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3話『プライドをねじ伏せる首輪』

落日は近く、心の距離は遠く

すやすやとイツミさんが寝息を立ててから約6時間が経過し、真昼間だったエスの街は夕暮れ時となっていた。


窓から差す、橙色の光が、如実に私にそれを示してくれた。


しかし、たがが6時間。されど6時間。


ん?多少は、私らの絆が深まったかって?


あはは、そうだったらどれだけ良かったか。

そんなことは、決してなかった。


「私は女神……愛の女神……。え、本当に女神だよね?私。なのに、なんでこんなところで体育座りしてんのかな」


バリアは依然解除されることなく、心理的どころか物理的な壁が私とイツミさんの両者の間を隔てている。


この6時間、何度も破壊を試みたけどヒビどころか、かすり傷ひとつもつけられなかった。


となると、自然消滅、もしくは、イツミさんの意思での解除しか望みはないんだけど……バリアにも、そしてイツミさんにも、私を受け入れる気はこれっぽっちもないらしい。



でも、問題はそれだけじゃない。思うことはまだまだある。


「大体……なんでこいつ説明もなしに特恵を認識できて、異能使えてんの?普通ならチュートリアル2日目の実戦訓練で、初めてその存在に触れるのに……」


今、私が言った特恵と異能というのは、読んで字の如く“特”別に“恵”まれた土壌と、そこからなる他者とは“異”なる“能”力だ。


まずは特恵。

ゲームで言うところのスキルみたいなところで、自身の成長とともに名称が変わることもある。


先天的なもの、後天的なものと大きく2つに分けることができるんだけど、主に先天的なものにその人らしさが表れる。

私ら神もその枠組みに入って、司るものとかは肩書きは基本特恵由来だ。



そして、異能。

これは、特恵によって生まれる技を総称して言う。


この異能は、色んなことに当てはめることができて、例えば、戦士や武闘家が振るう剣術や体術も、魔法使いや僧侶が扱う自分流に発展した魔法も異能って扱いになる。

もちろん、私たち神が振るう力もそう。



あ、ちなみに現在イツミさんが展開しているこの黒いバリアは、さっきの詠唱から考えて彼の持つ特恵《怠惰なる矜持》からなる異能、【絶対領域インヴァイオレイブル・エリア】によるもので間違いないわね。


もちろん、彼は努力をしていない──少なくとも、私は彼の努力している姿を見ていない──ので、《怠惰なる矜持》は先天的な特恵ってことになる。


でも、いくら創作物とかで異世界慣れしている人が増えたからと言っても、実際にその場に放り込まれれば、最初は誰もが戸惑うものなんだけどな。


呑み込みが早い優秀な人もいるにはいるけど、それでもチュートリアルでの手ほどきは欠かさない。


というのも、自分の中に宿る特恵を引き出す感覚を掴まないと、異能は発動できない。

“異質”に鈍い人が、この感覚を理解するのはなかなか骨の折れる作業で、体験談によると、行き詰まる場合はとことん沼にハマる……みたい。


だから、保険として特恵、異能の履修をナビゲーターの神は、最低でも丸2日は用意する。


もちろん、私も今回しっかり用意してた。

この世界に慣れた4日目と5日目に実戦形式で。


そういう意味では、現状のイツミさんは丸2日の空白を作るほど順調と言っても良いんだけど……それでも……やっぱ……


「前代未聞よ、こんなの……」


思わず、悔しさのあまり、下唇を噛んでしまう。


チュートリアルが終わり、神の元から巣立った後に、挫折したり死ぬ勇者はいても、最初の1週間がこんな形で始まるのはあり得ないことだった。


まず、問題なのは、イツミさんのモチベーションの低さだ。

いくら現状が順調とは言っても、イツミさん自身に世界を救う意思が見られない限り、この先のナビゲートは必ず行き止まることになる。


そして、これはナビゲーターを担当している私の責任に繋がる。

つまり、早くこのニー……勇者の卵が自立しないと、教師役であり保護者役でもある私に、落ちこぼれの烙印が押される可能性があるのだ。


そして、それが押されてしまったら、私の個人的な“ある望み”が叶わなくなってしまう。

それは、酷い話かもしれないけど、私からしたらバル滅亡よりも回避したい出来事だった。


だけど、言うまでもなく、そんなことをイツミさんが承知しているはずもないので、彼は気持ちよく眠り続けた。


ほんと……私の苦労も知らないで。


「はあ……神界に戻ったらなんて言われるのかな……。綺麗すぎる罪で無期懲役?かわいすぎて謝れ?しょうがないじゃない……生まれ持ってしまったんだもん……。はあ……。ごめんね、スティーリア。せっかくのチャンスなのに」


