……と言いたいところですけど、我慢してもらいます。言い分が凄くマトモだったのでびっくりしてますが……」
「という訳だ、早速寝させてもらう。……ってあァ!?何故認めない!」
これで滞りなく神ハウスに帰宅できると確信していたイツミさんは、予想外の私の返答に大きく戸惑っていたようだった。
よほど、自分の修練が邪魔されるのが気に食わないのかな。
そこまで怒るようなことなのかな。
「いや……いつもの私なら多分感心してあなたを帰していただろうけど、不思議とどうしてもそういう気になれなかったというか……」
「ふざけんなッ!その辺鄙な村で一体何が学べるって言うんだ?この呆れ返るような平和な街の隣村なんだろ?得られるものなんてたかが知れている」
たかが、知れている……?
大してその村を知りもしないのに、よくそんなことが言えたもんね。
確かに、彼も彼でやろうとしていたことがあるんだろう。
でも、流石の私も、今の発言にはカチンときた。
「ちょっと!あなたの奇行はある程度見過ごしてあげてますけど、今のは聞き捨てならないわ。ふざけているのはそっちの方でしょう!?見たことがないものを勝手にそうと決めつけて、否定するだけ否定して自分の世界に逃げようとするなんて最低です。私はそんなことする人大嫌い!」
「き、急にどうした?今の発言にそんなに引っかかったのか。まあ、それは置いといて、生みの親にすら最期の方は腫れ物扱いされてたんだ、お前に嫌われたところで俺はどうも思わんが……。だが、こう、何だ、そんな目で俺を見るな。今の俺に、お前のその瞳は眩しすぎる」
私の怒鳴りに、イツミさんのつり目は少し垂れており、ちょっと申し訳なさそうにしているのがなんともみっともない。
だけど、兎にも角にもこの2日で、イツミさんのふざけた態度を前に本気で怒る気にすらならなかった私が、ここまで彼に怒気を向けたことに、私ですら驚いている。
でも、後悔はしていない。
私は、言うべきことを言った。
「謝ってください。そして、ナビゲート期間の終わりまで、私と行動を共にしてください。なにも、イツミさんをずっと縛ろうって話じゃないんです。謝ってください」
「それは、だが、いや…………。その、悪かった。────本当に、ごめん」
思いの外、謝罪はすんなり行われた。
言葉では『ごめん』だけど、伏し目がちなイツミさんが私の目を見て、そして頭を下げて謝ってきた。
それを見せられた私は、すっ、と心と身体からモヤモヤした怒りの感情が消えていくのを感じて……。
「謝ってくれたなら……良いです。ごめんなさい、こっちも熱くなりすぎました」
「怒った奴はそう簡単に謝らない方がいい。また俺が調子に乗って、お前を不快にさせるかもしれんぞ」
「じ、自分でそれ言いますか……」
「「────」」
ちょっと、気まずい。
いや、間違ったことはしてないし、言ってないんだもん。
うん、弱気になることないでしょ。
でも、やっぱり、重い……。
ピザが全然口に進まない。
そう、私がこの空気をどう変えようか迷ってると。
「行くところが、あるんだろう?俺を連れて行ってくれるんじゃないのか?」
「え、ええ。そうね」
イツミさんなりの気遣いなのか、この重苦しい空気の中、彼から私に喋りかけてくれた。
こういうところで気が回る人なんだな、この人。
彼がこの空気に切り込みを入れてくれたことに、私は甘える形で続ける。
「それじゃ、行きましょう。サーク村に」
「その前に、ピザを食い切らないとな。そうだ、ピザって10回言ってみてくれ」
「ふふ。またそれやるんですか……」
そうこうして、ピザを食べ終えた私たちは、馬車や人が行き交う大通りを抜け、エスの街から出るために関所へと向かった。
ピザ食って、地固まる。
そして、外へと歩く。