この人の寝顔を見てたら、どんどん気分は落ち込むばかり。

だから、自分の美貌を近くの鏡で今一度再認識し、気分を紛らわすことした。


まあ、美人揃いの神界でも抜きん出た美貌を持つこの私は、自分で言うのもなんだけど他の神たちから隠れ人気ナンバーワンで、愛の女神っていうこともあってか、もはや人気が隠れていなくて。


と、まあ、それはさておき、私は艶の良い自分の薄藤色の髪の手入れをしながら、遥かな時間を過ごすわけだけど、相応に独り言は多くなるばかりだった。


「早く巣立って魔王倒してくれないかなあ……。1秒でも早く純粋悪の(このイカれ)引きこもり野郎(クソガキ)から解放されないかなあ……」


ため息混じりに、そんな愚痴を吐いてると、数時間前に聞いたっきりの、冷たくてちょっとトゲのある声色が耳に入った。


「────さっきから何を独り言しているんだ。腹が減ったな、飯はあるか?」


その声の主は、イツミさんだ。


『クソッ!6時間も無駄に待たせたんだから、謝罪の一言ぐらいよこせ!』


ってキレそうになったけど、ここは私が大人になって、水に流してやることにした。

つっかかれたら面倒だし、喧嘩ってのは、同じレベルの者同士でしかなんとやらって言うしね。


「飯って……。寝てるだけなのに、お腹は空くんですね。うん、じゃあ食べに行きましょう……」


鏡に映る私の目は、いつもの綺麗な碧眼じゃなくて、屍のような濁りきった色をしていた。


その目で、散々待ちわびていたイツミさんの起床を確認すると、私たち2人はやっと外へと足を運ぶことができたのだった。



◆◇◆



神ハウスを出て2分もしないところに、それはある。

それっていうのは、私たちが今いるエスの街の歓楽街。


娯楽、食事処なんでもござれ。

エスの街がエスの街たり得る最大の要因がここだ。


旅人でも、この街の住人でもワクワクする。

神様目線でも素敵で、キラキラした場所なのに……


「……外食か。人混みが多い、周りはうるさい。なんか、歩くの疲れるな」


そんな絢爛な歓楽街に目もくれず、イツミさんは文句ばかりぶつぶつと呟いていた。


6時間も待たされた挙句、謝罪すらもなし。

それでいて、行動したらしたで不満ばっか。


それをずっと見せられると、流石の私も、ちょっと堪忍袋の緒が切れかかっていた。


「あの、さっきからなんなんですか!?1歩進めば不満、1歩進めばさらに不満!なんなんですか!?その口からは不満しか出てこないんですか!?」

「『なんなんですかなんなんですか』うるさいぞ、エシャレット。腹が減るとな、些細なことでイラついたりするんだよ。あと、お前のスケジュールって結構過密じゃないか?」


……はあっ?こいつ、マジでクソ野郎なのか?


中肉中背で、多少顔がかっこいいからって調子に乗ってんじゃないわよ。


もう良いわ、ちょっと言うこと言わないと。

このままだと、この人を調子に乗らせるだけだわ。


「はい?……これでもだいぶ妥協しているんですけど。そして、いくらお腹が空いてようともエシャレットとは聞き捨てならないわね。私の名前はエリーシャです。耳の穴かっぽじってよく覚えてください!親しき仲にも礼儀はあるものでしょう?大して親しくもない私たちなら尚更です」


私だって、そりゃきっちりとした上下関係とか作りたくない。

でも、その中にはある程度の信頼とか、尊敬みたいなのがあるべきだと思うタチだ。


それに、こんなのしのしと重い足取りな彼のペースに合わせていると、目的地に着くのはだいぶ遅くなってしまいそう。


舐められきった関係性……目的地に辿り着くには不安しかない遅さ……この2点を解決するには……



あっ!!!


「そうだ!!いいこと閃きました!念のため持ってきた“これ”つけなさい!」

「…………何だこれは、首輪か?絶対つけんぞ、こんなもの。俺は自宅警備員だ」

「関係ないでしょ!いいからつけてください!」


私がイツミさんに渡した物、それは首輪だった。

彼がもし逃げようなんて真似をした場合に備えて、念のため持ってきてたのよね。

自分の用意周到さが怖すぎる。本当にでかしたわ!私!


さっそく、強引に嫌がるイツミさんの首にそれを装着し、リードを私がしっかりと持つ。


すると、イツミさんの様子に変化が見られた。


「待て、それは非人道的だ。俺は勇者の卵だ、奴隷じゃないんだ。もう少し、その、真心を持って接しても良いんじゃないか?」

「はい!?それ、いざこれからって時にバリアぶっ放って眠りこけやがった人の言う台詞ですか!?行きますよ、犬!ニート犬!」

「…………それは暴言だ、傷つくからやめてくれ」

「やめません!……こっちなんてあなたの寝顔を6時間ずっと眺めてたのよ。本当に気持ちよさそうで羨ましかった!」


デフォルトのつり目が少したれ、しょんぼり気味のイツミさんだけど、私の憤りは一向に静まる気配がなく、最大限の皮肉を彼にぶつけてやった!


でも……あれ……?

なんかめちゃくちゃスッキリしたけど、結局イツミさんの土俵で戦っちゃってるような。


試合には勝ったけど、勝負には負けた。

なんだか不完全燃焼な気持ちを紛らわそうと、私は強くリードを握ったのだった。


挿絵(By みてみん)



◇◆◇



「屈辱の中の屈辱だ。俺は自宅警備員だぞ?こんな仕打ち許されん」

「はあ……はあ……。関係ないでしょ……それ……。ふう、なんとかたどり着いたわね。イツミさん、ここが今日の夕食の場です」


めっちゃ……疲れた……。


首輪をつけて引っ張っても一向に歩みが遅いので、力尽くでイツミさんを引きずってここまで来た。


無抵抗なうつ伏せ状態で引きずられていたから、イツミさんの顔面と黒ジャージの前側は酷く土で汚れている。

ドレスコードがあるお店じゃなくて、本当によかった!


「全く……これが女神のやることとはな。あのテューンとかいう神が今のお前を見たら悲しむぞ」

「手放しで賞賛すると思うんですけど!あなたには下手で出ることが間違いなのかもしれません。今度からはガンガンいかせてもらいます」

「ガンガンって……。それはそれとして……ここが飯屋か。神ハウスの警備という重大な責務を放らせた程の価値があるのか、この店に」


土埃をはたき、値踏みするかのように目的地である店の外装を見るイツミさん。

既に、彼は勇者の卵としてではなく、自宅警備員としてこの世界で生きているようだ。


だけど、ずっとそんな調子でいてもらわれちゃ困る。

今日のところは大目に見るけど、早いとこ手をつけないとね。


でも、まあ、とりあえず店に入ろう。


「どんな勇者の卵もナビゲーターも、最初の1日はここで食べるって決まってるんですよ。とにかく、中に入りましょう」


高鳴りする調理器具の音、ざわざわと賑わう客の声。


暖簾をくぐると、そこは大衆食堂だった。

この店は、ナビゲート期間の初日の決起会でほぼ絶対使われる。


理由は……一番初めにナビゲーターを担当した神が、食べログでこの店に星5評価を出したところ、続いてナビゲートを行った他の神たちもそれに便乗しまくったから。


実際、会ってちょっとしか経ってない神と勇者の卵の距離を縮めるのに、食事やお酒の場ってのは結構効果的。


入って早々、様々な料理の混じる匂いを身体中で感じる。

これも大衆食堂ならではだ。


でも、多分、イツミさんはこういう場所、苦手なんだろうな。


「美味そうな匂いがするな。確かに、こういう店ならではの魅力はあるようだ」


って思ってたら、意外と好感触か?


でも、ちょっとの隙を見せたらこっちが呑まれかねない。

とにかく、イツミさんを支配するってもう決めたんだから!


「ほら、早く座りますよ。あ、2人でーす」

「2名さまご案内でーす!」


リードを強く引き、イツミさんに隙を与えずにこっちが行動すると、思った以上にすんなり彼を座らせることができた。


ふむふむ、余計な言葉を使わずに行動で支配、か。

なんだか、イツミさんへの対応を学び始めてきたような気がする!


「何食べよっかな〜。イツミさんも選んでください、色々ありますよ。────うわあ……あっちの席の人が食べてるステーキとか美味しそう!あれ頼もっかな〜」


色とりどりのメニューを見ると、とってもドキドキする。

こういう、食べる前に悩んでる時間って下手したら食べてる時より楽しかったりするの、あるあるよね!


まあ、あまり楽しそうにしてない人が目の前にいるんだけど……。


「俺金持ってないぞ。やっぱり帰る」

「いや、ここまで来て帰るとかあり得なくない?食べましょ食べましょ!」

「そこまで言うのなら、奢ってくれるんだろうな?」


さっきから、なんかそわそわしてんなー、って思ってたらそういうことね。


一応、気にするところは気にするタイプなのかな。

無銭飲食を平気で働く感じではなくて、ちょっと安心したけど、『奢ってくれるんだろうな?』はちょっと図々しくない?

まあ、奢るんだけど。


「将来の勇者としてその発言は本当に酷いと思うけど……。ええ、ここは私が奢ります。あ、ナビゲート中のお金の心配ならご無用ですよ。ほら、手を叩くとお金が出てくるんです」


メニュー表を見て、なにをオーダーするか決めているこの時、私たちは現実味のある金銭的な話をしていた。


それが原因で、ちょっと落ち着きのないイツミさんを安心させようと、私はある行動に出たのだった。


お金を申請する意思と金額を頭の中でイメージして。

そして、手を叩いて、光のカーテンと共に、札束を宙から舞い降りさせる。


常人が見たら、びっくりするその行為に、流石のイツミさんも目を丸くしていた。


ふふん、ちょっとは崇める気になったかしら?


「待て、エスカベーチェ。今のその芸当はなんだ」

「おい、今なんて言いました?……あー、これですか。ナビゲート期間中、こっちの世界でひもじい思いをしないため、下界に降りた神々の特権の1つに、神界からお金を喚び出せる“無償給付金”っていうのがあるんです。経済の混乱を招かないように、1日で出せる量は決まっていますが。どうかしましたか?」

「────いや、別に気にしてはいないんだが……どれぐらい出せるんだ?いや、何か企んでいる訳ではない、単純に気になるだけだ。あ、ビール2つ」


イツミさんは、私が目の前でやってみせた、側から見たら世紀の大マジックに興味津々だった。


でも、なんだろ。

別に『マジック凄いね』とかそういう感じじゃないような……。

どことなく、喚び出した物、つまりお金に興味を惹かれているような……?


あと、別に注意とかはするつもりは全然ないんだけど、お金を払わなくても良いという安心感からか、さりげなくビールを2つ頼んでいるのは触れたほうが良いことかしら?


まあ、でもここは普通に彼の疑問に答えてあげるとしますか。


「うーん、30000ゴールドぐらいかしら。この国の平均日収が6000ゴールドってことを考えると結構貰えてるんじゃないですかね。普通に生活する分には苦労しないですよ。そんなこと気にして、どうしたんですか?」

「……なるほどな。いや、世話になりっぱなしは流石にマズい。いつかは返済しなくてはならないと思っていてな。勿論、世話にはなるつもりでいるんだが……」

「あなたにそんな常識的発想があったことに、今私はちょっと驚きを隠せてません」


なんなの……?この人。

あれだけ腐っているように見えても、根はやっぱマトモだったりするのかしら?

でも、それならあんなふざけた態度取らないだろうし。


とは言っても、人事部の誰かが召喚対象にしたってことは、イツミさんは少なくとも勇者になれる力はあるってことよね。


人事部は、神界の中でも特異な部署で、そこにいる神たちも同じく特異な性格揃い。


だけど、神界や下界を想う気持ちは一貫しているため、彼らの好みで合否を決める面接に於いても、性格に問題は多少あろうがなかろうが、合格者の秘めたる実力は紛れもなく本物だ。


つまりは、世界を救える見込みが1%もない者は召喚されない仕組みになっている。

裏を返せば、このイツミさんにも1%以上の可能性があるということだ。


実際、最悪な形でだけど、初日にして異能を操れる才能の片鱗みたいなのは見せてもらったわけだしね。最悪な形で、だけど。


そう考えてみたら、ちょっとこの人のことを見直せそうな気がしてきた!


「ふっ……。無一文を(おだ)てても何も出ないぞ。但し、俺は除いてな。飲み会の芸を見せてやる」

「あー、そういうのやめてください。あと、おだててるわけじゃないし……。まあ、良いです。ここはパーっとやりましょう!あなたと私のこれからの成功を願いまして……」


イツミさんの言葉に良い気分にさせられているのを自覚しつつ、私は、イツミさんがいつの間に頼んでいたビールのジョッキを持ち、


「かんぱーい!」

「乾杯」


2人きりとはいえ、乾杯の音頭を取った。


ジョッキとジョッキがぶつかり、注がれたビールの泡が踊る。

女神とニー……勇者の卵、2人の1日目の夜が始まった。

タダ飯を美味く感じるのが、大人になった証拠だとしたら。

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